中国のRCEP締結は「一帯一路PLUS版」
WTO加盟を上回る追い風で米国との対立は新ステージへ

  • 2020/11/27

中国、日本、韓国、オーストラリア、ニュージーランドと東南アジア諸国連合(ASEAN)10カ国は11月15日、東アジア地域包括的経済連携(RCEP)協定に調印した。米国、台湾、カナダ、インドは参加していないものの、人口もGDPも世界の3割を占めることになるこれら15カ国による自由貿易圏が成立したことで、アジアにおける中国の影響力は一層強化されるとみられている。中国は、2001年のWTO加盟を機にグローバルサプライチェーンに食い込むことに成功し、結果的に見れば、それが今日の世界覇権という野望につながった。しかし、今回のRCEP締結によるインパクトはそれを上回るものになるとの見方もある。中国にとっては、米国に挑む第二ステージの幕開けとなるかもしれない。

中国、日本、韓国、オーストラリア、ニュージーランドとASEAN10カ国の首脳陣は2020年11月15日、RCEP協定に調印した。中国はZhong Shan商務大臣(右)が中国を代表して署名した (c) 新華社/アフロ

交渉のテーブルを離れたインド

 「一帯一路PLUS版」。RCEPとは何かについて、中国メディアの新浪財経はこう表現した。

 「一帯一路」とは、東南アジアから中央アジア、ヨーロッパ、そしてアフリカに至る陸と海のシルクロード沿線にある国々を中国が主導し、一つの経済圏としてまとめようという構想だ。実際には経済の一体化のみならず、人民元の基軸通貨化やシーレーン確保といった地縁政治的な狙いや、国家安全保障上の戦略も兼ね備えた中華思想的な国際秩序の再建を目指すものとみられている。実際、習近平総書記は今世紀中葉までに米国と対等、あるいはそれをしのぐ一流の軍隊をもった現代社会主義強国を建設すると明言しており、自分を中心とする共産党中央の指導部によってそれが実現することを期待している。

 同氏が打ち出す「中華民族の偉大なる復興」というスローガンは、分かりやすく言えば、中国的な価値観や秩序に基づき、新たな国際社会の枠組みを構築することである。それこそが「中国の夢」であり、その実現のために打ち出された戦略の一つが「一帯一路」なのだ。

中国の習近平総書記は「中華民族の偉大なる復興」というスローガンを掲げている (c) zhang kaiyv / Unsplash

 RCEPと一帯一路の背後にある戦略は基本的に一致しているが、RCEPは一帯一路の沿線国をカバーしたうえで、さらに世界の三大経済体である日本、韓国、オーストラリアを取り込んだ点で、より意義が大きいと言える。他方、締結に向けて交渉に参加していたインドは、2019年にそのテーブルを離れた。中国は、人口、市場ともに自分たちと張り合う規模を誇り、核保有国でもあるインドが不在となった今、RCEPの枠組みにおいて圧倒的な強者であるのが自分たちであることを十分に自覚している。

 インドが離脱した理由は、中国がRCEPに調印する政治的意図に加担したくない、という一点につきる。昨今、中印国境で断続的に衝突が発生し、両国の関係が急激に悪化しつつある上、目下、多くの内政問題も抱えているモディ政権は、RCEPに調印し中国と対等に競う余裕がないと判断したものと思われる。なお、日本がRCEPに加盟したのは中国のASEAN支配をけん制するためだという見方が一部にあるが、インドが不在となった今、日本はそこまでの影響力を持てないのではないか、とも懸念している。

現実味を帯びる人民元の国際化

 一方、トランプ米大統領のデカップリング政策に追い詰められていた中国にとって、今回のRCEPの成功は、一発逆転の突破口を開いた心持ちであったことだろう。

 実際、中国は2019年、一帯一路戦略の構想自体が「中華式植民地主義」だと欧米から批判された上、個別プロジェクトも資金がショートし暗礁に乗り上げていた。もちろん、一帯一路戦略の代わりに、RCEPが「中国の夢」を実現する新たな枠組みになる可能性はある。そうすれば、米国のデカップリングに対抗する「大国内循環、双循環」政策、つまり中国を中心としたブロック経済圏の確立という目標に向けた重要なステップにもなるだろう。

RCEPを通じて人民元の国際化は近づくか (c) Eric Prouzet /  Unsplash

 中国がRCEPを通じて達成したい最大の狙いは、人民元の国際通貨化に布石を打つことだ。最近、人民元が上昇している理由の一つに、RCEPが成立すれば、域内や国の金融機構が人民元をよりよい条件で保有できるという期待感があるとみられている。中国は2019年末、外資の金融機構に対して対外開放政策を打ち出した。今後はそれと組み合わせる形で少しずつ自国の金融開放プロセスを検証し、人民元国際化を推進していくつもりだという。そこには「デジタル人民元」という意欲的な試みも加わる。

 また中国は、新型コロナ肺炎の影響を受けて瀕死の世界経済と、各国で過剰に発行された通貨を吸収する市場として、自分たちがRCEPの枠組みのもとで絶対的な支配者になれるという自信も持っている。中国の一人当たりGDPが2019年時点で1万ドルを超え、巨大消費キャンペーン「国慶節休暇」「双十一(11月11日、独身の日)セール」がクリスマスセールやブラックフライデーに匹敵する消費けん引力を誇っていることを鑑みれば、その自信は決して思い上がりではない。

北斗衛星システムを通じてビッグデータを入手

 RCEPのインパクトはこれだけではない。中国が自前の通信インフラを通じて電子商標取引を行うことで「ビッグデータ」や「情報」を入手する意味は、経済的な利益をはるかに上回るだろう。タイの国家貨物輸送理事会メンバーは中国中央テレビジョン(CCTV)のニュース番組に出演し、こう発言した。

 「Eコマースが急速な発展を遂げた今日、タイ庶民も中国のオンラインショッピングサイトで日常的に買い物するようになりました。陸路をはじめ、海運や空運、国境を超えた物流が北斗衛星システム(中国版GPS)によって包括的かつ正確に管理され、購買者に届けられるのです」

 つまり、アリババをはじめEコマースサイトと国境を越える物流、北斗衛星システムを活用した追跡データなど、5G通信網により収集された関連情報は、すべて中国共産党の元に集められて一元化され、ビッグデータとして活用されることになるというわけだ。

中国独自の通信インフラによる電子商標取引の展開により、ビッグデータが中国に集められる (c) Pixabay

  今日、情報は軍事に匹敵する国家パワーと言っても過言ではない。中国の北斗システムは2017年から本格的にASEAN市場に進出し、タイとスリランカに基地局を設置して加盟諸国を北斗の監視下に置いているが、今後、その範囲はRCEP加盟国に拡大していくとみるべきだろう。

 以上を総合すると、RCEPの正式調印は人民元の国際化上も大きな意義があり、そのインパクトは2001年のWTO加盟に勝るとも劣らない、というのが中国メディアの見方である。当時との違いを挙げるなら、WTOに加盟した時は西側国際社会の経済貿易ルールに中国が参加する、という構造だったのに対し、今回のRCEP締結では中国が主導的な役割を持っている点だ。一般的に、市場を制する者がルールを制し、情報を制する者が秩序を制すると言われる。これを機に加盟国との間の取り引きをドル決済ではなく人民元決済で行い、ゆくゆくはアジアのほとんどの国々を人民元の決裁圏に組み込んでいきたい、というのが中国側の青写真だ。

米国のデカップリング政策に追い詰められていた中国にとり、RCEPは一発逆転の突破口を開いた心持ちであっただろう (c) Karolina Grabowska /Pexels

 米国のトランプ政権は、対中デカップリング政策を通じて中国をグローバル経済から締め出そうとし、中国はこれに対抗しようと、「国内の大循環」を主体に、国内と国際の2つの循環が互いに促進し合う新たな経済モデル「大国内循環、双循環」政策を打ち出した。これは、半導体などハイテク製品を「自力更生」、すなわち完全国産化し、エネルギーと食糧の安全保障を図ることを目指す政策だ。農業国である東南アジアと、原油国であるシーレーン諸国を巻き込んだRCEPは、間違いなく「大国内循環、双循環」の実現に向けた端緒を開くものになりそうだ。

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