「幸福度報告」にみる現実との乖離
東南アジアと南アジアの上位国の社説はともに結果に懐疑的

  • 2022/4/13

コロナ禍で重視された社会の安定

 3月20日に発表された2022年版の『世界幸福度報告書』によれば、対象146カ国の中で最も「幸福」な国は、5年連続でフィンランドだった。そのほか、上位に入った国は、デンマーク(2位)、アイスランド(3位)、スイス(4位)、オランダ(5位)、ルクセンブルク(6位)、スウェーデン(7位)、ノルウエー(8位)と、北欧を中心に欧州の国々が並び、イスラエル(9位)、ニュージーランド(10位)と続く。アメリカは16位、英国は17位だった。

 アジアについて言えば、最も高かったのは台湾で26位。日本は54位、中国は72位。東南アジアではシンガポールが27位と最も高く、次いでフィリピン60位、タイ61位、マレーシア70位などとなった。

 逆にワーストの順位では最も幸福度が低いとされたのは、アフガニスタン、次いでレバノン、ジンバブエ、ルワンダ、ボツワナとなっている。

 2022年版の幸福度は、新型コロナウイルスの感染拡大が続く中で、社会の安定や安全といった視点から「幸福度」を考える人が増えたようだ。その意味では、社会福祉制度が充実しているといわれる北欧が上位に並んだのもうなずける。

「世界幸福度報告」の2022年度版では、コロナ禍の経験を通じ、社会の安定と幸福度の相関関係が強まっていることが浮き彫りになった (c) Volker Meyer / Pexels

大統領選を控えたフィリピン「日常の安全確保が争点」

 この幸福度調査について、東南アジアの新聞もそれぞれ反応をしていた。

 東南アジアの中で2番目に高い順位だったフィリピンのデイリーインクワイアラー紙は、3月27日付の社説で、「幸福は公共政策だ」と題してこの話題を採り上げた。フィリピンはこの調査でかつて、最高位52位まで上がったことがあるが、前回、今回とも60位台で低迷している。

 「幸福度報告に対する反応は、フィリピンらしいユーモアで表現されている。『これはパラレルワールドに違いにない』『われわれの政府と政策はジョークだ。頼むからわれわれが幸福だなんて誤解しないでくれ』」

 さらに社説は、こう続ける。「なぜフィンランドが1位だったのか、地元ヘルシンキタイムズ紙の分析によれば、犯罪率が低いために人々に安心感があり、守られていると感じているためだという。その背景には、テストで競争するより学ぶことに重点を置いた教育システムの存在があり、だれもが公平に享受できる保健システムがある。フィンランドには分厚い中間所得者層があり、貧困はわずかだ。裕福なフィンランド人は、伝統的に、富に対して慎み深い傾向がある。貧しくても良い教育とヘルスケアを受けることができ、だれもホームレスにならなくてすむのだ」

 フィンランドの「幸福」についてこう分析した後、社説は「そのような生活は、多くのフィリピン人にとっては単なる夢想でしかない」と、断じる。「しかしフィリピン人は、我慢強さで知られ、貧困率が23.7%という高さにもかかわらず、幸福だと考えることができる人々だと称賛されている」ということも事実だ。

 フィリピンは5月に大統領選を控えており、国内では政策論争も始まっている。社説は、「為政者たちは国民の幸福度というものを重視し始めている。それは次期大統領の政権でも、新型コロナによる経済的苦境からの脱出、雇用の保証、全ての人へのヘルスケア、公共住宅政策、質の高い教育、犯罪率の低減などとして取り組まれるべきだ」と主張し、「こうした日常の安全をいかに確保するかが国民にとって重要な視点になっている」と指摘した。

ネパールの英字紙も結果に懐疑的

 一方、84位だったネパールのカトマンドゥポスト紙は、3月22日の社説で、この話題を採り上げた。

 冒頭、社説が持ち出したのは、ギリシャ神話「シシュポスの岩」だ。シシュポスは、神々を欺いた罰として、巨大な岩を山頂まで上げる作業を科せられるが、岩は、山頂を目前に転げ落ちて谷底へ落ちる。永遠に終わらないこの作業を繰り返すという苦役を強いられるシシュポスになぞらえ、「シシュポスの岩」は「果てない徒労」という意味で使われる。

 同紙は、作家カミュが哲学的随筆「シシュポスの神話」の中で、すべてを肯定し受け入れた人は、どんな悲惨な人生でも幸福を感じ、その環境にそぐわない勝利宣言をすることができる、とした解釈を紹介したうえで、「幸福度報告によれば、ネパール国民もシシュポスのように幸福感を感じている」と、指摘した。

 社説が皮肉のようにこう言うのは、南アジア諸国の中でネパールは、高い順位にあるからだ。例えばバングラデシュは94位、スリランカは127位、インドは136位。「ただし、単純な比較は危険だ。私たちが他の国よりも優れていると勘違いするからだ。現実を見たら、この報告書の結果は疑わしい」

 社説は、「ネパールでは、18.7%の人々が貧困ライン以下で生活している。失業率は4.4%であり、GDPは世界でも最も低いグループに属する」という事実を挙げ、「幸福とは、ネパールの人々にとって長きにわたり、夢に過ぎないものだった。選挙が近くなるたびに、為政者や政党は人々に幸せな未来の夢を見せようとする。しかし、ネパール人は、疑わしいそのような主張にはだまされず、なぜ自分たちが質の高い暮らしを手にできないのかを考えざるを得ない状況に置かれている」と、指摘した。

 毎年発表される幸福度報告は、順位や数字が一人歩きしやすい。それぞれ東南アジアと南アジアでは上位だったフィリピンとネパールの新聞は、ともに「現実は違う」と主張している。ただ、こうして自分たちを振り返るきっかけとなるのであれば、ランキングは「ある見方」として存在する意義があるのかもしれない。

 

(原文)

フィリピン:https://opinion.inquirer.net/151480/happiness-as-public-policy 

ネパール:https://kathmandupost.com/editorial/2022/03/22/happy-about-what)

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