月刊ドットワールドTV #24振り返り 伝えるとは何か ロヒンギャを見つめた9年
小説『「0825」に私たちは殺され続ける あるロヒンギャ夫婦の物語』の著者・今泉千尋さんと考える

  • 2026/8/21

 2017年8月25日、ミャンマー西部ラカイン州でロヒンギャの武装勢力が国境警察施設を襲撃したことを受け、ミャンマー国軍が大規模な掃討作戦を開始。多くのロヒンギャの人々が隣国バングラデシュへ逃れました。それから9年。ロヒンギャの人々を取り巻く状況は、今も厳しいままです。

 「月刊ドットワールドTV #24」(2026年8月19日20時~)では、2017年からロヒンギャの人々の取材を重ね、このほど初の小説『「0825」に私たちは殺され続ける あるロヒンギャ夫婦の物語』を出版したライターの今泉千尋さんをゲストに迎え、記事「ロヒンギャを見つめた9年 「伝えて」と託された声を小説に」を基に話を聞きました。

 9年にわたって同じ場所に通い続けたからこそ見えてきたものとは。事実を伝えてきた今泉さんが小説に込めた思い。そして、当事者による発信が広がる今、外から「伝える」ことの意味とは――。8月25日を前に、語り合いました。

バングラデシュ南東部にあるバルカリ難民キャンプ。周辺には複数のキャンプがあり、合わせて約116万人のロヒンギャ難民が生活する(2025年7月、今泉さん撮影)

9年通い続けて見えてきたもの

 今泉さんがロヒンギャに関心を抱いたきっかけは、2012年、大学院で平和学とメディアについて学んでいた時の苦い経験でした。「ミャンマーで罪のない仏教徒がイスラム教徒のテロリストに迫害されている」というSNSの投稿を見て、内容を十分に確認しないままリポストした後、友人からの指摘で、それがロヒンギャの人々を不当に非難するフェイクニュースであることを知った今泉さん。フェイクニュースの拡散に加担してしまったことへの反省からロヒンギャをめぐる問題を調べ始め、2017年8月25日の危機を機に、本格的な取材を開始しました。翌年1月には初めてバングラデシュの難民キャンプを訪問し、心身に残る生々しい傷を感じるとともに、「ここから生きていかなければ」という、根源的な欲求にも似た「人間のありとあらゆるエネルギー」に圧倒されたといいます。

 以来、コロナ禍を除き年にほぼ1~2回のペースで現地に通い続けるなかで今泉さんが強く心を揺さぶられたのは、写真を撮ろうとすると自然に手をつなぐ夫婦の姿や、妻のヒジャブをそっと直してあげる夫の仕草でした。「愛する存在と一緒に幸せに暮らしたい、夢や希望を叶えたい。そんな人間の普遍的な願いや本質的な部分を描きたい」――。そんな思いが、今回の小説へとつながっていきました。

「事実を伝える人」がフィクションを書く

 今泉さんは当初、それまでの取材の成果をノンフィクションとしてまとめることを考えていたといいます。しかし、取材した人々の安全を考えると実名で書くことは難しく、編集者から提案されたのが、小説という形でした。

 とはいえ、取材して集めた事実の中から何を書くか考える記事と、取材していないことを含め、自ら物語をつくる小説を書くことはまったく異なる作業だったといいます。その違いについて、今泉さんは「記事を書く時は事実と向き合うのに対し、小説を書く時は自分の内面と向き合う作業だった」と振り返りました。

 また、「ロヒンギャの当事者ではない自分が、彼らを題材にフィクションを書いていいのか」という葛藤もあったものの、ある人に「当事者しか書けないのだとしたら、その問題が閉鎖的になる」と言われたことで、「問われているのは当事者かどうかではなく、どんな覚悟を持って書くのかだ」と考えるようになったと続けました。

 一方、フィクションだからこそ可能だった描写もあるといいます。彼らを取り巻く状況が悪化し続けているなか、安易なハッピーエンドにして「問題が終わった」という印象を読者に与えることは避けたかった今泉さんが、「それでも残しておきたかった希望」を託したのが、登場人物の内面や夢、現実と空想の狭間といった、小説ならではのシーンでした。

 歴史や政治状況を説明するのではなく、登場人物が知り得る範囲から世界を描くことで前面に浮かび上がったのは、「ロヒンギャ」という属性よりも、一人一人の人生でした。「難民」という言葉の向こう側にいる人々をどう伝えるのか。フィクションという選択を通じて、今泉さんは「伝える」という行為そのものを問い直すことになったのです。

「忘れていない」と伝えるために

  難民キャンプでは今、ロヒンギャ自身が撮影したり、ジャーナリストとして活動したりするなど、自ら世界に向けて発信する動きが広がっています。今泉さんは、そうした動きを歓迎しながらも、海外から現地を訪れる取材者にも、それぞれの視点から自国の人々に伝える役割があると指摘しました。

 番組ではさらに、外から現地を訪れること自体が、「忘れていない」「ちゃんと見ている」というメッセージにもなるのではないか、という話にも広がりました。今泉さんもこれにうなずき、「光が当たりにくく、自分ではなかなか届ける力を持っていないような声にこれからも目を向け続けたい」と力を込めました。

 2017年8月25日から9年。ロヒンギャを取り巻く状況は今も厳しく、危機はいまだ過去のものになっていません。

 遠く離れた場所で生きる人々の声を誰が、どのように伝えるのか。今泉さんが9年間続けてきた取材と、一冊の小説をめぐる話は、私たち自身にも「伝える」とは何かを問いかけています。

 番組では、今泉さんが9年間の取材を通して考えてきた「伝える」ということや、小説に込めた思いについて、より詳しく語っています。ぜひ以下からアーカイブもご覧ください。

(220) ロヒンギャを見つめた9年 「伝えて」と託された声を小説に  『月刊ドットワールドTV』 – YouTube

世界を知る、今月の新着記事

 番組ではこのほか、ドットワールドの新着記事もご紹介しました。

 各国の現地紙の社説を紹介する「報道を読む」では、失業中の若者を「ゴキブリ」にたとえた最高裁判事の発言に抗議し、インドの若者たちが架空の「ゴキブリ人民党」を立ち上げた動きや、ASEANへの復帰を模索するミャンマー親軍政権にどう向き合うべきかを論じたタイとインドネシアの社説を取り上げました。また、日本の高市首相の睡眠不足をめぐる発言をきっかけに、長時間労働や過労死の問題を考えたインド紙の論考も紹介しています。

報道を読む | dotworld|ドットワールド|現地から見た「世界の姿」を知るニュースサイト

 また、「社会を読み解く」では、今回のゲスト、今泉千尋さんへのインタビュー記事のほか、ASEAN外相会議で活発な外交を展開した中国の狙いを読み解いた福島香織さんの論考、AIとデータセンターがアメリカで新たな政治争点になりつつある状況について報告した岩田太郎さんの記事を紹介しました。

社会を読み解く | dotworld|ドットワールド|現地から見た「世界の姿」を知るニュースサイト

 「世界写真館」では、かつて多くの犠牲を生み、「死の鉄道」と呼ばれた旧泰緬鉄道の一部を走るタイ国鉄ナムトック線で、朝日を浴びながら車窓を楽しむ少女をとらえた吉永陽一さんの一枚を紹介しました。

世界写真館 | dotworld|ドットワールド|現地から見た「世界の姿」を知るニュースサイト

 さらに、2016年にバングラデシュの首都ダッカで発生したテロ事件から10年を迎えたことを受け、当時の社会背景やその後の変化、今の私たちに問われていることについて、バングラデシュ研究者の日下部尚徳さんと語り合った「月刊ドットワールドTV #23」の振り返り記事も紹介しました。

月刊ドットワールドTV | dotworld|ドットワールド|現地から見た「世界の姿」を知るニュースサイト

 ドットワールドは、これからも記事や写真、そして「月刊ドットワールドTV」を通じて、現地の人々から見た世界の姿やさまざまな価値観、喜怒哀楽を伝え、違いを受容し合える平和で寛容な一つの世界を実現する一助となることを目指します。

 引き続き、ご支援のほど宜しくお願いいたします。

 

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