危機を乗り越えるために
コロナ禍の社説、タイの場合
- 2020/3/28
新型コロナウイルスの感染拡大阻止のため、3月26日に非常事態宣言が発動されたタイ。外国人の入国が原則禁止され、外出や移動も制限されている。タイの英字紙「バンコク・ポスト」は3月25日付けの社説で、非常事態宣言の発動について「明確なビジョンがない」と論じている。
権力の集中は特効薬ではない
社説はまず、世界的な新型コロナウイルス対策の現状について、こう概観する。
「ワクチンや医薬品の開発が最も効果的であり、さまざまな国がその開発に向けて最善の努力をしている。中国からニュージーランドにいたるまで、各地で社会的隔離やロックダウンが相次いだが、それなりの効果をあげているように見える」。
続いて、「集団免疫」という実験的な考え方を採用した英国も紹介している。集団免疫とは、「多くの人が感染して回復すれば、免疫力がついてパンデミックにはならない」という考え方だ。具体的には、症状が出ても7日間は病院へ行かず、自宅で待機するように呼びかけている。そうすることによって医療崩壊を防ぎ、本当に医療が必要な高齢者らに十分な対応を行えるようにするというロジックである。
その上で社説は、「独裁国家であれ、民主国家であれ、これらの国々から学べることは、権力が感染拡大を食い止めるわけではない、ということだ」「政府に権限を集中させるだけでは事態は改善しない」と明言し、次のように述べる。「感染拡大を食い止めるのは、綿密に練られた対策や、包括的な健康維持の仕組みであり、公衆衛生のリソースを惜しみなく投入したり、感染経路を追跡したりと、さまざまな試みを重ねる努力が必要だ」。
万能な特効薬が存在するのではなく、あらゆる方面から同時に惜しみないアプローチが行われる必要があると社説は訴えている。
非常事態宣言に必要なもの
さらに社説は、「非常事態宣言を出すと告知しておきながら、詳細は翌日(26日)まで発表しなかったことで、国民をいたずらに不安に陥れた」「そもそも、非常事態を宣言することで、プラユット首相が何をしようとしているのかがいまだに明らかではない」と指摘し、今回の非常事態宣言の発表の仕方にも苦言を呈する。「あいまいな通達は、人々をスーパーへと買い占めに走らせるだけだ。密閉空間に多くの人が詰めかければ、感染の危険が高まるのは自明であるというのに」。
さらに社説は、「非常事態を宣言するだけでは、国民が必ずしも封じ込めに協力するとは限らない」とも述べ、次のように指摘する。
「政府は、非常事態を宣言するという厳しい措置を取れば、国民が自ら感染予防に協力し、自主隔離に応じると楽観的に考えているのかもしれないが、低所得層の人々や、インフォーマルセクターの労働者たちは、ひとたび日々の仕事を手放し、収入源を失えば生きていくことができない。彼らにも封じ込めに協力させようとするなら、暮らしを支援するさまざまな方策が欠かせない。それがなければ、いかに厳しく行動制限をしようとしても、実効力はない」
これは、タイ政府だけでなく、どの国にも、どの自治体にも当てはまることだろう。「非常事態宣言を発動するということは、政府が自らの手に多くの国民の命を握るということだと認識すべきだ。明確なビジョンや決断力のあるリーダーシップ、そして優れた実行力がないまま非常事態宣言を出しても、いたずらに混乱を招くだけである」。
コロナ禍は、私たちに実にさまざまなことを考えさせてくれる。
(原文:https://www.bangkokpost.com/opinion/opinion/1885830/dont-bungle-emergency)