イラン戦争のカギを握るアメリカの対イスラエル世論
「イスラエルのための戦争」への反発が見えない圧力に
- 2026/5/28
アメリカとイランの戦争は、不安定な停戦に入ってなお予断を許さない状況にあります。アメリカ在住のジャーナリスト、岩田太郎さんは、この戦争の行方を左右するのは核問題や軍事バランスだけではないと指摘します。以前はイスラエル支持者が多かったアメリカ国民の間で、「イスラエルはやり過ぎている」という見方が強まり、「イラン戦争はアメリカ第一主義によるものではなく、イスラエルのための戦争だ」「イスラエルの利益のためにアメリカ国民の生活が犠牲になっている」という声が高まりつつあることが停戦に向けた見えない圧力になっていると、岩田さんは読み解きます。
アメリカとイスラエルが2月28日に開始したイランとの戦争は、いつ終結するのか——。不安定な停戦が4月8日に発効した後も、アメリカとイランはホルムズ海峡を封鎖したまま緊張状態を続けている。和平交渉が継続するなか、5月25日にはアメリカとイスラエルがイランに対する部分的な攻撃を行った。原油の供給減少は世界経済を揺さぶり、燃料や食品価格の高騰、そしてモノ不足が各国の暮らしを直撃している。
だが、この戦争の行方を決めるのは、核開発を巡る外交交渉や軍事力の優劣だけではなく、イスラエルに対するアメリカ国内の世論だ。各種世論調査では、アメリカ国民が党派を問わず早期の戦争終結を望んでいることが示されている。
トランプ政権はこれまで一貫してイスラエルを強く支えてきた。しかし、ガザ戦争の長期化に続き、イランとの戦争によってアメリカ国民の生活負担が増すなか、「なぜアメリカがイスラエルのために代償を払わなければならないのか」という不満が広がっている。実は、この空気の変化こそが、停戦の行方を左右する重要な要素になっている。本稿では、「イランの核兵器開発」や「ホルムズ海峡の通行権」といった核心的な問題の陰に隠れてあまり注目されないアメリカの対イスラエル世論の変化こそ、アメリカとイランの恒久的停戦のカギを握っていることを明らかにする。

駐米イスラエル大使とレバノン大使をホワイトハウスに迎え、停戦の3週間延長を仲介するトランプ大統領(2026年4月23日撮影)© The White House
戦争のコストを払うのは誰か
アメリカのワシントン・ポスト紙とABCニュースが、有権者2560人を対象に4月下旬に実施した世論調査では、回答者の61%が「対イラン開戦は間違いだった」と答えた一方、「戦争はうまくいっている」と答えたのは、19%にとどまった。
この数字が示しているのは、単なる厭戦ムードではなく、戦争によって日々の生活が圧迫されているという実感だ。

アメリカ国民の大半が、イラン戦争は間違いだと見ている(c)Steve Hanke
イラン戦争の開始後、原油価格は急騰した。アメリカ労働省が5月12日に発表した4月の消費者物価指数(CPI)は、前年同月比3.8%上昇し、3月の3.3%から大幅に加速した。原油価格が急騰し、ガソリンが前月比5.4%も値上がりしたことが主な原因である。
開戦前に1ガロン当たり2ドル台だった全国平均ガソリン価格は、5月には4ドル台半ばにまで上昇した。トラック輸送や農業に使われるディーゼル燃料の値上がりも深刻で、前月比17.0%上昇している。燃料価格の高騰が食品などの価格に波及するのも時間の問題とみられる。
その食品価格は、前月比0.5%の上昇で、特に牛肉価格が2.7%上昇と、2024年11月以来の大きな伸びとなった。果物・野菜も1.8%上昇し、乳製品も大幅に値上がりした。
ミシガン大学は4月、消費者信頼感指数の確報値がイラン紛争をめぐるインフレ懸念を反映して過去最低の49.8に落ち込んだと発表した。一方、民間の調査機関であるコンファレンス・ボードのまとめによれば、4月の消費者信頼感指数は予想の89.0を上回る92.8となったものの、インフレ懸念が根強く、依然として楽観視の境界線である100を下回っている。

ホワイトハウスで記者団の質問に答えるトランプ氏。イラン戦争終結に向けて世論を気にする様子はない。© The White House
こうした生活苦は、政権への支持にも直結している。CNNが世論調査機関SSRSに委託し、4月30日から5月4日にかけて全土の有権者1499人を対象に実施した調査によると、共和党支持者の過半数と言える77%が「トランプ大統領の政策で生活費が高騰した」と回答した。先述のワシントン・ポスト紙とABCニュースが実施した世論調査でも、「仮にいま、選挙が行われたら、野党・民主党候補に投票する」と答えた人が、与党・共和党を5ポイントも上回った。つまり、イラン戦争は、アメリカ国内では「生活の問題」になっている。
一変したイスラエルへの支持
にもかかわらず、トランプ大統領は、少なくとも表向きは世論を意に介していないように見える。
中国訪問を前に5月にイランとの交渉について問われたトランプ大統領は、「アメリカの経済状況については考えていない」と述べ、「考えているのはただ一つ、イランに核兵器を持たせないということだ」と語った。
だが、有権者の受け止めは違う。「この戦争は本当にアメリカのためか」という疑問が、強まっている。
開戦直後の3月末に大手世論調査会社のピュー・リサーチセンターが全米3507人の有権者を対象に行った調査によれば、回答者の60%がイスラエルに批判的な見方を示し、好意的な回答は37%にとどまった。

アメリカ人の対イスラエル観(ネタニヤフ首相に対する評価も含む)は、2022年には好意的な回答が否定的な回答を上回っていたが、その後のガザやイランに対する激しい軍事攻撃を経て割合が逆転した。© Pew Research Center
ここで注目されるのは、イスラエルがガザに侵攻した前年の2022年に同センターが行った世論調査では、イスラエルに好意的な回答が過半数を占めていたことである。
いうまでもなく、イスラエルによるガザ侵攻やイラン攻撃は、アメリカの後ろ盾と全面的な軍事支援がなければ実行できなかった。そのため、イスラエルの行動の自由は、常にアメリカの世論の制約を受ける。イスラエルが2025年9月にガザにおける停戦を受け入れ、トランプ政権が合意を急いだ背景には、この調査結果が示すように、アメリカにおけるイスラエルへの世論がわずか数年で逆転したことがあると言えよう。
NBCニュースの調査によれば、2013年にはイスラエル人への共感が45%と、パレスチナ人への共感(13%)を大きく上回っていたのに対し、イランとの戦争が始まった今年3月には、その差がほぼなくなっているという。ABCニュースが2024年10月に指摘していた通り、「世論調査全般で、イスラエルの軍事行動に不支持を表明する層が増えつつあった」ことは確かだ。
こうした変化は今回のイラン戦争により加速し、アメリカ社会におけるイスラエルへの感情がいっそう否定的な方向に増幅している。

過半数のアメリカ人が「イラン戦争はアメリカよりイスラエルの利益になっている」と感じるようになっている。どの世論調査においても、その傾向は顕著だ © Institute for Middle East Understanding Policy Project
同様に、開戦から間もない3月上旬に全米1251人の有権者を対象に実施された世論調査でも、「イラン戦争はアメリカよりイスラエルの利益になっている」と回答した者が56%に上った。トランプ政権が4月の停戦合意を急いだ背景にも、こうしたイスラエルに対するアメリカ世論の変化があったとみるのは不自然ではない。あのままイランへの攻撃を続けていたら、イスラエル、ひいてはトランプ大統領に対する支持がさらに失われていたであろう。
近づく三者の「ディール」の時期
各種調査の結果が示す通り、イスラエルがアメリカの世論を味方にし続けるためには、2025年にハマスとの間でガザ地域における休戦に合意したのと同様、今回もいったん矛を収める必要がある。多くのアメリカ国民が今回のイラン戦争を「イスラエルのための戦争」だと看破しているように、アメリカがイランに対して開戦に踏み切った理由とされている「イランの核兵器開発阻止」は、中東から遠く離れたアメリカより、イスラエルの安全保障にとって、より深く関連しているからだ。
一方、アメリカでは現在、民主党と共和党、どちらの党の支持者にも共通して「イスラエルの戦争に巻き込まれたくない」「イスラエルのためにアメリカ国民の血を流したくない」という思いがある。世論がこれ以上硬化すれば、イスラエルを介したアメリカの中東政策の実行が難しくなることは間違いない。そのためアメリカは、戦局の膠着を維持することはあっても、戦火を拡大させることはないと思われる。直近のアメリカとイスラエルによるイランの機雷敷設船やミサイル基地に対する攻撃も、限定的なものだ。
対するイランも、軍事・経済の両面で深刻な打撃を受けている。イランを支配する革命防衛隊もイスラエルの諜報機関であるモサドらに深く浸食され、内部情報が慢性的、かつ多層的に筒抜けの状態となっているために最高指導者の多くが暗殺され、核施設など最大の機密性があるべき場所も、多くが精密攻撃を受けて破壊された。生き残りの革命防衛隊の指導者たちは、アメリカに一矢報いるべく、世界の原油輸送の大動脈であるホルムズ海峡の封鎖を実施するも、アメリカによる逆封鎖という返り討ちに遭い、イラン経済の命綱である原油輸出が断たれた。イラン国内のインフレや失業が狂乱レベルに達している今、イランがこれ以上粘ると同国経済の4割を掌握する革命防衛隊の権力基盤そのものが崩壊する恐れもある。
現在、アメリカ・イスラエル・イランの自制によってかろうじて保たれているホルムズ海峡の均衡がひとたび破られれば、アメリカの対イスラエル世論が修復困難なレベルに悪化することもあり得る。三者は好戦的で勇ましい言辞を弄しているが、「ディール」をする時期に来ていると言えよう。戦争は予想よりも早く終結するのではないだろうかと筆者は考えている。
在米ジャーナリスト。米NBCニュースの東京総局、読売新聞の英字新聞部、日経国際ニュースセンターなどで金融・経済報道の基礎を学ぶ。現在、米国の経済や政治を広く深く分析した記事を『週刊エコノミスト』などの紙媒体に発表する一方、『JBpress』や『ビジネス+IT』など、多チャンネルで配信されるウェブメディアにも寄稿。好きな動物はうさぎ、趣味はドライブ、好物は寿司と辛口の清酒。『リテラ』でも『産経新聞』でも好き嫌いせずに読む。












