フィリピンの「麻薬戦争」はなぜ続くのか
タイの英字紙がフィリピン・ドゥテルテ政権の薬物対策を批判

  • 2020/6/2

東南アジアは今も、麻薬の生産地として、取引地として、そして消費地として知られている。高価な麻薬から、メタアンフェタミンのように手軽に製造できて子どもにも出回るような麻薬まで、その影響ははかりしれない。5月31日付のタイの英字紙バンコク・ポストは、この問題をとりあげている。

フィリピンでドゥテルテ大統領が進める「麻薬戦争」に国際社会から批判が高まっている (c) Anna Shvets / Pexels

人権団体の告発

 タイの英字紙である同紙がこの日取り上げたのは、フィリピンの「麻薬戦争」だった。2016年にフィリピンのドゥテルテ大統領が開始した「麻薬戦争」について、今年5月、2つの国際人権団体が「この残虐なキャンペーンによって殺人が起きている」と指摘したことが発端だ。

 その1つ、国際人権NGOのアムネスティ・インターナショナルは、フィリピン国家警察の統計を基に、2016年7月1日から2017年1月21日までの間、同国で7,025人が違法薬物絡みで殺害された、と指摘した。社説はこの発表を引用し、「1日におよそ34人が殺害されていたことになる」と、その悲惨な状況を指摘する。

 また、国際人権組織のヒューマン・ライツ・ウォッチは、報告書「幸せな家族はいなくなった:フィリピンの麻薬戦争が及ぼす子どもたちへの影響」の中で、マニラ首都圏を含む6都市で起きた23件の「麻薬戦争」による殺害事件を取り上げ、犠牲者の家族がどのように経済的、または精神的に影響を受けたのか分析している。

 社説は、ある遺族の少女の言葉を引用する。「わたしは、パパが撃たれる様子をすべて見ていた。幸せな家族は消えてしまった。いま、パパと呼べる人はいない。一緒にいたかった、でももうできない」

 社説の、ドゥテルテ大統領に対する批判はストレートだ。「ブラカン州で2017年、24時間で32人が殺害される事件が起きた。ドゥテルテ大統領は、“毎日32人を殺害すれば、我々の国を苦しめるものを減らすことができるだろう”と明言した。そして、警察がトカゲのしっぽ切りのように末端の売人を殺害していく一方で、違法薬物を流している大元の人々は難を逃れ続けたため、この残虐なキャンペーンは国内外から批判を受けたが、ドゥテルテ大統領に躊躇はなかった」

 社説によると、ドゥテルテ大統領は昨年、政府に対し、この麻薬戦争を非難する国連人権委員会の決議に賛成した18の西側諸国からの援助や有償協力の受け入れを停止するよう指示したという。しかし、今年に入って、政府はこれらの国々との関係回復を模索し、援助や有償協力の再開に向け取り組んでいることが報じられた。

 「この出来事から、いわゆる麻薬戦争は決して万能薬ではないことが分かる。この方法に頼るのであれば、目的は達成されない」と、社説は言う。

「ねずみの楽園」を作れないのか

 実は、タイでも2000年代初頭のタクシン元首相が政権を握っていた時代に、この麻薬戦争が実施されたことがある。全国で数千人が麻薬取引に関係した疑いで殺害されたが、それに加え、巻き添えで殺された人や、疑いを持たれただけで殺害された人などもかなりの数に上った。社説は、このタクシン氏の麻薬戦争に触れ、「当時、大きな社会問題になったが、にも関わらず大きな成果は得られなかった」と、言い切る。

 違法薬物の依存性については、昔からさまざまな実験が行われてきた。たとえば、コカインを与えられた動物は、次第に自らそれを欲するようになり、しばしば死に至るまでやめられなくなるケースをしばしば目にするという。「この結果こそがコカインの依存性の高さを示すものであり、こうした悲劇を繰り返さないよう、弾圧によって悪循環を断ち切ろうとする政府が多い」と、社説はいう。

 ここで社説は、これまでのこうした実験とは違う角度から中毒性や依存性を断ち切る方法について検証する実験結果を紹介する。1970年代に実施された「ラット・パーク」だ。この実験では、ねずみをおりに閉じ込めて薬物づけにする代わりに、8.8平方メートルの場所に、たっぷりの餌と、運動できる回転かご、ゆっくり休める巣、そして最も大切なもの―仲間のねずみ―を用意した。「すると、驚くべき結果が現れた。こうした素晴らしい環境下では、ねずみたちは麻薬入りの水を飲まなくなり、依存や中毒の症状は見られなくなったのだ。この実験は、薬理学的に発生する麻薬の中毒症状に、社会環境が大きな影響を与えるということを示した」

 その上で社説は、「この実験のように、フィリピンでもラット・パークのような環境を整えることができたなら、どれだけ麻薬の撲滅に効果があるだろう」と嘆き、次のように言う。「ドゥテルテ大統領のような人にとっては、人々が麻薬に手を出さなくなるラット・パークのような社会環境を作り出すことより、抗う手段のない人々をおりの中に拘束したり、貧しい人々を殺害したりする方がずっと簡単なのだ」

 確かに、ラット・パークは理想郷だ。しかし、そこにたくさんのヒントがある。完璧な理想郷は無理でも、人間の心を満たす何かを少しずつ社会に積み重ねてゆけば、麻薬戦争以外の方法が、見つかるかもしれない。

(原文:https://www.bangkokpost.com/opinion/opinion/1927008/why-futile-wars-on-drugs-persist)

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