溶けゆくヒマラヤの氷河と、そこで生きるシェルパの人々

  • 2026/9/10

 2026年8月、ネパール中部を大規模な土石流が襲いました。ヒマラヤでは気候変動に伴う氷河の融解が進み、氷河湖の決壊などによる災害への懸念が高まっています。

 氷河の下流には、厳しい自然と向き合いながら暮らしを営み、文化や信仰を受け継いできた人々がいます。長年にわたりヒマラヤを訪れ、世界遺産・サガルマータ国立公園で半年間過ごした経験のある写真家の川口敏彦さんが、変わりゆくヒマラヤの自然と、そこで生きるシェルパの人々の姿を、写真とともに見つめます。

 

 8月26日、ネパール中部で発生した大規模な土石流は、発生から2週間が経った9月9日時点で1369人の死者と、5132人の行方不明者を出している。土石流は標高5200メートルにある氷河と岩盤が、地球温暖化の影響で崩落したことが原因と考えられている。

 地球温暖化の影響は、初めに極地に出ると言われている。極地とは北極、南極、そしてヒマラヤ山脈などの氷河のことを指すが、今回の大惨事の映像を見て、初めてその危険性を認識した方も多いのではないかと思う。

 では、ヒマラヤ山脈の氷河はどうなっているのだろうか。私が7年前に半年間滞在したネパールの世界遺産「サガルマータ国立公園」の氷河を中心に紹介したい。

標高5545メートルから見たエベレスト。中央奥に見える黒っぽい山頂部分がエベレスト。流れ落ちる氷河はクーンブ氷河(筆者撮影)

 「サガルマータ」とは、ネパール語でエベレスト(標高8848メートル)を指す。この世界最高峰を間近で一目見ようと、ここカラパタールに多くの人が登ってくる。写真を見ると右側の山のほうが高く見えるが、これは標高7879メートルのヌプツェだ。

地球温暖化の影響で、氷河が溶けて小さな池がいくつもできる。これが巨大な氷河湖になっていく(筆者撮影)

 氷河は年々、確実に溶けて後退している。ネパールには、氷河が溶けてできる氷河湖が2000以上あるとされている。本来、凍っている氷河が温暖化で溶けて、氷河の中にいくつもの池ができ、それがつながっていくと巨大な氷河湖が形成される。氷河湖はモレーンという自然の堤防でせき止められているが、これが地震やがけ崩れなどにより崩壊すると、湖の大量の水が下流に一気に流れだし、土石流となって村々を襲う。これが氷河決壊洪水と言われるものだ。

各国の登山隊がテントを張るエベレスト・ベースキャンプ。ここから上は登山家の世界(筆者撮影)

 2026年春季、エベレストの登頂者はネパール側で1000人を超えた。5月20日には日別最多となる274人が登頂を果たしている。登山隊がエベレスト・ベースキャンプ(標高5364メートル)で登頂の機会をうかがう間も、氷河を溶かしているという指摘がある。料理をするときに使うプロパンガス、人が排泄する尿の温度も影響を与えているという。

美しい湖のほとりにホテルやロッジが立ち並ぶゴーキョも人気の観光地。その上にはゴジュンバ氷河が流れる(筆者撮影)

 エベレストから流れるクーンブ氷河の西側には、ゴジュンバ氷河が流れている。研究では、過去30年でネパールの氷河は3分の1が溶けたという。また、今世紀末までに氷河の50%から80%が消滅するという予測もある。ゴーキョの上に流れる氷河も、近い将来はなくなるかもしれない。

名峰アマダブラムのふもとには、土石流で削られた跡が今でも残っている(筆者撮影)

 1977年9月3日、アマダブラム(標高6856メートル)の南面にあった氷河湖が決壊し、土石流が下流の村を襲った。何の前触れもなく、突然、土石流が襲う現象を研究者が調査した結果、土石流が発生するというメカニズムが初めて分かった。

エベレスト街道は車が通れるような道はないので、昔から荷物は人力によって運ばれてきた(筆者撮影)

近年のトレッキングブームにより、この地を訪れる外国人が多くなった。それに伴い大量の物資が必要となったため、大型ヘリコプターでガスボンベなどが空輸されている(筆者撮影)

昔は小さな村だったナムチェ・バザールも、いまでは大きなホテルやロッジが立ち並ぶ(筆者撮影)

 今回のネパール中部で起きた大規模な土石流で、下流の村々が飲み込まれる映像を見たと思う。氷河や氷河湖の下流には、そこで暮らす人々がいる。

 サガルマータ国立公園内では、山岳民族のシェルパ族が主に生活する。この民族は高地で生まれ育ったため、高山病にもめっぽう強い。そのため、ヒマラヤ登山にはシェルパ族のサポートがないと成功しないとまで言われている。ただシェルパ族は、地球温暖化につながるような生活とは無縁の貧しい生活を昔からしてきた。

山の神に祈りを捧げるシェルパ族(筆者撮影)

 山での生活は昔から危険だ。エベレストで亡くなった登山者の3分の1をシェルパ族が占めている。その危険から自分の身や家族、村を守るために、シェルパ族はチベット仏教を心のよりどころにしている。

タンボチェ寺院で年に一度行われる仮面舞踊劇「マニ・リンドウ」では、さまざまな仮面をかぶって僧侶たちが踊る(筆者撮影)

 タンボチェ(標高3867メートル)にある寺院は、この地方のチベット仏教の中心寺院。ここで毎年10月から11月にかけての満月の日に合わせて「マニ・リンドウ」は開催される。非常に珍しい宗教行事だが、文字などを理解しない地元の人々に舞踊劇を通してチベット仏教の教えを伝えている。

村の共同水場に水を汲みに行く少女。この子が大人になるころは、どのような時代になっているのだろうか(筆者撮影)

 ヒマラヤの氷河が溶けて土石流が発生するという危険性は、すでに40年も前から指摘されてきた。シェルパ族も含め、ヒマラヤの氷河の下流で生活する人々は危険と隣り合わせで生きている。
 では、地球温暖化によって引き起こされる土石流の責任はだれが負うべきものなのだろうか。このことを世界中の人々が真剣に考える時が来ているのではないだろうか。

 

 

執筆者プロフィール

(かわぐち・としひこ)写真家。1964年、静岡県沼津市生まれ。約30年間、全国紙の報道カメラマンとして国内外を取材。10年前に早期退職した後は、ミャンマーをバイクで一周したり、エベレストのふもとで半年間過ごしたりした「手の届く冒険」を実践。新型コロナ拡大後は、国内各地でミャンマーのクーデター後の支援活動写真展を開催したり、「富士山とエベレストをつなぐプロジェクト」をはじめ、富士宮市とネパールの自治体の友好提携に結び付けたりして実績を残す。また伊豆半島を拠点に過疎地の生活を体験。ミャンマーゆかりの寺院に資料館を作ったり、空き家ギャラリーを開設したりして地域活性化の取り組みを続けている。2026年1月、静岡県の地元銀行から「国際交流功労賞」を受賞。

 

 

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