報道写真に映し出された「苦難」と「人間の強さ」
2026年世界報道写真コンテストより
- 2026/6/15
世界で最も権威のある報道写真コンテストの一つ、「世界報道写真(World Press Photo)」が今年も行われ、受賞作品が展示されています。オランダの展示会場を訪ねたドイツ在住の駒林歩美さんが報告します。
1955年以来、毎年の象徴的な出来事を鮮明に記録してきた「世界報道写真(World Press Photo)」の2026年の受賞写真が、本拠地となるオランダ・アムステルダムで展示されている。5月30日には受賞したフォトジャーナリストが世界各地から展示会場に集まり、背景のストーリーについて語った。
今年受賞した42プロジェクトは、141カ国の3,747人による5万7,376点の写真から選ばれ、世界60カ所以上で展示される予定だ。日本での開催予定はなく、個人的に印象に残った一部の受賞作品について紹介したい。
大賞は引き裂かれるアメリカの移民家族
2026年のWorld Press Photo of the Year(大賞)に選ばれたのは、アメリカ人フォフォジャーナリストのキャロル・グージー氏が撮影した『Separated by ICE(ICEに切り離されて)』シリーズからの一枚だった。

ICEによって引き離されるアメリカのエクアドル系一家(2025年8月) Separated by ICE, Carol Guzy, United States, ZUMA Press, iWitness, for Miami Herald
2025年8月26日、アメリカ・ニューヨーク市の連邦政府ビル内にある移民裁判所から召集を受けた男性が、審理直後に移民・関税執行局(ICE)の職員に拘束された。そのエクアドル人移民ルイスが家族と引き離される瞬間を捉えた一枚だ。彼に前科はない。目の前で父親を連れ去られた娘たちは、精神的に深い傷を負っただけでなく、一家で唯一の稼ぎ手を失い、経済的苦境に追いやられることとなった。
第二次トランプ政権では不法移民の撤廃が強化され、カリフォルニア大学バークレー大学の調査によると、2025年に約22万人がICEによって逮捕された。なかには、有効な滞在許可証を持っていた人もいる。ICEはあらゆる場所で移民を拘束し、移民裁判所に出頭した人も逮捕してきた。2026年5月、ニューヨーク州南部地区連邦地方裁判所は、ICEに対して裁判に来た移民の逮捕を禁じたが、その後も依然として続いているというニューヨークタイムズなどの報道もある。
極限状態でも生き延びようとするガザの人々
次作に入った、パレスチナ・ガザ地区のサベル・ヌラルディン氏による『Aid Emergency in Gaza(ガザの緊急支援)』は、極限状態に置かれたガザの人々を捉えた衝撃的な一枚だ。
ダストが舞い散るなか、大勢の人々が折り重なって群がっている写真だ。一見しても何が起きているのかわからないが、前方右手にミラーがあることから、その下にトラックがあり、その周囲に人が群がっているのだと分かる。これは2025年7月、イスラエル軍が食糧や医療物資などの搬入を非常に制限するなかでガザへ入れた輸送トラックに、食べ物を得ようとするガザの人がよじ登った様子だ。イスラエルとハマスの間の戦闘が再燃した2023年10月以降、人道支援物資のガザへの流入が阻止され、人々は飢餓の危機にさらされてきた。生存をかけて極限の行動に出なくてはいけない深刻な状況が一目で伝わる。
撮影したヌラルディン氏自身はガザから出ることを許されず、会場には来られなかったため、彼が所属するドイツ・EPAイメージ社の上司、トーマス氏が代わりにステージに立った。トーマス氏は、ヌラルディン氏と毎日話をしているという。
「ヌラルディン氏の一家も十分な食料を得られておらず、随分、痩せてしまった。それでも彼はこの撮影現場に歩いて向かった。素晴らしい写真が撮れたものの、写真を撮っていたため食料を得られなかった。家族は悲しみ、彼も家族もお腹を空かせたままだったが、隣人から少し食料を分けてもらえたそうだ。ヌラルディン氏一家をガザから救出しようと欧州政府に何度も働きかけてきたが、実現していない」と、トーマス氏は語る。
2025年5月、イスラエルがそれまで数カ月にわたって阻止していたガザへの支援物資の搬入が再び開始されたが、その大部分はアメリカとイスラエルが設立したガザ人道基金(GHF)を通じたものだった。国連によると、GHFの配給所やその周辺で食料を求めたパレスチナ人が少なくとも2,435人殺害された。その後、10月にはイスラエルとハマスの間で不十分ながら停戦がなされたものの、ガザへの物資流入は制限されたままで、12月時点で75%以上の住民が飢餓と栄養失調に直面していた。一部の人道支援団体の活動も制限され、さらに数百人が攻撃を受けて殺害されている。
長年にわたる公害被害の記録が変えた世論
ヌラルディン氏の作品のように、撮影地周辺の出身で、自身も被写体と同様の経験をしている写真家の写真は力強い。
エジプト出身のモハメド・マディ氏(29)は、アレクサンドリア市西部のワディ・エル・カマール地区の人々の深刻な健康被害を記録してきた。「ムーンバレー」と呼ばれる同地区には3万人以上が暮らすが、近接するセメント工場から排出される粉塵によって、多くの人々が喘息などを患っていた。その近隣地域に住み、自身も喘息を患っていたマディ氏は、喘息で瀕死の状態にある妹がいると同地区の住民から聞き、2016年から約10年間、人々の暮らしの写真を撮り続けた。

自宅の屋上から空を見上げ、鳩に囲まれるアワディ君。サッカー選手になりたかったが、生まれつき喘息を患っており、激しい運動をできない(2018年) Moon Dust, Mohamed Mahdy, Egypt, Arab Documentary Photography Program

生まれながらに喘息を患い、日に3回、人工呼吸器を装着するというアフメド君(2017年) Moon Dust, Mohamed Mahdy, Egypt, Arab Documentary Photography Program
健康被害が深刻で、人々の暮らしには人工呼吸器や薬が不可欠になっていることが写真からも見て取れる。
「多くの住民が喘息などの病気にかかり、子どもたちも生まれつき喘息を抱えている。私は彼らの生活や夢、つまり彼らの日常を記録し続けた。たとえば、写真に写っているアフメドも生まれた時から喘息を患っており、『サッカーをしたかったけど、走らなくてすむようゴールキーパーを選んだ』と私に語った。
この地域では、家の窓を開けるとチリや埃が貯まり、住民は掃除に疲れ切っていた。そこで厚手のビニールシートで窓がよく覆われていたが、夏には室内が高温になるため環境は劣悪だった。経済状況も非常に厳しく、エアコンなどはない」
喘息はあまりに深刻で、人々の命を蝕んできたとマディ氏は話す。
「喘息は肺の機能を害し、使える部分が時間の経過とともに徐々に減少していく。写真のアブドラの肺は、機能している部分が20%以下で、余命6カ月以内と医師から宣告されていた。胸が痛くて仕事もできなかった彼は、ただ寝ているしかなく、婚約者に捨てられたと私に語った」
当初、まだ10代でプロの写真家でもなかったマディ氏が写真を撮るのは、それほど容易ではなかったという。
「工場側は人々にこの件について口止めをしており、話してくれる人はなかなかいなかった。しかし、記録し続けなければいけないと思い、住民の家に滞在させてもらいながら写真を撮り、信頼を得て次の家族に紹介してもらうという方法を取った。そうして目立たずに1年半ほど写真を撮り、2018年に小さな写真展を開いて住民に状況を語ってもらった。それによってこの問題への関心が高まり、ニューヨークタイムズなどの国際メディアで報じられ、国際的な人権団体から工場への非難の声も上がった。こうした圧力の結果、工場側は煙突にフィルターを取り付けるに至ったが、それでは解決策としては不十分だった」と、マディ氏は振り返る。
長年の住民の申し立てによって、エジプト環境庁や世界銀行による工場地域に対する検査が入り、検察に起訴された工場が、2018年には有罪判決を受けた。しかし、その後も、マディ氏らはこの問題について語り続けた。「弁護士たちの協力を得て、過去の写真や資料を活用し、数々の裁判を起こした。写真に写った人のなかには、もう亡くなった人もいるが、昨年も複数、勝訴して補償金の支払いが命じられた。解決に向けてようやく希望が見えてきたところだ」
この工場では、禁止されていた石炭や産業廃棄物が燃やされ、そのガスが浄化されることなしに放出されていたなど、数々の違法行為が判明している。
グローバル企業が引き起こした被害を告発
アルゼンチン出身のパブロ・E・ピオヴァノ氏は、『The Human Cost of Agrotoxins(有害な農薬による人的被害)』で、同国北部における農薬による環境・人体への被害を記録した。彼は10年以上かけて100軒以上の家庭を訪問し、先天性異常や体調不良、ガンに苦しむ人々を写してきた。

長年にわたって適切な防護具なしに複数の化学物質を混ぜ続けたことで、爪が剥がれ落ちてしまった元農業者、アルフレッド・セラン氏の手(2015年) The Human Cost of Agrotoxins, Pablo E. Piovano, Argentina, Manuel Rivera-Ortiz Foundation, Philip Jones Griffiths Foundation, Lawen.doc
1996年に遺伝子組み換え作物の(GMO)大豆の栽培が認可されアルゼンチンでは、国産大豆の大半がGMOだ。GMO大豆の栽培量の増加に伴って、それ以外の雑草を除草する成分「グリホサート」を含む農薬の使用量も増え、1996年からの10年で倍増した。しかし、世界保健機関(WHO)関連組織の国際がん研究機関(IARC)が2015年にグリホサートの発がん性を指摘。同成分に起因する健康被害に対する補償を訴える訴訟がアメリカで相次いだ。
農業作物の輸出国であり、住民一人当たり年間12リットルと大量の農薬が使用されているアルゼンチンでは、農地周辺での健康被害が相次いでいたと、ピオヴァノ氏は語った。
「化学物質を積んだ飛行機が上空を飛ぶと、5歳や6歳の子どもたちが嘔吐するという話を田舎の女性教師から聞き、現地を訪れたのがきっかけで、この問題に関心を持つようになった。走ることができない先天性奇形や、脊椎の障害がある膨大な数の子どもたちを見てきた。農地が広がる北部のがん発生率は、全国平均の倍を超える」
この写真シリーズは、2017〜18年にかけてドイツ・ベルリンにあるヴィリー・ブラント財団の本部で展示され、波紋を呼んだ。当時、EU諸国では、グリホサートの再認可をめぐる議論が続いており、認可を望むドイツ農民連盟は、「アルゼンチンとEUでの使用法は違う」と写真展を批判。グリホサートを含む除草剤「ラウンドアップ」を販売するアメリカの農薬企業「モンサント」などからも同財団は非難された。法的措置を取られる可能性もあったと、同財団の元職員の女性は会場で振り返る。2017年末、グリホサートはEUで5年間の期限付きで再認可された。
しかし、それ以降、ドイツの日刊紙「南ドイツ新聞」が、独自調査を基に、モンサント社が2015年以降、ドイツで積極的にロビー活動を行っていたことや、科学者に依頼してグリホサートの健康被害はないという研究論文を書かせていたと報じたことで、同社に対する批判は強まった。しかし、2023年にグリホサートはEUで再び10年間認可された。モンサント社は2018年にドイツのバイエル社に買収されたが、この農薬を巡る訴訟が続き、バイエル社の業績は芳しくない。
決定的な瞬間も撮影対象に寄り添う
香港出身のタイロン・シウ氏が捉えた、大埔(タイポ)地区の団地での大火災を捉えた『絶望からの祈り(A Desperate Plea)』も、非常に印象深かった。2025年11月、この火災で168人の命が奪われた。
炎に包まれる自宅に妻が取り残され、取り乱すウォン氏を撮影したシウ氏は、それでも相手への尊厳を大切にしようとしたと述べ、次のように語った。
「私が現場に到着した時には煙が立ち込め、炎が燃え盛っていた。ウォンさんは当初、とても静かに他の見物人たちと同じように立っていて、落ち着いているように見えた。香港では火災が起きると、通常は消防隊がすぐに駆け付け、鎮火させる。しかし、その日は違った。彼は、『なぜ消防車は来ないんだ? 妻はまだ中にいるんだ!』と取り乱し始めた。私は彼の写真を撮ろうとしたが、それ以上聞くべきではないと感じた。ジャーナリストとして、相手に質問をして物語を引き出すように訓練を受けていたものの、その時は彼の痛みを受け止める責任があると感じたからだ。自分がフォトジャーナリストだとだけ伝えてカメラを向けた。
しかし、写真公開後、さまざまな人から彼の妻の消息を何度も聞かれ、数日間、現場に通い続けることとなった。疲れ切った彼を見つけたが、息子と話すように言われ、電話で話した。『私たちは深い悲しみに沈んでいますが、世界中の人々がこの写真を見たことを知っています。この写真が変化のきっかけとなり、二度と他の家族がこのような苦しみを味わうことがないように願っています』と言ってもらえた。彼らが私に話してくれたのは、あの日、私が彼に何も尋ねなかったからだと思う。この写真が公開されると、香港では『フォトジャーナリストは被害者を利用しているのではないか』という議論が起こった。しかし、一家はジャーナリズムの価値を理解してくれており、この写真が他の国々にも変化を起こすことを願っている」
政権を追放したZ世代
ドットワールドでもたびたび取り上げてきた、『Nepal’s Gen Z Uprising(ネパールのZ世代の蜂起)』を捉えた、同国出身のナレンドラ・シュレスタ氏による一枚も受賞した。
2025年9月、ネパール政府はサイバー犯罪対策を理由に、数多くのソーシャルメディアプラットフォームの利用を停止させ、それが言論弾圧にあたるとして、若者による抗議運動が起きた。当初は平和的にデモが行われていたが、一部が9月8日に国会議事堂に侵入し、治安部隊の発砲で19人の若者が殺害されたことで講義は激化。翌9日には武器を持った若者が数々の政府施設や政治家の邸宅に放火し、首相は辞任に追い込まれた。
9日、政府の中枢施設「シンハ・ドゥルバール」に抗議する若者たちが押しかけ、建物に火をつけた時、シュレスタ氏は建物の中にいた。人生で初めて命の危険を感じたものの、象徴的な一枚を撮ろうとなんとかその場から逃れ、炎に包まれる建物を高台から撮影したという。
ネパールでは今年3月に総選挙が施行され、新興政党の国民独立党が圧勝。抗議行動中に若者達が何度も口ずさんだ歌を歌っていた元ラッパーのバレンドラ・シャハ氏(36)が首相に就任し、若者世代が権力を握った。
国境を越えた若者の連帯
一方で、政権交代を実現させたZ世代がその後、政治から排除された国もある。スペイン出身のルイス・タト氏は、『Madagascar’s Gen Z Protests(マダガスカル・Z世代による抗議)』で、2025年9月にマダガスカル全土で起こった反政府デモに参じる若者らを捉えた。
抗議活動の拡大を受けて大統領は内閣を解散したが、自らの辞任を拒否したためにデモは激化し、合流した軍が10月に権力を掌握した。暫定大統領に就任したランドリアニリナ大佐は2年以内の選挙実施を約束したものの、政権交代を導いた若者は政治から排除されており、彼らの求めた構造的な変化にはつながらないとして批判されている。国連は、憲法に反するこの政権交代を非難している。

マダガスカルで、日本の漫画『ワンピース』の海賊旗など、さまざまな漫画のモチーフをまとって抗議運動に参加した若者 Madagascar’s Gen Z Protests, Luis Tato, Spain, Agence France-Presse
このデモでは、日本の漫画『ワンピース』のモチーフが数多く使われた。近年、インドネシア、ネパール、フィリピンなどの国々で、Z世代の若者たちが相次いで腐敗した政府に対する抗議運動を起こしたが、その際に掲げられていたワンピースの海賊旗が、モロッコやマダガスカルにも広がっていった。この漫画を読んで育った世代が、自由の象徴として海賊旗を使い、国境を越えて彼らの連帯を強めることにつながったのだ。
展示されていた写真には、目を背けたくなるような厳しい現実が映し出されていた。それでも、人々の尊厳や助け合い、信頼、連帯など、ポジティブな面も見えてくる。エジプト出身のマディ氏が語った言葉が印象的だった。
「写真では特定の視点に焦点を当てざるを得ないが、私たちが写しているのは、彼らの人生の一時期であり、一部に過ぎないということを理解してほしい。生活は非常に過酷だが、彼らは同時に幸せな瞬間も多く経験しており、写っているのは彼らの人生の一部でしかない。どうか、ネガティブな感情だけを抱いて立ち去らないでほしい」


















