アメリカとイラン戦争の陰で進む「一帯一路」の新局面
アフリカの石油・天然ガス開発を軸に新たな経済圏づくりを進める中国

  • 2026/7/6

 アメリカとイランの衝突に世界の注目が集まる一方、中国では「失速した」と見られていた一帯一路構想が、新たな形で動き始めているといいます。舞台はアフリカ。石油・天然ガス開発だけでなく、発電、化学肥料、農業、物流までを含めた「資源バリューチェーン」を構築しようとする中国の戦略とは。中国情勢に詳しい福島香織さんが、最新のデータをもとに、中国の資源・食料・通貨戦略を読み解きます。

 

 アメリカとイランの間の戦争は、とりあえず停戦という形で一区切りとなった。しかし、中東情勢がこのまま安定に向かうのかどうかは、なお見極める必要がある。

 100日以上続いたこの戦争で、アメリカとイランは双方が「勝者はオレだ」と主張し、双方の勝敗をめぐる議論が続いている。しかし、本当に注目すべきなのは勝敗ではない。この戦争をきっかけに、世界のエネルギー供給網(サプライチェーン)の再編が加速し始めていることだ。

 そのなかで存在感を増しつつあるのが、中国の「一帯一路」構想である。新型コロナ禍以降、「失速した」と見られていた一帯一路だが、中国はアフリカで石油・天然ガスを軸とした大型プロジェクトを次々と進め、資源のバリューチェーン全体を自ら主導する体制づくりに乗り出している。その先には、資源だけでなく食料や決済をも組み込んだ新たな経済圏の構想が見え隠れする。本稿では、その実像を読み解いてみたい。

中国・アフリカ協力フォーラムに出席するため北京を訪れ、習近平国家主席と握手を交わすコンゴ共和国のデニス・サスー・ンゲソ大統領(2024年9月6日撮影)© 新華社/アフロ

エネルギー資源をめぐる新たな競争

 上海復旦大学のグリーン金融発展センターがこのほど公表した報告書によると、中国は近年、単に海外で石油や天然ガスを開発するだけでなく、採掘から加工、発電、インフラ建設までを一体的に手がける「資源バリューチェーン」の構築に力を入れている。

 その動きは数字にも表れている。2025年における中国の対外エネルギー協力は、投資や工事の請負を合わせて939億ドルと、前年の2倍以上に拡大した。このうち、石油・ガス関連プロジェクトは約715億ドルと全体の74%を占め、化石燃料への投資割合は過去最高となった。

 中国の狙いは、石油やガス田の権益を取得するだけではない。エンジニアリングから調達・建設(EPC)にも参画し、プロジェクト全体の設計から建設、運営まで担うことで、資源の採掘から加工、インフラ整備まで一貫して関与する体制を築こうとしているのだ。

 こうした発想は、かつて欧米の石油メジャーが、中東で、石油の採掘から輸送、精製、ガソリンスタンドなどでの石油製品の販売まで一体的に支配してきたビジネスモデルにも通じる。中国はそれを自らのやり方で踏襲しようとしていると言えよう。

資源開発から産業づくりへ

 2025年における大規模かつ大量の石油・ガスプロジェクトの内訳を見ると、全体の6割をわずか2件の案件が占めている。

 一つはナイジェリアで進む「オギディグベン・ガス・レボリューション・インダストリアル・パーク」プロジェクトだ。このプロジェクトは、天然ガスの採掘だけでなく、ガス処理施設や関連インフラ、発電設備、アルミニウム精錬、さらに化学肥料や石油化学製品、メタノールの生産まで含む大規模な産業開発である。

 中国企業は、油田の権益取得にとどまらず、資金調達から設計、建設まで一体で担っている。

ナイジェリアのラゴス島にそびえるファムファー・オイル・タワー(2023年3月23日撮影)© Jeremyida002 /wikimediacommons

 もう一つは、コンゴ共和国で進められる総額230億ドル規模の石油・ガス開発プロジェクトである。こちらも3つの鉱区を対象に、生産インフラの整備に加え、LPGやLNGなどの加工施設、自家発電所、水資源管理施設までを含めた総合開発を目指している。

 どちらの事例にも共通しているのは、中国が単に資源を確保するだけではなく、その国の産業基盤そのものを整備しようとしている点だ。中国にとっては国内向けの燃料や化学製品の原料となる炭化水素資源を確保できるだけでなく、インフラ建設やエンジニアリングサービスの提供を通じて、この分野でほぼ白紙状態のアフリカ諸国と長期的な経済関係を築くことにもつながる。

 一方、受け入れ国側にもメリットがある。例えばナイジェリアは、天然ガスを輸出するだけでなく、自国資源を活用した工業化を進めたいと考えており、中国は資金と技術の両面からその構想を支えている。

つまり、中国は「資源を輸入する」のではなく、「資源国の産業化そのもの」に深く関与することで、長期的な関係を築こうとしているのである。

一帯一路で何が変わったのか

 これらのプロジェクトがこれまでの一帯一路と大きく異なるのは、受け入れ国の需要を重視しようという姿勢だ。

たとえばナイジェリアでは、天然ガスを輸出商品とするのではなく、自国の資源を使った発電や石油化学産業を育成し、発展させるという構想を掲げている。中国は、その国家戦略に資金や技術を提供する形で参画している。

 また、コンゴ共和国のプロジェクトでも、焦点が当たっているのは上流の石油・ガス開発だが、それだけでなく、天然ガス由来製品の加工・生産まで視野に入れた産業基盤づくりが進められている。

 こうして生産された石油化学製品の主な市場は中国になる可能性が高い。他国への輸出も考えられるが、一帯一路の枠組みの中では、物流や決済も含め、中国主導の経済圏へ組み込まれていく可能性がある。

 一方、国際社会で言えば、欧米諸国は脱炭素政策を進めている。2021年にイギリスのグラスゴーで開催されたCOP26(気候変動会議)では、署名国が排出削減対策のない化石燃料事業への新たな公的支援を原則停止することで合意した。

COP26では排出削減対策のない化石燃料事業への新たな公的支援を原則停止することで合意した © President.am /wikimediadommons

 もっとも、中国はこの宣言への署名を見送り、独自の気候変動対策を表明することで、比較的自由、かつ有利な立場からアフリカで石油・天然ガスを軸とする資源バリューチェーンを再構築しようとしている。

「債務の罠」から民間主導へ

 一帯一路が再び勢いを取り戻しつつある背景には、事業の進め方そのものが変化していることもある。

 これまでの一帯一路は、中国政府や国有銀行による融資を軸としたインフラ建設が中心だった。時に、経済性よりも政治的な意味合いが優先されるケースも少なくなく、受け入れ国側の腐敗や運営失敗で事業が失敗すると、受け入れ国の債務問題や「債務の罠」といった批判を招いた。

 それに対し、現在は、民間企業の役割が大きくなっている。民間企業は採算性を重視し、有望な案件を選んで出資するため、プロジェクトの評価も以前より厳しくなった。また、リスクも中国政府だけが負うのではなく、事業収益や民間企業、資源担保型の協力モデル、さらには現地パートナーとの間で分担する仕組みへと変わりつつある。資金調達の手法も多様化し、リスク管理を重視する方向へ転換している。

中国の一帯一路構想© Mathildem16/ Wikimedia Common

 2025年のような超大型の石油・天然ガスプロジェクトは極めて稀で、今後、それほど多くはないだろう、しかし、このような事業モデル自体は今後も継続していくと見られる。

 もちろん、化石燃料開発を受け入れた途上国が将来、脱炭素の流れの中で高炭素排出国としての負担を背負うリスクは残る。それでも、新型コロナ禍後の2021年には、新規融資規模がピーク時の870億ドルから37億ドルまで落ち込み、西側社会から「一帯一路は挫折した」とまで言われた状況を振り返れば、中国が新たな形で立て直しつつあることは確かだと言えよう。

石油資源の先にある「ペトロ人民元」構想

 ちなみに、中国国内の発電に占める石油火力の割合は1%にも満たず、天然ガス火力も3~5%程度にすぎない。中国はエネルギー源として石油への依存を着実に減らしてきた。

 それにもかかわらず、中国が自国主導の石油・天然ガス資源バリューチェーンの再構築に腐心しているのはなぜか。その背景には、石油取引を人民元建てで行う「ペトロ人民元」構想があると見られる。

 かつてアメリカの石油メジャーは、採掘から輸送、販売までのバリューチェーンを構築し、その決済を自国通貨のドルで行うことで、ドルを国際通貨として定着させた。中国も同様に、資源バリューチェーンを元決済で運用することで、世界貿易を支配する元経済圏を築こうとしているとの見方がある。いわゆるペトロ人民元計画だ。

中国の人民元が米ドルに代わって基軸通貨になる日がくるのか© Eric Prouzet/ Unsplash

 BRICSメンバーに入ったイランが、この構想の中東における拠点となると見られていたことから、アメリカによる攻撃もそれをけん制する狙いがあったという分析もある。真偽は定かではないが、発電分野で石油への依存を減らした現在でも、石油が安全保障上の最重要資源であることに変わりはない。米中対立が長期化する「グレーゾーン」の時代に、中国が資源確保に力を注ぐことは不思議はない。

本当の狙いは「食料安全保障」か

 しかし、筆者がもう一つ注目したいのは、アフリカで進む石油・天然ガスプロジェクトに、化学肥料の製造が組み込まれている点である。化学肥料は、食料安保の要と言える産業である。一帯一路では、アフリカ諸国で農業支援プロジェクトも実施されていることを考えると、中国はアフリカに化学肥料産業を形成し、石油資源バリューチェーンと一体化して構想し、世界最大の人口を擁する中国の胃袋を満たそうとしている可能性もある。

 そのことを示唆する出来事があった。

 先日、大連で開催された夏季ダボス会議の「一帯一路の今後の発展」をテーマとした討論会で、ギニアのアマドゥ・ウリ・バフ首相が、中国との稲作協力によって米の自給だけでなく輸出も視野に入れるようになったと発言した。

 また、中国・海南省の劉小明省長は、海南省が国連糧農業機関(FAO)と協力し、「一帯一路」沿線の熱帯農業連盟を推進し、熱帯農業の科学技術や種子を普及させ、現地の農民が技術を習得できるよう支援していると紹介した。

 将来的にアフリカが世界有数の農産物の生産地になれば、中国が特許をもつ種子による農産物が、中国が構築した石油資源バリューチェーンで作られた化学肥料で生産され、中国の物流インフラによって流通し、人民元で決済されるという、一連の仕組みが結び付く可能性がある。そうなれば、中国は「アメリカに依存しない中国経済圏」という枠組みの形成に近づくことになる。

日本が見るべきもの

 一帯一路がどこまで成功するかは、なお未知数である。しかし、しかし、新型コロナ禍で「失速した」とみられていた一帯一路は、アフリカを舞台に新しい形へ進化しつつあるように見える。

 日本と中国は、現状の体制では真の意味で友好国とはなれない双方の事情がある。一帯一路が新たな形で定着すれば、日本の地政学や経済安全保障にも少なからに影響を及ぼす可能性がある。ホルムズ海峡封鎖危機の騒動の裏で静かに一帯一路が息を吹き返しつつあることを見据え、日本としても独自のエネルギー安全保障と食料安全保障を一体で考える戦略を構築する時期に来ているのではないだろうか。

 アメリカとイラン戦争は終息へ向かうかもしれない。しかし、その陰で進む資源と食料をめぐる新たな競争は、むしろこれからが本番なのかもしれない。

 

 

執筆者プロフィール

(ふくしま・かおり)1967年、奈良市生まれ。大阪大学文学部卒業後、産経新聞大阪本社入社。上海復旦大学での語学留学を経て、香港支局長、中国総局(北京)総局員で中華圏取材に従事。2009年に退職し、フリージャーナリストとして中華圏取材を継続している。主な近著に『習近平「独裁新時代」崩壊のカウントダウン』(かや書房)、『なぜ中国は台湾を併合できないのか』(PHP研究所)、『新型コロナ、香港、台湾、世界は習近平を許さない』(ワニブックス)、『コロナ大戦争でついに自滅する習近平』(徳間書店)など。メルマガ「福島香織の中国趣聞」(https://foomii.com/00146

 

 

 

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