タイとカンボジアが寺院の建設計画で対立
文化遺産巡る両国の根深い対立が再燃か

  • 2021/7/31

インドシナ半島で隣接するタイとカンボジアは、経済的に強く依存し合うと同時に、歴史的な背景から対立の火種も抱えている。タイ国境にあるブリラム県でこのほどカンボジア様式の寺院を建てるプロジェクトが始まり、カンボジアの人々が反発しているという。7月10日付けのタイの英字紙バンコク・ポストはこの問題を採り上げた。

プレアビヒア遺跡の警護にあたる兵士と、その脇を通って遺跡に入る仏僧たち(2008年8月1日撮影)。2008年に世界遺産登録をされた同遺跡は、その帰属をめぐって2011年までタイとカンボジアの交戦が続いていたが、2013年に国際司法裁判所によって、カンボジア領と認定された (c) ロイター/アフロ

 

アンコールワットを模した?

 社説によると、論争を呼んでいる計画内容は、ブリラム県のナンロン地区に、クメール(カンボジア)スタイルの仏塔を建設するというものだという。これを知ったカンボジアの「ネチズン」たちから「アンコールワットを模したものだ」という批判が起きたが、プロジェクトを主導する寺院はこの指摘を否定しており、カンボジア政府も「そのような事実はない」と否定している。「このような怒りは、愛憎うずまく両国の間では決して珍しいことではない。タイの仮面ダンスがユネスコ無形文化遺産に登録された時や、両国の国境にあるプレアビヒア寺院が世界遺産に登録された時も、それが火種になって武力衝突に発展することもある」と、社説は言う。
 その上で、社説は「文化や歴史に対する見解の違いを、<過去のもの>と軽視してはならない」と、指摘する。ここで連想するのが、2003年の事件だ。2003年、タイ人の女優が「アンコールワットはタイのものだ」と発言したと報道されたのを機に、カンボジアの若者らがカンボジア国内のタイ大使館やタイ系企業を襲撃。放火や破壊行動が相次ぎ、両国は一時、国交を断絶するに至った。後に、この女優は発言そのものを否定し、噂が広まっただけだったことが明らかになったのだが、社説はこの事件について、「カンボジアの総選挙にからみ、政治的意図を持つ人々が作り上げた噂だった」と振り返る。

ともに保護、育成を

 その上で社説は、「タイとカンボジア、両国民の中には歴史的な敵意や国粋主義にとらわれている者も多い。両国がお互いに否定的な感情を抱くための道具として誤った形で歴史が利用されている」と指摘。「これ以上の憎悪が広がらないように、このような感情は排除されるべきだ。今回の仏塔建築プロジェクトでもわかるように、両国民がより深くお互いを理解するための努力は、いまだ不十分だ」との見方を示す。
 さらに、文化には国境がない、と主張し、次のように述べる。
「両国の人々は、数世紀にわたって文化遺産を共有して来られたことを感謝すべきだ。タイ東北部のほとんどの県にはカンボジアスタイルの遺跡があるし、カンボジアには、バンコクの寺院にあるような壁画が描かれている寺院もある」「文化遺産が誰のものか、と問うてはならない。そんな問いは誰の得にもならないばかりか、平和な関係を傷つけるだけだ。タイとカンボジア、両国民はお互いの遺産を同じように大切にしなければならない」
 2003年にカンボジアでタイ大使館の襲撃事件が起きた背景には、両国の経済格差があったとも言われている。タイへ出稼ぎに行ったカンボジア人労働者が、雇い主による搾取に耐えられず怒りが爆発し、その動きを政治家が利用したのではないか、という見方だ。今もなお、多くのカンボジア人がタイに出稼ぎに行っているほか、バンコクにはカンボジア人のスラムもある。対立の火種は根深く、歴史や文化遺産をめぐるちょっとした動きが、爆発の導火線になりかねない状態は今も続いている。

(原文https://www.bangkokpost.com/opinion/opinion/2146387/spat-over-history-futile)

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