タイの社説が「貧しさの正体」について考察
所得水準は高くても域内「最貧」国の衝撃

  • 2021/10/28

 貧困とはどんな状態のことを言うのだろうか。世界銀行をはじめ、国際機関や研究機関がそれぞれの「貧困」の基準で統計を発表しているが、国連開発計画(UNDP)が先日発表した「多次元貧困指数(MPI)」によれば、タイは東南アジア諸国10カ国の中で最低の順位となったという。10月17日付のバンコクポスト紙は、この話題を社説で採り上げた。

(c) Nextvoyage /Pexels

貧困の多面性

 多次元貧困指数(MPI)は、UNDPとオックスフォード大学の貧困・人間開発イニシアティブ(OPHI)が作成しているもので、健康、教育、生活水準など日常生活の「貧しさ」を多面的にとらえて測定した指標だという。10月7日に発表された本年度の統計は、世界109カ国、59億人を対象に分析を行っており、70カ国に住む50億人以上が低収入や劣悪な教育環境、不健康な暮らしや食事、雇用機会のなさと適切な環境の不足といった多次元的貧困下にあるという。
 MPIで評価した場合、タイの数値は0.002と、東南アジア諸国で最も低くなった。域内後発国とされるミャンマー(0.176)や、カンボジア(0.170)、ラオス(0.108)よりもタイがずっと低いという結果を社説を驚きとともに伝える。さらに、フィリピン(0.024)、ベトナム(0.019)、インドネシア(0.014)など、タイと同程度の経済レベルだと言われる国々よりも低く、東アジア・太平洋地域の平均である0.023をも下回るという。
 「過去の調査では、タイは2015/2016年に0.003、2012年には0.005と、今回より良い値を示していた。タイの政治家たちが着目しなければならないのは、貧困削減に必要なのは経済力だけではないということだ。現に、所得水準だけ見れば、タイの数値は0.5と高い。しかし、教育機会や、健康的で衛生的な食事へのアクセスなどの数値が低い」
  ここで社説は、「タイ政府はこれまで半世紀にわたり、貧困削減のために莫大な予算をつぎ込み、対策を講じてきたが、はたして効果があったのだろうか」と、疑問を呈する。
社説によれば、タイ政府による最初の貧困削減策は1975年、ククリット政権下で25億バーツをつぎ込んで実施され、農村地帯の人々を公共事業で雇用し、水路や灌漑施設の建設、公共施設の修理などに取り組んだ。また社説は、2000年にタクシン元首相が開始した「100万バーツ基金」にも触れた。
 「どちらの政策も細かな点に違いはあるが、アプローチは同じで、現金を投入し、雇用を創出し、貧困層の底上げを図ることを目指した。プラユット首相の貧困削減策も大きな違いはない。2018年に始まった国家福祉カードは、1400万人の低所得者層の人々に現金を支給するものだ。現金の配布と雇用創出は、貧困削減の基本的取り組みだと言える。しかし、その効果は持続するものではない」

持続可能な貧困削減へ

 ここで社説は、タイの貧困層に関する統計を例に挙げた。タイの貧困層は、30年間で見れば減少しており、1988年には65%だったが、2018年には9.85%にまで減っている。世界銀行は1日あたり1.9ドル以下で生活する人々を極貧層と定義しているが、このクラスに相当する人々は、事実上ゼロだ。しかし、ここ数年で見ると、貧困層は再び増え始めているのも事実だ。2015年に7.2%だった貧困率は、2018年には9.8%に増加。「富の不公平さ」という指標で見ると、タイは世界で4番目に貧富の格差が大きい国、となっている。
 「コロナ禍がこの傷口に塩を塗る結果をもたらすのは、間違いない。これからの数年間、政府はこれまで以上に状況が悪化して複雑化した貧困問題に直面しなければならない。高齢化、デジタル・ディスラプション、農業セクターにおける気候変動の影響といったさまざまな要因が加わるだろう」
 「政府は、より賢く、創造的に取り組むべきだ。例えば、大気汚染を防止するための法律と公共政策を着実に執行し、食品の有害残留物を減らし、教育機会をより平等にし、適切な保健システムをすべての人が利用できるようにすること。まずは、ここから着手しなければならない」
 東南アジアの中で先進国と言われているタイが、多次元的に見れば「最も貧しい」という結果になったという事実は、成長期にある他の東南アジア諸国にとって、さまざまな示唆を与えるものだと言える。「マクロの経済力」だけが国の豊かさではない、という考え方が、そろそろ常識になってもいい頃ではないだろうか。

 

(原文https://www.bangkokpost.com/opinion/opinion/2199079/)

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