「歌うことは宿命」 日本とミャンマーにルーツの姉妹が願う世界
歌が持つ力を信じて その先にいる誰かとつながるために 

  • 2025/5/11

 2021年2月に起きた軍事クーデターをはじめ、大雨による洪水や未曾有の大地震など、苦難が続くミャンマーのために、学業のかたわら精力的にステージに立ち、歌い続ける姉妹がいる。日本とミャンマーにルーツを持つ島岡ゆずなさん(22)とうたさん(20)。行動派で即決力があり、物怖じすることがない姉と、少し人見知りだがマイペースで冷静な妹。性格は対照的だが、「100%の信頼感」に結ばれた二人に、歌に込める思いを聞いた。

初めて自ら企画したチャリティライブのステージに立つ島岡ゆずなさん(右)とうたさん (2025年4月13日、東京・立川で筆者撮影)

地震の発生から2週間後に立ったステージ

 今、歌っていいのか。歌っている場合なのか。何度も自問し、話し合いを重ねた。そして、歌うことを決めた。何もしないという選択肢は、二人にはなかった。

 4月半ば、東京・立川のイタリアンバルSEEDで開かれたライブは、黙祷から始まった。ステージに立ったゆずなさんとうたさんが、集まった約80人とともに思いを馳せたのは、新年を目前に控えた3月末にマグニチュード7.7の大地震に見舞われたミャンマーだ。同国の中部を震源とする今回の地震によって、ミャンマー第二の都市で古都のマンダレーをはじめ、首都ネピドーや北西部ザガインは甚大な被害を受けた。発災から2週間で3700人以上の死亡が確認されたうえ、多くの住民が倒壊した建物の下敷きになった。外に逃れた人たちも、連日、40度を超える気温や陽射し、そしてライフラインの寸断に苦しんでいることを受け、日本各地に住むミャンマー人が哀悼の意を込めて新年の音楽や舞踊などのパフォーマンスを中止するなか、彼らの思いも理解したうえで、悩み抜いて開催したライブだった。

 この日、二人が歌ったのは、見返りを求めず信念を貫くアウンサンスーチーの姿を称えるミャンマー語の歌をはじめ、竹内まりやの「いのちの歌」、マイケル・ジャクソンが作詞作曲したチャリティ・ソング「We Are The World」など、どれも命の尊さや平和を願う歌だった。日本語とミャンマー語を交えた二人のパワフルであたたかい歌声とハモリが、うたさんのギターの音色とともに、会場いっぱいに広がっていく。クライマックスは、長渕剛の「乾杯」。アンコールに代えて2回目に歌う時には、歌詞の最後の「君に幸せあれ」を「ミャンマーに幸せあれ」に換え、全員で熱唱した。ステージに投影された枝いっぱいの黄色いパダウの花が、大空の下で風にそよいでいるような錯覚を覚えるほどの大合唱だった。

この日、二人が立ったステージには、ミャンマーの人たちがこよなく愛するパダウの花の写真が投影されていた

 父親はミャンマー人、母親は日本人。都内で生まれ育ち、それぞれ小学校6年生と4年生に進級した年の春から4年間、両親と弟と共にミャンマーで暮らした。

 その後、高校進学のタイミングで家族と共に帰国したゆずなさんは、2024年1月、Kiroroの名曲「未来へ」を日本語とミャンマー語を織り交ぜてカバーした「未来へ(Myanmar Version)」で、yuzunaとして歌手デビューする。翌2025年1月には、Kiroroの金城綾乃が作詞・作曲した2枚目のシングル「この地球(ほし)の片隅で」もリリースした。歌手活動を本格化させるかたわら力を注いでいるのが、うたさんとのチャリティライブだ。傷ついているミャンマーの人々を元気付け、被災地を支援するために、yuzua&utaとして精力的にステージに立つ。

ゆずなさんは、Kiroroの名曲「未来へ」を日本語とミャンマー語を織り交ぜてカバーした「未来へ(Myanmar Version)」で、yuzunaとして歌手デビューした(yuzunaの Music Videoより)

 冒頭のライブは、地震の夜、日時も場所も未定のままSNS上で開催を宣言したところ、二人を良く知る店主が会場の提供を申し出てくれ、発災から2週間で実現。ライブ当日と、その後に寄せられた寄付を合わせ、総額52万円超を支援団体を通じて現地に届けた。

生活の中にあった歌ともう一つの祖国

 性格は、見事に違う。姉のゆずなさんは、幼い頃から人前に立つことが大好きで、お遊戯会では舞台の上からにっこり笑って手を振っていた。「決断が早いのは、直観を大切にしているから。動いていないと気が済まないんですよね」と話す屈託ない笑顔に人懐っこさがのぞく。妹のうたさん曰く「いつも自然体。街で困っていそうな人を見ると、お年寄りにも、障害のある人にも、躊躇なく声をかける愛にあふれた人」だという。

 一方、うたさんは、人前に出ることが大嫌いな子どもだった。「自分の誕生日会ですら、みんなから注目されるのが怖くて泣いていたんです」とはにかむ姿に、おっとりした優しい人柄がにじむ。ゆずなさんは「控えめな分、自分の内面とちゃんと向き合っている」と評する。叱られた直後でも笑顔で歌い、スイーツを食べる肝の据わった一面もあるという。

 対照的だからこそ、ステージ上では互いの気配とたたずまいですべてを分かり合っている。「うたちゃんが隣にいてくれると、リビングで歌っている時と同じ呼吸のペースで歌える」とゆずなさんが言えば、うたさんも「ゆうちゃんがステージ全体を見てくれているという安心感があるから、私はゆうちゃんの気配を感じながら曲に集中できる」とほほ笑む。

「100%の信頼」で結ばれていると話すゆずなさん(右)とうたさん (2025年4月28日、東京・新宿区で筆者撮影)

 そんな二人にとって、物心ついた時から歌は生活の一部だった。母は毎晩、歌を歌って寝かしつけてくれた。少し大きくなると、ピアノを弾く母や、カホンを叩く父を囲んでみんなで歌った。ミャンマーでは、アメリカの学園ミュージカル映画『ハイスクール・ミュージカル』のDVDを繰り返し見て洋楽にはまり、庭でミュージカルごっこをして遊んだ。ギターの弾き語りをするミャンマー人たちに憧れて、ギターも習った。今でも家族の誰かが何か口ずみ始めると、必ず他の誰かが即興でハモり、身体を揺らす。誕生日には、その日の主役が弾くギターに合わせて家族で「We Are The World」を合唱するのがお決まりだ。「歌のない生活は考えられない」と、二人は口をそろえる。

幼い頃から生活の中には常に音楽があった。ピアノを弾く母を囲んで歌うゆずなさん(写真奥:当時6歳)と、うたさん(手前、当時4歳) (ゆずなさん提供)

 同じように、自分たちのもう一つの祖国がミャンマーであることも、日々の暮らしの中で常に意識していた。両親は子どもたちとは日本語で、夫婦の間ではミャンマー語で話すため、家では常に二つの言葉が飛び交い、食卓には日本とミャンマーの味が区別なく並ぶ。ゆずなさんとうたさんが、チャリティライブで歌うことを「毎日の延長で、祖国を思うミャンマー人として当たり前のこと」だと話すのは、そのためだ。

ミャンマーに滞在中、近所の公園で弟とともに記念撮影するゆずなさん(左)とうたさん(中央) (ゆずなさん提供)

覚悟を新たにバランスの良い発信を

 二人がyuzuna&utaとして歌うようになったのは、2021年2月1日に起きたクーデターがきっかけだ。当時、ゆずなさんはスイスのベルンに1年間留学しており、うたさんは都内の自宅から高校に通っていた。第一報を聞いた時は実感がなかったという二人だが、軍の弾圧が強まり、目を覆いたくなる映像がSNS上にあふれるようになると、毎晩、悪夢にうなされるようになった。特に、かつて通っていた日本人学校近くの道路上で市民が暴行を受け、連行されていく時に「痛い、痛い」と叫ぶミャンマー語が聞き取れるだけに一層つらく、打ちのめされた。

 そんななか、強い衝撃を受けたのが、昔から歌い継がれている革命歌を歌いながら命懸けで連帯し、自由を求める市民の姿だった。二人にとっては初めて耳にする曲ばかりだったが、歌のパワーに胸をつかれ、二人は東京とベルンで歌い続けた。ゆずなさんの帰国後、ミャンマーの支援イベントや地元の市議会議員の会合に招かれて一緒に歌うようになったのも、祖国の現状に傷ついた自分の心を癒やし、自らを鼓舞するためだったと振り返る。

ステージ上ではあうんの呼吸で分かり合っているというゆずなさん(右)とうたさん (2025年4月13日、筆者撮影)

 今回、祖国が再び災禍に見舞われたことで、二人はステージに立つ際の覚悟を新たにしている。

 これまでは、両親の会話を音で理解できるのをいいことにミャンマー語の文字を学ぶことをしてこなかったが、ミャンマー語の歌をより多く、より正確な発音で歌い、ミャンマーの人たちに届けたいという意欲が生まれた。また、両国にルーツがある自分たちを通じてミャンマーの現状を日本人に知ってもらうために、歌の合間のMCにも力を入れるようになった。

 とはいえ、人前に立つアーティストの言動は常に注目され、たった一度の不用意な発言で簡単に支持を失うこともあるからこそ、言葉選びには気を遣う。ゆずなさんは「私たちのことを、ミャンマーに寄り添うミャンマー人歌手だと思ってくれている人たちを失望させたくない」と、ミャンマー語の通訳者兼翻訳者で現地の情勢に詳しい母と、ミャンマー人である父の助言を仰ぎながら、バランスの良い言語化と発信に努める。

 うたさんも、人前に立つのが怖かった頃の面影は、もうない。今でも緊張はするというものの、「歌声を発するだけで、聞いている人がミャンマーに興味を持ち、助けたいと思ってくれるなら、この声を発さずにはいられない」と言い切る。「これからも人に招かれるだけでなく、自分たちでチャリティライブを企画したい」と意気込むまなざしに、決意がにじむ。

「100%の信頼感」で結ばれた二人が描く未来

 祖国への強い思いを胸に歌う真摯な姿勢が伝わるのだろう、二人には、日本人だけでなく、ミャンマー人のファンも多い。立川のチャリティライブの1週間後、大阪の服部緑地公園野外音楽堂で開かれたイベントに出演した二人は、ミャンマー人歌手がカバーしたことでミャンマー人の間でも絶大な人気がある「乾杯」をはじめ、ミャンマー語の歌を数曲、約5000人のミャンマー人と共に熱唱した。アーティストの歌声に静かに聞き入ることが多い日本人と異なり、曲の冒頭から大声で一緒に歌うミャンマーの人々の姿を見て、心に抱え込んだ悲しさやつらさ、祖国に残してきた家族への恋しさなどを曲に乗せて吐き出していると感じた二人は、予定していたプログラムを一部変更し、皆で一緒に歌えるノリのいいミャンマー語の歌を増やしたという。当日の様子を撮影した動画は参加者たちによって次々にSNSにアップされ、中には2週間あまりで150万回以上再生されているものもある。

大阪で開かれたイベントに出演した二人の動画は、SNS上でまたたく間に拡散された(ゆずなさんのFacebookより)

 そんな二人が描く未来も、もちろん歌と共にある。歌手としてデビューした後、ミャンマーでクーデターが起きたことを受け、世界情勢に関する知識を身に付けようと3年遅れで大学に入学したゆずなさんの夢は、あらゆる境界のない、ボーダレスな世界を歌で実現することだ。「国籍や人種、宗教、言葉がたまたま違っても、皆、同じ地球に生まれた人間。世界中の人と一緒に曲を作って歌う場を作り続けていれば、きっと世界は変わるはず」と熱く語る。「世界のどこに住んでいる人でもビートルズやクイーンを聞いたことがあるというのは、すごいこと。そういう歌を私も作りたい」。

 一方、うたさんも、皆で大きな声で歌うたびに希望を感じるという。「その瞬間、その場が愛であふれる。それを世界に広げていけば、戦っていることが馬鹿らしくなるのでは」と話す彼女は、最近、ゆずなさんと共に、yuzuna&utaとしてレコーディングを始めた。プロの歌手になるかどうかはまだ決めていないが、どんな形であれ、歌で世界を幸せにする活動は続けることを決めている。その一歩として、ミャンマー以外の国の人々にも歌の力が通用することを検証するために、世界に出る機会を探っているところだ。

ヤンゴンに滞在中、インレー湖畔に住む親戚を訪ねたゆずなさん(右)とうたさん (ゆずなさん提供)

 オーバーサイズのパーカーにジーンズとキャップを合わせたカジュアルなファッションに、ネイルや靴で差し色を取り入れるのが好きで、毎日のように服や小物を貸し借りし、「80歳になっても一緒に歌っているよね」と笑う二人。それぞれに親しい友達がいて、普段は各々忙しく過ごしているが、定期的に一緒にカフェに行っては、大学の授業の話から友人関係、恋愛までキャッチアップするという。「二人で話していると、あぁ、これだって思うんです」とうなずき合う二人の間の「100%の信頼感」は、そのまま同志としての絆でもある。

ミャンマーの伝統的な衣装「ロンジー」を着て、日焼け止め「タナカ」を塗ったゆずなさん (本人提供)

 震災後、二度目のチャリティライブとなる5月12日には、ゆずなさんが初めて作詞作曲を手掛けた新曲「声」も披露する。家族と離れて一人でスイスに滞在中にミャンマーでクーデターが起こり、こみ上げる思いを抱えきれずに作った曲だ。ミャンマーの人たちの強さと明るさを思い浮かべ、「ミャンマーは絶対に大丈夫」と自分に言い聞かせながら、一人一人の鼓動や声が重なり大きな力になっていく様子を歌にした。

 「日本とミャンマーにルーツがあることも、ミャンマーで4年間を過ごしたことも、人の心を揺さぶることができる声を持っていることも、すべてがつながって今がある。歌うことは宿命。やるしかない」。歌が持つ力を信じる姉妹は、「歌の先にいる誰かとつながるために」、これからも歌い続ける。

 

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