メディアが命を危険にさらす時
タイ、乱射立てこもり事件報道で課題

  • 2020/2/17

 タイ東北部ナコンラチャシマ県の商業施設で2月8日午後3時ごろ、陸軍兵士ジャカパン・トンマ容疑者(32)が銃を持って立てこもり、買い物客や店員ら29人を射殺、58人にけがを負わせた。容疑者は9日午前9時ごろ、治安当局によって射殺されたが、事件の経過はテレビやネットで刻々と伝えられ、人質状態になった人々の生命を危険にさらした、との批判が高まっている。タイの英字紙バンコク・ポストは13日付けの社説でこの問題をとりあげた。

タイ・ナコンラチャシマ県で2月8日に発生した銃乱射事件の犠牲者を追悼する集会の様子(2020年2月8日、撮影地:バンコク)(c) 新華社/アフロ

背景に視聴率争い

 社説によれば、容疑者が立てこもり、膠着状態が続いたのは約17時間。現場の様子を伝えるメディアの取材が救出活動を困難にした、と指摘している。生中継で状況を伝えるメディアもあったが、社説は「プロによる倫理を守った取材ではなく、施設内で人質状態となった人々の命を危険にさらす行為に踏み込むメディアもあった」とも述べている。

 具体的には、「少なくとも3つのテレビ局」が治安当局の動きを邪魔した、と批判されているとし、次のように伝える。「放送規制の関係者を含む批評家たちからは、テレビ局の報道が救出作戦を妨害し、被害者の命を視聴率争いのために危険にさらした、と指摘されている」。

例えば、商業施設の見取り図を示しながら、被害者たちが隠れている場所を示したり、数分後に警察が何をするのかといった救出作戦の詳細を伝えた報道がそれだ。こうした情報が容疑者に伝わることの危険性は、言うまでもない。

 「熱心さゆえの踏み込んだ報道だ、と言う人もいるが、視聴率争いがこうした報道を生み出す主要な要因となっていることは否めない」と、社説は厳しく批判する。

 

行動規範の作成へ

 社説によれば、タイ国家放送通信委員会(NBTC)は、事件発生後すぐに、こうした緊急事態を報道する際の行動規範を作成すべく協議を開始した。11日にはテレビ局関係者を集めた緊急会議を開き、今回の事件の報道について話し合ったという。NBTCによると、生中継を中止するようにと求めたにも関わらず、一部のケーブルテレビチャンネルはそれを無視したという。 

 NBTC議長は、「行動規範は、米国、ドイツ、英国のものを参考にして作成する」と話す。乱射事件など暴力的な出来事の報道が禁止されるものではないが、一定の規制を設けることが期待されるという。これについて、社説は「こうした行動規範は、テレビ局だけの規制に留めるべきではない」とした上で、「新聞などの活字メディアでも、報道の仕方によっては模倣犯を生み出したり、配慮に欠ける情報を伝えたりしてしまっている」と振り返り、自らも律する姿勢を示している。

 その上で、社説はこのように締めくくる。「ジャーナリストや編集者は、まず命を守ることを最優先にしなくてはならない。たとえ報道で遅れを取ったとしても。そして、報道の自由は無制限ということではなく、報道の責任と常に手を携えているということを忘れてはならない」

 

(原文:https://www.bangkokpost.com/opinion/opinion/1856479/media-put-lives-at-risk)

 

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