インドに絵本を売り込んだ二人の男
カウンターパートとの奮闘「500 日」

  • 2019/9/12

「政府組織なのだから、わかってくれ」

 すべての作業を終えたのは、式典の10日前の2018年1月3日だった。インドではよくあることだが、締め切りギリギリにならないと物事が動き出さない。計画性がなく場当たり的にも思えるが、それでもなんとか辻褄を合わせるのがインド流。事前に入念に準備し、計画的に進める日本とは対極にある。     

 また、インド人は、突然の出来事に臨機応変に対応し、工夫を凝らしてその場を乗り切るのが得意である。日本に比べてより柔軟に対応できるという強みがあるのだ。これをインドでは「ジュガード」という。担当編集者のヴィクラム氏も、このジュガードで絵本の出版を間に合わせたわけだが、著者を含め周囲の関係者はひやひやで、対応の遅さに呆れて彼を怒鳴り散らそうと思ったことも数えきれない。

日本大使館主催で、環境副大臣の伊藤忠彦氏による絵本1,000冊の寄贈セレモニーが開かれた。写真は、式典後に絵本を手に笑顔の子どもたち。2018年8月24日撮影。(写真提供:講談社)

 しかし、そのたびに私はパンダ氏のアドバイスに耳を傾け、こみ上げる怒りをぐっと飲み込んで冷静に対応するよう努めた。

 「古賀さん、今まで築き上げてきた関係を壊してはいけません。ヴィクラムさんは、諦めず粘り強く交渉するあなたに敬意を表しています。でも、彼もきっとこう言いたいのでしょうね。『こっちは政府組織なのだから、わかってくれ』と」

 灼熱のデリーで働くヴィクラム氏。今にも雪崩が起きそうなデスクの上の書類の山や勤務する“お役所”の内情、そしてインドの特殊な文化や慣習……。あれこれ思いを巡らせると、彼は良くやってくれている方かもしれないと思えてきた。ならば、辛抱強く交渉するしかない。

 実は、冒頭のヒンディー語は、暗礁に乗り上げていたNBTとの仕事が少し前に進んだ時に、当のヴィクラム氏本人が笑みを浮かべながら私に言った言葉だった。後で“戦友”のパンダ氏にその意味を教えてもらった時、開いた口がふさがらず、ただただ、笑うしかなかった。そして、忘れずに心に刻んだ。

 「時間はかかる。でも、暗闇ではない」

 

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