見せかけの民政移管 ミャンマー総選挙を前に聞く(上)
深まる分断

  • 2025/12/26

 2021年2月のクーデターで国軍が全権を握ったミャンマーで、今月28日から2026年1月にかけて、総選挙が実施される。だが、多くの国民が支持する「国民民主連盟(NLD)」など民主派勢力は排除され、指導者のアウンサンスーチーは拘束されたままだ。国軍と民主派や少数民族との間で続く内戦も収束していない。国民不在の総選挙が何をもたらすのか。民主派や少数民族組織、ジャーナリストらの話を聞き、現状を見渡しながら考えた。

ミャンマー東部カヤ州デモーソー郡区の前線で、負傷した仲間を運ぶKNDFの兵士ら(2022年9月、マーノウ撮影)


秘匿の療養センター

 タイの地方都市の郊外、幹線道路から離れた一角に平屋が2棟建っている。平日の午後、屋内ではベッドや床に敷いたマットレスに若者たちが横たわっていた。多くはスマートフォンで動画などを見ながら、時間を過ごしている。
 ミャンマー東部カヤ州を中心に活動する民主派武装組織「カレンニー国民防衛隊(KNDF)」の療養センター。2025年11月上旬現在、国軍との内戦で重いけがを負った約20人が暮らす。
 KNDFのために料理を作っていたという女性1人を除くと、皆、若い男性たちだ。敷地内で軽い運動をしたり、病院に通ったりしながら、治癒を図っている。

 ミャンマー国内の前線から搬送されて来た若者らは、タイでの正規の在留資格を持たない。そのため、彼らを収容するセンターの所在地や入所者の実名は秘匿されている。入所者は通院など特段の理由がない限り、外出を控えている(記事中の入所者名は仮名かニックネーム)。
 カヤ州や、隣接するシャン州南部で最近、国軍がKNDFに奪われた領域を奪還しようと、攻勢を強めている。その影響か、センターでは今年に入ってからの戦傷者が目についた。けがの原因は、空爆、砲撃、地雷などさまざまだ。

命落とした仲間のためにも

 居間のマットレスの上でスマホの画面を眺めていたアンジェロ(21)は2025年6月、砲弾の爆発で脳に損傷を負った。タイで開頭手術を受けたが、左半身は動かない。

 アンジェロはカヤ州で農業をしていた。2021年2月1日、国軍がミンアウンフライン総司令官の下でクーデターを起こし、アウンサンスーチー率いるNLDから政権を奪った。翌年、10代後半でアンジェロはKNDFに入った。「ミンアウンフラインの独裁が許せなかった」と入隊理由を説明する。

スマホを見つめるKNDFのアンジェロ。頭にけがの痕が残る=(2025年11月、筆者撮影)

 ウェイ(20)は2025年2月、国軍のドローンによる空爆に遭った。爆弾が右足近くに落ち、腹部や背骨を損傷。歩くこともできない。
 シャン州でバイクの修理業をしていたウェイ。アンジェロと同様に「ミンアウンフラインが許せなかった」という理由でKNDFに入った。
 重い症状にかかわらず、ウェイは「回復した元の部隊に戻りたい」と決意を示した。「内戦で多くの友人やいとこを亡くした。この2年で10人以上だ。彼らの分まで戦いたい」
 元農民のジョー(26)は2025年6月、戦場で地雷を踏み、片足を無くした。それでも、「軍政に反対する。また戦いに戻りたい」と、戦線復帰の意志を表す。

左目に砲弾の破片が残るシットゥーのエックス線写真(2025年11月、筆者撮影)

 ほかにも、深刻なけがを抱える若者が何人もいた。
 ベッドの上で半身を起こしたシットゥー(21)は、両目の視線が宙に浮いている。爆発した砲弾の破片で目を損傷し、視力を失った。左目の中にはまだ、破片の一部が残っているという。

 入所者で最年少のジョセフ(18)はクーデター当時、学生だった。KNDFに入って2カ月後の2025年1月、戦場で就寝中に空爆を受けた。建物の屋根を貫通した爆弾が爆発。両足を切断した。

KNDFの療養センターで最年少のジョセフ(2025年11月、筆者撮影)

  シャイな話しぶりのジョセフは、平和になった後の世界に思いをはせた。「タトゥーアーティストになりたい。だから、今もタトゥーを教えてくれる人を探しているんだ」

最大の抵抗組織

 回復への足がかりとして重要な療養センターだが、立地や資金など困難は多い。
 KNDF関係者のマウン(仮名)は、「病院に近い町中にセンターを開きたいが、適当な物件を借りられない」と嘆く。「手や足を失ったり、顔に傷を負ったりした入所者が朝、体を動かしていると、登校途中の地元の子供たちが怖がり、親からクレームが来る。人が多い場所に開設するのは難しい」
 現在、市街地からセンターまで車で約50分かかる。それでも、家賃は月5万バーツ(約24万円)。ほかに電気代や水道代がかかり、費用負担は重い。
 マウンは「入所者のために栄養のある食べ物を得ようと、日々探し回っている」と苦労をにじませた。

 ここで、KNDFの成り立ちを振り返りたい。
 2021年2月のクーデター後、全国に広がった抗議デモを国軍が武力で弾圧したのに対し、民主派の武装組織「国民防衛隊(PDF)」が各地で結成された。同年5月、カヤ州内の複数のPDFを結集してできたのがKNDFだった。
 マウンによると、メンバーは設立時の5000人弱から、現在は1万人近くに増え、30の大隊がある。「全国のPDFの中でも最も大きな組織の一つだ」とマウンは胸を張る。
 KNDFは国軍に対する武力闘争を展開し、支配地域を広げた。2023年6月には、そうした「解放区」を統治する行政組織として「カレンニー州暫定執行評議会(IEC)」が発足した。さらに同年11月、KNDFは「1111作戦」を実施し、カヤ州やシャン州南部のいくつかの町を制圧した。

支配地奪還目指す国軍

 ただ、ここに来て守勢に回っている。国軍は2025年7~8月、要衝であるシャン州のモービエやカヤ州のデモーソーをKNDFから奪い返したと発表した。
 マウンは「われわれは数カ月前まで、カヤ州の85%を支配していた。少し失ったが、今も75%は支配している。デモーソーにしても軍が支配しているのは主要道路だけだ」と主張するが、戦いに厳しさが増しているのは間違いない。

銃を手に仲間と写真に収まるタエソー(中央)

 国軍が攻勢に出るのはなぜか。関係者の間で一致するのは今月28日に始まる「総選挙」だ。
 KNDFでスポークスパーソンを務めるタエソーは「軍は選挙を実施する領域を必要としている。特に都市部を支配しようとしている」と話す。
 人口が多い都市部を中心に総選挙を実施し、民政移管を国際社会に印象付け、統治の正当化を図る。しかし実態は、民主派を排除して樹立された国軍の傀儡政権でしかない―という指摘だ。タエソーは「見せかけの選挙」と突き放す。
 カヤ州の人口は30万人ほどだが、激戦地のため、国連推計で約14万人の国内避難民(IDP)が生じている。

国軍の分断策を批判するカレンニー州IECのパルレー事務局長(2025年11月、筆者撮影)

 カレンニー州IECのパルレー事務局長は「軍はIDPキャンプに空爆や砲撃を加え、避難民を元の居住地に戻し、投票させようとしている。総選挙を大々的に実施したとアピールする狙いだ」と、非戦闘員を巻き込む国軍の攻撃を非難する。
 ミャンマーは1948年の独立直後から、自治拡大を求める少数民族などと国軍の間で内戦が続いた。国軍は少数民族内の強硬派に苛烈な攻撃を加え、妥協するグループを取り込んできた。
 その歴史を踏まえ、パルレーは現在の国軍の手法に憤る。「革命勢力(抵抗勢力)の側に立つと標的になるという情報をSNSを通じて流し、コミュニティーを分断しようとしている。軍が長年使ってきた戦術と同じ狙いだ」

中国の圧力、明確に

 なりふり構わぬ国軍の攻勢を可能にしている要素がいくつかある。まず、中国の存在だ。

 中国はクーデター直後、ミャンマーの国内情勢を半ば様子見していたが、2024年以降、国軍側に立つスタンスを鮮明にし、総選挙を支援する意向を示している。
 国軍寄りの姿勢の一端が、自国との国境地域に存在する少数民族武装勢力への圧力だ。
 コーカン人の「ミャンマー民族民主同盟(MNDAA)」とパラウン人の「タアン民族解放軍(TNLA)」は、ともに中国と接するシャン州を拠点とする。
 MNDAAとTNLAは、ミャンマー西部ラカイン州を拠点とするラカイン人の「アラカン軍(AA)」と「3兄弟同盟」を組み、2023年10月に「1027作戦」を展開。シャン州で国軍の拠点を一斉攻撃し、KNDFの「1111作戦」をはじめ、国軍に対する武力闘争を各地で勢い付かせた。
 ところが、MNDAAは2025年1月、TNLAは10月、国軍との停戦協定に署名した。両勢力は国境貿易などを通じ、中国との関係が深い。停戦協定の背景には中国からの働きかけがあった。両勢力の停戦は、国軍に他の戦線へ兵力を投入する余地を与えた。
 また、中国はミャンマーの少数民族武装勢力で最大の兵力を持つワ州連合軍(UWSA)にも圧力をかけた。
 UWSAは一定の自治権を与えられたシャン州ワ自治管区を拠点とする。クーデター後、中立を宣言したが、武器工場を有し、国軍に抵抗する勢力への武器供給源の一つになってきた。
 中国はUWSAに対し、他勢力に武器を供給しないように要求。UWSAがこれに応じた結果、抵抗勢力の武器調達に影響を及ぼしている。
 一方で、中国はミャンマー国軍に対しては、ロシアとともに、戦闘機やドローンなど主要な武器の供給源となっている。
 さらに、国軍が2024年から開始した徴兵制も、攻勢を支える要因に挙げられる。
 国軍は兵士が内戦で死亡したり、クーデターに反発して離脱したりした結果、兵力が減少した。しかし、強制的な徴兵で人員を補充し、数カ月の訓練で前線に投入している。徴兵した若者の命を尊重する態度は見られない。

激しい攻撃

 こうした国軍の標的の一つが、3兄弟同盟のうち停戦合意をしていないAAだ。総選挙を前に支配地域を空爆されるなど、激しい攻撃にさらされている。もっとも、AA関係者のミョー(仮名)は「軍は支配地域を取り戻そうとしているが、反撃に遭っている。ラカイン州の17郡区のうち、AAは約8割に当たる14郡区を支配している」と主張する。
 同盟を組むMNDAAとTNLAの停戦合意についても、「両勢力は物資を中国からの輸入に頼っている。彼らは地政学的な事情を考慮し、中国の仲介に応じた。地理的に離れたわれわれとは違う」と述べたうえで、「両勢力のそれぞれと軍との1対1の停戦であり、同盟自体は引き続き密接に連携している」と強調した。
 そして、「停戦といっても暫定的だ。安定した状況が生まれたわけではない」と、今後の不透明さに言及した。

ミャンマーで迫害され、バングラデシュに逃れたロヒンギャ難民のキャンプ(2017年10月、筆者撮影)

 ラカイン州ではクーデター以前からの懸案がある。仏教徒のラカイン人と、イスラム教徒で少数派のロヒンギャとの根深い対立だ。
 クーデター後、国軍とAAの内戦にロヒンギャが巻き込まれているという事例が報告され、国軍とAAの双方に批判が向けられている。 
 「軍がロヒンギャの武装勢力を利用し、AAと戦わせている。軍はラカイン人とロヒンギャに対し、古くからの分断統治政策を使っている」と、ミョーは反論した。

戦いは終わらず

 こうした混沌とした情勢下で、国軍は総選挙を実施しようとしている。
 「ラカイン州で言えば、軍が総選挙をできるのは3郡区だけだろう」。17郡区中14郡区をAAが支配しているとするミョーは、冷ややかに言う。
 では、総選挙後はミャンマーにどのような状況が生まれるのか。
 ミョーは、内戦が激化し、混乱が深まる恐れについて次のように指摘する。
 「今も各地に強力な抵抗勢力がいる。だが、軍は抵抗勢力との間で、何の政治的な和解もしていない。総選挙後、軍は統治の正当性を得たとして、より攻撃的になる可能性がある」
 前出のカレンニー州IECのパルレーは、「軍は総選挙後、革命勢力に停戦交渉を持ちかけてくるだろう」と予想する。国軍が総選挙を機に、またも分断策を用いて、抵抗勢力間の連携を断ち、弱体化をもくろむという見方だ。だが、それでも「内戦は続く」とパルレーも見通す。
 「軍は総選挙を実施し、国が通常の状態に戻ったと宣言するだろう。しかし、実際には国土の多くの領域を革命勢力が支配している。中国やロシアを除けば、国際社会の大半は総選挙の結果を認めない。ミャンマー国内の対立が強まり、状況はさらに悪化していくと考えられる」

    (下に続く

 

著者プロフィール

(きたがわ・しげふみ) 東京新聞(中日新聞東京本社)記者。1995年入社。2017年から3年間、バンコク支局特派員。アジア・オセアニアを担当し、ミャンマーの民主化や民族問題を取材した。現在、社会部。帰国後もクーデターが起きたミャンマーの動きを追い、「ミャンマーの声」のタイトルで連載を続けている。著書に「ミャンマー政変―クーデターの深層を探る」(ちくま新書)、「ミャンマーの矛盾―ロヒンギャ問題とスーチーの苦難」(明石書店)、共著に「報道弾圧―言論の自由に命を賭けた記者たち」(ちくま新書)がある。趣味はランニング。フルマラソンは10回ほど完走。好きなミャンマー料理はブーディージョー(夕顔のてんぷら)。

 

 

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