見せかけの民政移管 ミャンマー総選挙を前に聞く(下)
二つの責務

  • 2025/12/27

 ミャンマーで2021年2月、国軍がクーデターで実権を奪った後、弾圧を避けるため、多くの報道関係者が隣国タイに逃れた。主要な避難先の北部チェンマイには、数百人以上が滞在しているとみられる。彼らは困難に直面しながらも、母国の実情を伝えようとしている。国軍統治下での総選挙が今月28日から予定されているなかで、どんな思いを抱いているのか。

ミャンマー中部バゴー地域で、民主化指導者アウンサンスーチーの入れ墨を見せる国民防衛隊(PDF)のメンバー(2025年6月、マーノウ撮影)

消えた自由への希望

 世界的な観光地となっているタイの古都チェンマイ。クーデター後、国軍支配に反発する人々がミャンマーから身を寄せ、同国出身者のコミュニティーが拡大した。チェンマイでミャンマー料理を出す店はめずらしくない。
 その一つに、ミャンマー出身の著名なフォトジャーナリストのマーノウ(30)が現れた。杖をつき、足をひきずっている。マーノウは2025年8月下旬、チェンマイでバイクを運転中、飲酒運転の車に追突された。一命を取り留めたものの、頭などにけがを負い、リハビリを続けている。
 マーノウは2014年ごろ、ジャーナリストのキャリアをスタートさせた。長い軍政をへて、2011年にミャンマーがいったん民政移管した後だった。軍系政党「連邦団結発展党(USDP)」を率いる元軍人のテインセインが大統領に就き、軍政の延長だったものの、民間メディアに対する規制が緩和された。
 「いろいろな雑誌が発行され、そこに自分が撮った写真が載るのがうれしかった」と、マーノウは振り返る。

フォトジャーナリストとしての経験を話すマーノウ(2025年11月、筆者撮影)

 少数民族カチン人の血を引くマーノウ。主に国土周縁部にある少数民族のエリアに足を運び、写真を撮影した。
 民主化指導者アウンサンスーチーの姿も追った。2015年の総選挙には、スーチーが率いる「国民民主連盟(NLD)」が参加した。マーノウはスーチーの選挙区に赴き、その活動を撮影した。
 NLDは総選挙で圧倒的支持を集め、翌年、半世紀ぶりとなる文民政権を樹立した。「影響力を持つ軍に対して何でも言えるわけではなく、完全な報道の自由が保障されたわけではないけれど、スーチー政権下で自由度が増していくのを感じ、楽しかった」
 2020年11月の総選挙でもマーノウはスーチーの選挙活動を取材し、NLDは再び圧勝した。だが、3カ月後の2021年2月1日、ミャンマー国軍はクーデターを起こし、選挙結果を覆した。NLDはスーチーら幹部が拘束され、解党になった。
 マーノウは悔しさをにじませる。「かつて感じた楽しさが、今は消えてしまった」

国外から力を尽くす

 クーデター当時、マーノウは最大都市ヤンゴンにいて、独立系の英字紙「ミャンマー・タイムズ」で働いていた。町に広がったクーデターへの抗議デモを取材し、市民の怒りを伝えた。しかし、国軍は武力でデモを弾圧。クーデターを批判する報道機関に圧力をかけ、ミャンマー・タイムズも活動を停止した。
 それでもマーノウは、フリーの立場で写真を撮り、別の独立系メディアや海外の報道機関を通じて発信を続けた。
 北部ザガイン地域や東部カヤ州、北東部シャン州などの戦闘地域に赴き、国軍に抵抗する民主派の武装組織「国民防衛隊(PDF)」や少数民族武装勢力にレンズを向けた。「私たちジャーナリストは、ミャンマーで何が起きているかを知らせないといけない。それだけを考えてやってきた」

ミャンマー北部ザガイン地域で2022年2月、新たに作った武器をテストするPDFの兵士(マーノウ撮影)

 国軍の締め付けが強まるなか、仕事仲間らが逮捕され、身の危険を感じたマーノウはチェンマイに移動した。隣国を拠点にしつつも、ミャンマーに入り、PDFの活動などを写真に収めてきた。
 「ミャンマー国内は軍の弾圧で自由な発信ができない。国外にいる私たちが力を尽くさないといけない」とマーノウは言う。それは戦闘地域で国軍の非人道的な行為に接してきた経験と絡む。
 「軍は学校や病院、宗教施設など、人が集まっている場所を戦闘機やドローンで空爆する。殺されたり、やけどを負ったりした人を見てきた。なぜ、武器を持たない市民を傷つけるのか。受け入れられない」
 国軍は2025年12月28日から2026年1月にかけ総選挙を実施する。NLDは排除され、USDPの勝利が確実視されている。マーノウは「見せかけの選挙だとみんな分かっている」と突き放す。
 マーノウはけがからの回復途上だが、これまで撮影した写真を活用して、ミャンマーについて伝えたいという。体調が戻ったら、撮影活動を再開する考えだ。「私はどの国にいようとミャンマー人だ。母国の実情を世界の人が知るように力を傾けたい」

避難民の苦難に光を

 ニン(30)はフリーのジャーナリストとしてチェンマイを拠点に活動する。独立系メディアを通じ、母国の情勢を発信している。

クーデター後を振り返るニン。家族の安全のため顔は出せない(2025年11月 筆者撮影)

 もともとはシャン州で、父母らと家族で喫茶店を開いていた。クーデター後、喫茶店はデモ参加者らのたまり場となった。軍政下での職務をボイコットする「市民不服従運動(CDM)」に参加した公務員らには、無料で食事を提供した。
 だが、国軍がデモを弾圧し、強硬姿勢を露わにするにつれ、ニンを取り巻く環境は緊張感が増していった。兄はPDFに入り、民主派の武力闘争に加わった。弟も闘争への参加を希望し、少数民族武装勢力のもとでの軍事訓練に向かったが、途中で拘束された。危険を感じたニンと両親は、親せきの家などに身を寄せた。その間に自宅は差し押さえられた。
 ニンは2022年6月ごろ、兄の所属するPDFがいるシャン州南部に逃れた。同年12月、メディア関係者がSNSで開いていたジャーナリスト講習を受け、報道の道に進んだ。「周りにいる避難民たちがどれだけ大変な暮らしをしているかを伝えたかった」と語る。
 ミャンマーではクーデター後、国連推計で300万人を超える国内避難民が生じている。ニンはIDPキャンプにいる人々の苦境を報じた。「報道することでキャンプに支援が集まるのが、本当にうれしかった。だからジャーナリストを続けていこうと決めた」
 2024年5月、知人の勧めでチェンマイに移動してからも、ミャンマー国内の避難民らと連絡を取り、報道を続けている。

 ニンが一時逃れていたシャン州南部は、国軍とPDFとの戦闘が激化している。総選挙を前に、国軍はPDFに制圧された地域を奪還しようと攻勢を強めているためだ。
 「シャン州南部からカヤ州のデモーソー周辺に避難民らが逃れている。デモーソー周辺にも既に避難民がいたのに、さらに数が増え、食料が不足している」
 ニンは国軍に強く憤る。「軍は国民を苦しめ、殺しておきながら、総選挙で自分たちの息がかかった政権を樹立し、国民に選ばれたようにアピールしようとしている」

民主主義を生かし続ける

 少数民族シャン人のサイカンプー(45)は、民族色を持った独立系メディア「シャン・ニュース」のジャーナリストだ。シャン人が多く住むシャン州などの出来事を伝えている。シャン州都タウンジーとチェンマイの2カ所を拠点にしていたが、クーデターを受け、チェンマイに拠点を集約した。
 サイカンプーはシャン州での若者の薬物汚染を主要テーマとする調査報道の担当者だった。クーデター後、国軍と民主派や少数民族との内戦が広がり、報道機関への圧力も顕著になった。安全を考え、サイカンプーは妻と3人の子どもを連れ、2022年5月、チェンマイに移動。同僚らとともにミャンマーの情勢を伝え続けている。

各民族の平等が保障されなければ、戦いは終わらないと話すサイカンプー(2025年11月、筆者撮影)

 隣国からの発信について、サイカンプーは「長年かけてミャンマー国内に築いたネットワークと、研修で育てた市民ジャーナリストの力に支えられている」と説明する。

 総選挙について、サイカンプーも「見せかけ」と言い表す。「内戦が続くなか、シャン州の55郡区のうち、選挙を完全に実施できるのは12郡区ほどだろう」と予測する。そして「選挙後も戦闘は終わらない」と断言した。

 そこには、少数民族が多数派民族ビルマ人の支配層に向ける厳しい視線がある。「私たちは独自の言語や文化があるのに、ビルマ語を使い、ビルマ人の文化を受け入れる『ビルマ化』を強いられてきた」

 サイカンプーは、「少数民族が戦うのは、各民族が平等で自己決定権を持った連邦制の国をつくるためだ。中央集権的な権威主義国家は求めていない」と主張し、ビルマ人主体で強権的な国軍を批判。「中央集権的な権威主義と戦っているのはPDFも同じだ」として、少数民族やPDFの反軍闘争は収束しないという見方を示した。

 総選挙後の混迷を予想するサイカンプーは、国際社会の関与を求めるなかで、日本政府に望んだ。「もっとミャンマーの問題に関与し、各勢力間の対話や政治的な解決を長期的視点で支援してほしい。国境沿いのメデイアへの支援も忘れないでほしい。メディアには人々の思いを明らかにし、ミャンマーの民主主義を生かし続ける役割がある」

事実の目撃者

 ベテランジャーナリストのモンモンミャット(55)は独立系メディア「ビルマ民主の声(DVB)」のチェンマイ支局長を2025年6月まで務め、現在も上級経営顧問としてチェンマイに滞在している。

 DVBは1988年にミャンマーで広がった民主化運動に参加し、亡命したミャンマー人らが、ノルウェー政府の支援を受けて1992年に設立した。2011年の民政移管後、ミャンマー国内での活動が認められたが、クーデター後は報道免許を剥奪され、チェンマイを拠点としている。

メディアの使命について語ったモンモンミャット

 モンモンミャットはフィリピン大学でジャーナリズムを学び、2004年、フランスのAFP通信のミャンマー駐在スタッフとして仕事を始めた。いくつかの海外メディアで働いた後、フリージャーナリストとして活動した。
 2007年の「サフラン革命」と呼ばれる民主化要求運動、2008年に国軍主導で実施された新憲法の国民投票、2011年の民政移管―。今世紀に入ってミャンマーで起きた大きな事象を追ってきた。
 クーデター後、モンモンミャットは国軍の弾圧を報じた。2021年3月、ヤンゴン北部で、軍政に抗議するデモの参加者ら60人以上が治安部隊に殺されたとされる事件も扱った。
 「何が現場で起きているのかを自ら目撃し、伝えたい」。ジャーナリストになった時からの一貫した思いをモンモンミャットは語る。
 ただ、現在のミャンマーでそれを実行するのは危険と隣り合わせだ。記者らの逮捕が相次ぎ、ジャーナリストとして活動するリスクを感じていた時、DVBからオファーを受け、2023年6月、チェンマイ支局長に就いた。

チェンマイに数百人以上

 DVB、イラワジ、ミッジマ、ミャンマー・ナウ、ビルマ・ニュース・インターナショナル(BNI)。クーデター後、ミャンマーの5大独立系メディアが、チェンマイを主要拠点とする状況になった。
 ほかにも、シャン・ニュースのような地域メディアや、ニンのようなフリージャーナリストも、チェンマイを拠点にしている。
 モンモンミャットは「チェンマイでDVBに限っても、約50人を雇っている。全体で数百人以上のミャンマー人ジャーナリストがチェンマイにいるだろう」と見積もる。タイでは、ミャンマーと接する北西部メソトや首都バンコクにも、多くのミャンマー人ジャーナリストがいるという。
 こうしたジャーナリストらは安定した雇用や収入の面で困難を抱えている。
 モンモンミャットは、2025年1月に発足したアメリカのトランプ政権による対外援助の削減が、メディア関係者に急激な打撃を与えたと指摘する。
 トランプ大統領は対外援助を担う政府機関「国際開発局(USAID)」を解体した。USAIDの事業には、途上国のメディアに対する支援も含まれていた。
 「タイに拠点を置くいくつかのメディアで、スタッフ全員に賃金を支払う余裕がなくなり、人員を削減した。そのため無職やフリーランスになり、定期的な給与を失ったジャーナリストたちがいる」
 DVBも例外ではない。「アメリカの対外援助削減が、運営費の20~30%に影響を与えた。ノルウェー政府が穴埋めを図ってくれたが、収入は減少した」とモンモンミャットは明かす。
 解雇を避ける苦肉の策として、健康保険料やビザ取得費用の支給などの各種手当てを減らざるを得なくなった。
 モンモンミャットは「海外からの援助への依存度を下げ、自己収入を増やす計画を準備している」と話す。ユーチューブ番組などのオンライン上のサブスクリプション(定額制)やコンテンツの販売で収益を上げる仕組みの強化を目指すという。

メディアの務め

 母国の現状と今後に対するモンモンミャットの視線は厳しい。
 「軍はクーデターから5年近くたっても国を統治できないため、規制をより厳しくして、人々の管理を図っている」と指摘する。
 軍政は2025年、公衆の閲覧に不適切と判断される情報を流す行為に禁錮刑などを科す「サイバーセキュリティー法」を発効させるなど、統制を強めている。
 「市民の考え方を含めて全てをコントロールしようとしている。表現の自由はおろか、思考の自由さえ許さない。全体主義のナチス政権のようだ」
 混迷のなか、国軍が今月28日から実施する総選挙を「出口戦略」に位置付けているとモンモンミャットは見ている。
 「軍は2010年と同じ戦術を使い、合法的政府という名の下での権力維持を図っている」と話す。2011年の民政移管前年の2010年も、NLDが不参加の形で総選挙が実施され、USDPのテインセイン政権が発足した。

北部ザガイン地域で、軍政反対のデモ行進をする市民ら(2022年2月、マーノウ撮影)

 しかしながら「国内の状況は2010年とは違う」とモンモンミャットは強調する。「今回は、若者たちが政治闘争だけでなく、武力闘争もしている。CDMに参加した公務員らもいる。抵抗が国民全体に広がっている」

 ミャンマー人の9割以上が総選挙に反対という民間のオンライン調査もある。だが、軍政は2025年7月、総選挙の妨害を罰する新法を制定。最高刑は死刑で、市民が表立って異を唱えるのは難しい。

 「私たちには二つの責務がある」。モンモンミャットはメディアの使命について力を込める。「一つは真の情報をミャンマー国民や海外のミャンマー人コミュニティーに伝えること。もう一つは、声を上げられないミャンマーの人々に代わって、国際社会の関心を喚起することだ」

 その姿勢は総選挙でも変わらない。「軍が投票を強制していないか。人々の権利を侵害していないか。何が起きているかを伝え、務めを果たしていく」

 

 

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