真の平和を提唱し、憎しみの連鎖を断つガザ出身の医師の決意
映画『私は憎まない』のアブラエーシュ博士が緊急来日
- 2024/9/11
昨年秋のハマスによる襲撃と、それに続くイスラエル軍のガザ地区への侵攻が始まって間もなく1年。攻撃の応酬が激化し、双方に甚大な被害が出ていますが、特にガザ地区ではこれまでに死者が4万人を超え、人道危機が深刻になっています。8月頭にはイランを訪れていたハマスの最高幹部が殺害される事件も発生してイランによるイスラエルへの報復の可能性も高まり、情勢はいっそう混迷を深めています。
こうしたなか、映画を通じて世界と日本をつなぐユナイテッドピープルの関根健次さんは、ガザの人々を描いたドキュメンタリー映画を日本に届け続けています。戦争の開始から1年となる10月に公開する4本目の作品『私は憎まない~平和と人間の尊厳を追求するガザ出身医師の誓い~』との出会いや、配給を決めた理由、公開に込める思いについて、関根さん自身が率直な思いを綴りました。
約63%の建造物に被害
「たとえ明日、イスラエルが空爆を止めたとしても、人々が暮らせる場所はない」
フランス の国際 ニュース 専門チャンネルFrance24は6月下旬、パレスチナ・ガザ地区の状況をこう伝えた。
ガザ地区を実効支配する ハマスとイスラエルの間の戦争は、2023年10月7日以降、現在まで延々と続いており、圧倒的な軍事力を有するイスラエル軍の攻撃によってガザ地区は瓦礫になりつつある。国連衛星センター(UNOSAT)の衛生画像分析によると、7月31日までにガザ地区内の建造物の約63%にあたる15万6,409棟が被害を受け、うち1万8,478棟は特に損壊の程度がひどいという。21万5,137戸の住宅が破壊されたことも明らかになっている。
インドのエコノミック・タイムズが今年4月、ガザ南部のハン・ユニス市の様子を上空からドローンで撮影した以下の映像からは、市内のあらゆるものが破壊されてしまっていることが分かる。
インドのエコミック・タイムズが今年4月に撮影したガザ南部ハン・ユヌス市の様子
ハマスとイスラエルは、歴史的に衝突を繰り返してきた。しかし、今回の戦争は、これまでとは比べ物にならない。現地に詳しい人々からは、ガザのあまりの惨状に形容する言葉が見つからないとの言葉をしばしば耳にする。筆者もまったく同じく思いだ。2023年内には終わるだろうという大方の予想を裏切り、年を越しても戦争は終わる目途すら立たず、攻撃が激化し、今も犠牲者が増え続けていることが信じがたい。
愛娘を失った直後に訴えた平和と共存
2024年5月、筆者はイスラエル初のパレスチナ人医師、イゼルディン・アブラエーシュ博士の半生を描いたドキュメンタリー映画『私は憎まない』の予告編を観る機会に恵まれた。わずか2分ほどの映像は、あまりに濃密だった。イスラエル国内の病院の産婦人科で誇らしげに赤ちゃんを取り上げていた博士は、次の場面で悲嘆にくれる。ガザ地区にある貧困地域、ジャバリア難民キャンプにある自宅が2008年にイスラエル軍に砲撃され、3人の娘を失ったのだ。しかし、その後に続く映像にさらに驚かされた。愛娘を失った知らせを受けたばかりの博士が、勤務先のイスラエルの病院で「病院の中では命が平等であるように、本来、病院の外でもそうあるべきだ」と述べたうえで、「憎しみではなく平和や共存について考えよう」と、涙を流しながら訴えたのだ。イスラエルのテレビ局でも生中継されたこの模様に、見ているこちらも涙をこらえることができなかった。
「憎しみは病」
その後、すぐに映画の本編を観て、配給を決めた。時間は必要なかった。3人の娘を失っても、なお、我を失わず、平和への強い信念を胸に行動し続ける彼には、心底、感動したし、こんな人物が存在するのかと驚いた。憎しみではなく平和を追求する彼の姿勢は世界中で共感を呼び、これまで5回にわたりノーベル平和賞にノミネートされ、著書『それでも、私は憎まない』(I Shall Not Hate)は、日本を含め、世界20カ国以上で出版されている。
本の一節を紹介したい。
「憎しみは病だ。それは治療と平和を妨げる。」
「草の根レベルでの共存と協力、連携と共有こそが、パレスチナ人とイスラエル人が前進する唯一の道だというのが私の考えだ。平和や許しについて話し合うより、まず信頼や尊厳、私たちに共通するヒューマニティ(人間性)など、最終的に平和と許しに到達するために必要な10万の段階について語ろう。パレスチナとイスラエルの両サイドに今日のような強烈な憎しみがある限り、また、寛容と譲歩が方程式に組み込まれていない限り、中東の紛争は決して解決しない。」
「私は、遺恨と報復の終わりなき循環ではなく、共存の可能性を信じている。軍事的解決が両サイドにとって不毛であることを、私たちはよく知っている。」
ただし、「憎まない」ということは、何をされても我慢して受け流すということではない。アブラエーシュ博士は、「パレスチナ人であることを理由に人間としての自由や権利を侵害されてはならない」「すべての人の平等、正義、自由の上に共存は可能である」と名言する。事実、3人の娘たちがイスラエル軍に殺害されたことについては、イスラエル政府を相手に謝罪を求めて提訴した事実も映画には描かれている。
「中東のガンジー」の決意
話を戻すと、筆者はかつて親類を殺され、アブラエーシュ博士とは真逆な夢を持った少年にガザ地区で出会った。今から25年前のことだ。叔母さんをイスラエル軍の兵士に殺されたという、当時、中学3年生の彼の夢は、「ユダヤ人を虐殺すること」だった。とんでもない夢に、強いショックを受けた。彼と出会って以来、疑問が次々と浮かんだ。「彼の叔母さんはなぜ殺されなければならなかったのか」「戦争はどのように起きるのか」「なぜ人々は憎しみ合うのか」「どうすれば戦争をなくし、彼をはじめ世界中の子どもたちが子どもらしい夢を描けるようになるのか」——。
筆者が出会った少年がしようとしていたことこそ、「憎しみの連鎖」にほかならなかった。一方、アブラエーシュ博士は、自身も家族を殺された当事者でありながら、この憎しみの連鎖を断ち切ろうと決意していた。「中東のガンジー」と称されるゆえんだ。人を憎むのではなく赦し、人間の尊厳や、究極の平和のために行動しようとする姿勢に心の底から感動した筆者は、『ガザ 素顔の日常』『ガザ・サーフ・クラブ』『医学生 ガザへ行く』に続くガザ関連作品の4本目の映画として、『私は憎まない』を配給することを決断した。
戦争勃発から1年のタイミングで公開
劇場公開のタイミングとしては、ハマス・イスラエル戦争の勃発から丸1年にあたる10月を選んだ。『私は憎まない』のアブラエーシュ博士に起きたことや、その後の人生をこの映画で伝え、あらためてガザについての世間の関心を高め、停戦や、助けを求める人々への支援につなげていきたい。
また、「せっかくならアブラエーシュ博士に来日いただきたい」と考えた。現在、カナダのトロント大学で教授をしているご本人に連絡すると、ありがたいことに「平和のためならば」とご快諾をいただき、トロントからお越しいただけることになった。博士は2014年に著書の日本語版『それでも、私は憎まない』(高月園子訳、亜紀書房)が出版された際に来日し、医師で作家の鎌田實氏との対談に臨んだ。
今回の来日でも、博士が発するメッセージは、イスラエル・パレスチナ問題に留まることなく、私たち人類がどうしたら戦争を撲滅し、平和な世界に生きることができるのかといういう問いに通じるものになるはずだと期待している。
10月4日よりアップリンク吉祥寺ほか全国順次ロードショーが決定しました。ぜひお近くの劇場でご覧ください。
ガザ出身医師、アブラエーシュ博士が緊急来日! 上映後にトークイベントを開催
イゼルディン・アブラエーシュ博士が10月3日から8日まで緊急来日します。10月4&5日は東京都内で映画『私は憎まない』~平和と人間の尊厳を追求する~を劇場で上映後、トークイベントを予定しているほか、10月6&7日も上映イベントを開催します。ぜひお運びください。
アブラエーシュ博士の来日応援クラウドファンディングを9月13日まで実施中です。1万円(税別)~33万円(税別)で、映画ウェブ視聴、お礼クレジット、VIP席、上映権などのリターンをご用意しています。