コロンビア紛争地が見つめる政権交代
軍事力による治安回復を掲げる新政権に、住民は何を思うのか
- 2026/7/15
「また過去に戻ってしまう」――。今年6月に大統領選挙が行われた南米・コロンビアで軍事力による治安回復を掲げるアベラルド・デラエスプリエジャ氏の当選が決まり、8月に新政権が発足するのを前に、長年、紛争の中で暮らしてきた住民に不安が広がっています。2016年の和平合意から10年。「完全な平和」を掲げてきた同国の和平プロセスはどこへ向かうのでしょうか。
昨年、「コロンビア和平から10年 混乱する農村から」と題し、同国の紛争地域で生きる人々の思いと、彼らを取り巻く環境について5回にわたり報告を寄せたフォトジャーナリストの柴田大輔さんが、住民たちの声を通して政権交代の先にある現実を伝えます。

南米コロンビアで行われた大統領選挙で軍事力による領土奪還と治安回復を掲げて勝利し、信任状捧呈式に出席した右派のアベラルド・デラエスプリエジャ氏。8月に新大統領に就任する(2026年6月22日撮影)(c) ロイター/アフロ
南米コロンビアで6月21日に大統領選決選投票が行われ、軍事力による領土奪還を掲げる右派で弁護士のアベラルド・デラエスプリエジャ氏が勝利した。左派与党候補のイバン・セペダ氏を僅差で破った。60年以上続く武力紛争のなかで、対話を軸に、「完全な平和」を目指してきた左派政権からの大きな路線転換である。
新大統領は「90日以内に麻薬テロ組織を無力化し、武装組織が支配する領土を奪還する」と宣言し、武装組織への軍事圧力を強める方針を打ち出す。しかし、その最前線で暮らす人々はこの変化をどう受け止めているのか。武装勢力の支配が続く南西部ナリーニョ県やカウカ県で暮らす住民に話を聞いた。
W杯開幕戦、「コロンビア人」が決めた最初のゴール
2026年ワールドカップ開幕戦。大会最初のゴールを決めたのは、メキシコ代表のフリアン・キニョネスだった。前半9分、相手のパスミスからこぼれたボールを右足で豪快に突き刺すと、チームカラーの緑一色が覆う開催国メキシコのスタンドは、大歓声に包まれた――。
「知ってるか?キニョネスはコロンビア人なんだ。俺たちにとっても誇りの選手だよ」
後日、コロンビアの友人からオンラインでこんなメッセージが届いた。その時初めて、私はキニョネスがコロンビア生まれで、2023年にメキシコへ帰化していたことを知った。知らせてくれた友人が暮らすのはコロンビア南西部カウカ県の山岳地帯。キニョネスの出身は隣のナリーニョ県。どちらも武装勢力による紛争が激しく続く地域だ。
メキシコのオンラインメディア「PROCESO」によると、キニョネスはナリーニョ県の太平洋沿岸、熱帯雨林に囲まれた町で生まれ育った。国家の統治が及びにくく、今も複数の武装組織が活動する地域だ。サッカーは彼にとって貧困と暴力から抜け出す道だったという。18歳でメキシコに渡りプロ選手としてのキャリアを積んだ。彼にとってメキシコは「安らぎを見つけ、自信を得ることができた」場所だと語っている。
サッカーは彼を国境の外へ連れ出した。しかし、多くの人はいまも紛争の続く故郷に暮らしている。
W杯の熱気に沸く一方で、コロンビアでは6月21日、大統領選の決選投票が行われた。軍事力による領土奪還を掲げる右派のアベラルド・デラエスプリエジャ氏が、対話による「完全な平和」を掲げてきた左派与党候補を僅差で破り、新大統領に選ばれた。デラエスプリエジャ氏は、公職経験のない47歳の弁護士・実業家だ。SNSを駆使し、既存政治への不満を取り込みながら支持を広げた。
決選投票の投票率は約63%と、1991年の現行制度導入後で最高となった。一方で得票率は49.6%対48.7%とほぼ拮抗し、社会の分断を映し出す結果となった。
軍事路線への転換を、紛争地の人々はどう受け止めたのか。現地で活動する二人にオンラインで話を聞いた。
「また過去に戻ってしまう」
「また、あの時代に戻ってしまうかもしれません」「今後、武力紛争のさらなる激化と、農村での人権侵害が深刻化する恐れがあります」
そう危機感を募らせるのは、キニョネスの出身地、ナリーニョ県で長年人権活動に携わってきたルシアーナさん(50代、仮名)だ。山岳地帯の先住民族や、太平洋沿岸に暮らすアフリカ系住民の生活を支えながら、政府の和平政策にも関わってきた。職務上の都合から仮名を条件に取材に応じた。
現在のナリーニョ県では、複数の武装組織が活動を続けている。これまでにも各地で軍事衝突が相次いできた。その度に住民が犠牲となり、避難を強いられることが、20年以上、繰り返されてきた。武装組織の存在そのものが、住民にとって日常の一部となっている。
2016年、コロンビア政府は当時最大の反政府ゲリラFARCと和平合意を結んだ。しかし、FARCの武装解除によって生じた権力の空白地帯には、残存勢力や新たな武装組織が入り込み、麻薬密輸や違法鉱山の利権をめぐる争いが続いている。
「この地域は、教育や医療、飲料水といった基本的なサービスさえ十分ではありません。失業や貧困も深刻です。国家が十分に存在してこなかった場所だからこそ、武装勢力や違法経済が入り込む余地が生まれてきました」
ナリーニョ県は世界有数のコカ栽培地帯でもある。麻薬経済は長年、武装組織の資金源となってきた。政府は合法作物への転作を進めてきたが、汚職や資金不足が重なり十分な成果につながっていない。その結果、産業のない地域で住民が、再び違法経済へ依存せざるを得ない状況が続いている。
こうしたなかでデラエスプリエジャ新大統領が掲げるのは、武力による麻薬経済と武装組織の両者の排除だ。「犯罪者とは交渉しない」と宣言し、武装組織への空爆再開、コカ栽培地への農薬空中散布を掲げる。
ルシアーナさんは、「新大統領は、農村が違法経済に依存せざるを得ない社会構造を変えずに、武力で臨もうとしている。非常に危険」と懸念を示す。
2022年に誕生したコロンビア初の左派政権は、国内に10以上ある武装組織と個別に交渉を重ね、対話による「完全な平和」を模索したが、戦争を終わらせることができなかった。それだけでなく、2025年には「コロンビアは過去10年で最悪の武力紛争による人道的被害を受けた」とする報告書を赤十字国際委員会が発表している。紛争地域で活動してきたルシアーナさんも、左派政権は期待された成果を十分に上げられなかったことは認める。しかし、「地域では少しずつ変化も生まれていました」と語り、対話そのものが無意味だったとは考えていない。
左派政権が「完全な平和」を掲げてすべての武装組織と同時に交渉したのには理由があった。一つの組織とだけ和平を結ぶと、他の勢力がその空白を突いて拡大する。2016年合意後に繰り返されたその失敗を避けるためだ。
ナリーニョ県でも、政府と武装勢力との地域ごとの和平対話が続いてきた。アンデス地域では「コムネロス・デル・スル」という反政府組織と、太平洋沿岸ではかつてFARCに所属していた勢力と協議を進めた結果、一部では武装解除が実現し、治安の安定に繋がった地域もある。治安が安定したことで、過去に武装勢力に拉致され行方不明となっていた被害者の遺体捜索も進めることができた。
「遺体との再会は、遺族にとって尊厳の回復のために必要なことです。平和は軍事作戦だけでは実現できません。違法作物の代替政策や、元ゲリラメンバーの社会復帰など、地道な取り組みを政府が支えていかなければ、武装勢力が生まれる土台はなくならないのです」
コロンビアでは、60年以上に及ぶ紛争で国内避難民は累計約900万人に上る。
さらに、2016年の和平合意後も暴力は続き、2025年9月末時点で政府に「紛争被害者」として登録された人は約1006万人に達している。しかし、現在も被害を受けている紛争地域では、今回の大統領選挙でも左派候補が多くの票を集めた。その背景について、ルシアーナさんはこう語る。
「コロンビアでは歴史的に右派政権が続き、農村の住民は国家から放置されてきたという思いがあります。この4年間で周縁地域の住民が中央政府の政策に以前より組み込まれるようになった。これは重要でした。左派政権の下で、自分たちの暮らしが前進できる可能性を感じた人が多かったのだと思います」
その一方で、彼女が最も気に掛けるのは、武装組織を離れた人々の行方だ。武器を置いた元戦闘員の中には、安全を確保できず、生活にも行き詰まり、再び武装組織へ戻る人もいる。ルシアーナさんは、そんな現実を最も懸念していた。
「彼らの誰もが戦争を望んだわけではありません。彼らはただ家族と暮らしたかっただけなのです。彼らが地域で働き、暮らしていける環境をつくらなければならない。もう二度と銃を手に取らせないために」
「自立していく。それが私たちの道だ」
一方、ナリーニョ県の先住民族アワの住民リーダー、ホセ・チンガルさんは、新政権を別の角度から見つめていた。ホセさんは、選挙で左派候補に投票した。支持した理由をこう話す。
「過去の政権は、農村に暮らす私たちを無視してきた。それだけでなく、自治を求める私たちをゲリラと同一視して銃を向けてきた。左派政権は、初めて私たちを見て政治を行った政権だった」
その言葉の背景には、今も消えない迫害の記憶がある。2002年、米国の軍事支援を受けて武力によるゲリラ制圧を掲げる右派政権が誕生すると、ナリーニョ県の山岳地帯は急速に戦場となった。政府軍と、軍と癒着した右派民兵組織が入り込み、住民は双方から「ゲリラ協力者」と疑われた。住民が殺害され、遺体が路上にさらされる虐殺も繰り返された。多くの住民は故郷を追われ、都市や国外への避難を余儀なくされた。しかし、安全を求めた先でも「紛争被害者」と名乗ることができなかった。「ゲリラ協力者」と政府に敵視されてきたからだ。それが今、繰り返されようとしている。
「また政府から敵視され、銃を向けられる可能性があります。ペトロ政権下でも戦争は終わりませんでした。しかし、あの時代のようにひどくはならなかった。戦争は、武装組織同士の間にとどまっていましたから」
さらにホセさんは、「政府が戦争を終わらせるとは、私たちは思っていません」と語る。「この国では60年以上、戦争が続いています。戦争を終わらせることは、どの政府もできなかったことなのです。だから、私は政府に期待しません」
だからこそ今、アワ民族は自ら地域を守る仕組みづくりを進めている。紛争の影響を強く受けてきた地域同士が新たなネットワークを築き、経験を共有しながら課題に向き合う取り組みだ。ホセさんの暮らす自治地域は、その中心的な役割を担う。
「戦争の中でどう生きていくか、私たちは過去の経験から学びました。文化と歴史をともにするアワ民族が団結し、戦争の中でどう権利を主張し、自分たちの土地を守っていかなければならないのか。経験を伝え合うことが、自分たちを守るために最も適切なことなのです」
そう語ったホセさんは、最後に少し間を置いて静かにこう言い切った。
「私たちのことは、私たちが一番よくわかっています。誰にも暮らしを左右されないためにも、自立こそが私たちの進むべき道なのです」
(しばた・だいすけ)フォトジャーナリスト。1980年茨城県生まれ。写真専門学校卒業後、フリーランスのフォトジャーナリストとして取材・報告活動を始める。2004年より1年間、ラテンアメリカ13カ国を旅し、現地で出会った多様な風土と人々の生活に惹かれ、コロンビアをはじめ中南米諸国を中心に住民運動や日常生活を取材し続けている。ドットワールドでも5話連載「コロンビア和平から10年 混乱する農村から」(2026年9月)をはじめ、現地に暮らす人々の姿を継続的に伝えている。



















