タイ総選挙、国民から軍事政権への「ノー」
若きピタ党首の勝利が裏付けた決定的な民意

  • 2023/6/12

 5月14日に投開票されたタイ下院(定数500)の総選挙で、革新系の野党第2党「前進党」が152議席を獲得し、第1党に踊り出た。前進党に次ぎ141議席を獲得した現在の野党第1党「タイ貢献党」との連立を模索している。一方、9年前の軍事クーデターを率いたプラユット現首相が率いる「タイ団結国家建設党」は、わずか36議席にとどまった。国民が、軍に近い与党に「ノー」を突き付けた結果だ。

タイ総選挙の投開票日から一夜明け、会見に臨む、前進党のピタ・リムジャラーンラット党首(2023年5月15日撮影) (c) ロイター/アフロ

王室改革というタブーに切り込んだ前進党

 シンガポールの英字紙ストレーツ・タイムズは5月24日付の社説で、「保守的な現状を否定した今回のタイ総選挙の結果は、あらゆる意味で画期的だ」と、評価した。まず、前進党のピタ・リムジャラーンラット党首が、42歳という若さにもかかわらず勝利したことだ。社説は、タイの年齢中央値がASEANで2番目に高く、高齢化が進む国であることを踏まえ、「若者の圧倒的な支持だけではなかった」として、前進党が幅広い年齢層に支持されたことを強調した。

 さらに社説は、前進党の掲げた政策についても評価する。今回の選挙の大きな争点となったのは、王室に対する不敬罪の見直しをはじめ、国王の政治的影響力を弱める「王室改革」。そして、2014年にクーデターを率いた軍部との連立に対する評価だった。タイでは2014年の軍事クーデター後、2019年には民政移管に向けて総選挙が実施された。しかし勝利した軍出身のプラユット首相をはじめ、主要ポストを軍出身者が担うなど、完全な民主化とはほど遠かった。これに対し前進党は、不敬罪の見直しや徴兵制の廃止など、踏み込んだ政策を掲げ、軍部に近い現政権への対決姿勢をとった。社説は、この前進党に支持が集まったことは、民意が完全な民政移管を求めたことを意味する、と読み解く。

 「タイ国民は、軍部に近いプラユット政権に対し、これほどまでに決定的な判断をした。タイの政府関係者らは、この民意を尊重し、ピタ氏を妨害することを考えてはならない。ASEAN第二の経済大国で暮らす7200万人のタイ国民には、タクシン元首相一族のポピュリズム的な政治や、プラユット首相時代の空虚さとは一線を画す新たな指導者がふさわしい。ピタ氏は、ハーバード大学やマサチューセッツ工科大学で学んだ知性と雄弁さで、時代を再び活気づけてくれるだろう。これによりASEANも活気づくかもしれない」と、社説は期待を滲ませる。

新政権発足まで3カ月待ち?

 一方、タイでは、今回の総選挙結果に基づく新政権誕生が8月までずれ込む可能性が指摘されている。中央選挙管理委員会が、いまだ正式な結果を発表できずにいるからだ。5月25日付のタイの英字紙、バンコク・ポストは、「選挙結果の発表を遅らせるな」と題した社説を掲載した。

 社説は、5月14日の総選挙の投票率は75.2%という「歴史的な高さ」だった、という。しかし選挙管理委員会によると、選挙結果の確定は選挙後60日間、つまり7月13日までに行われることになっており、これを踏まえると、首相が決まり政権が発足するのは8月初旬になる見通しだという。社説は、中央選管による結果の確定が遅れると、国家予算の決定などに多大な影響が出るほか、現在進んでいる前進党と他の野党勢力との連立交渉にも影響を与える、と懸念している。

 また社説は「前進党は、国家予算や地方分権について、これまでと180度違う政策を掲げているため、多くの『敵』が存在している」と説明し、選挙で第2党になった「タイ貢献党」が、連立から離反する可能性もあると指摘。またタクシン元首相の流れをくむ貢献党は、王室改革には消極的で、必ずしも前進党とは一枚岩ではないなど、先行きは未だ不透明だ。

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 高い投票率に裏付けられた明確な民意とは裏腹に、タイ国内には新政権の樹立を阻むさまざまな要因があるように見える。シンガポール紙が期待するように、若いピタ氏が率いる政権が、新世界への風穴をあけることになるのか。今後の行方に注目したい。

 

(原文)

https://www.straitstimes.com/opinion/st-editorial/thai-elite-should-respect-mandate

https://www.bangkokpost.com/opinion/opinion/2577884/dont-delay-poll-results

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