新疆ウイグル自治区設立70周年の違和感が示す習近平体制の揺らぎ
「異民族」支配の成功をアピールも、透けて見える不安と焦り
- 2025/10/15
中国の習近平国家主席が9月25日、新疆ウイグル自治区のウルムチ市で開催されたウイグル自治区設立70周年記念大会に出席し、チャイナウォッチャーの間でさまざまな憶測を呼んでいる。というのも、新疆ウイグル自治区の設立記念大会に中国の最高指導者が出席するというのは、共産党史上、初めてのことだったためである。
習氏の異例の行動の背景を、中国メディアの大々的な報道ぶりから感じる違和感とともに考える。
危険をおして強行した「皇帝親征」
新疆地域は、中国共産党支配に対して長年にわたり抵抗を続けている最強勢力、東トルキスタン独立派が拠点を置いており、指導者としては、いつ暗殺にあうか分からない危険な地だ。実際、2014年4月30日に発生した南ウルムチ駅爆破事件は、当時、新疆を視察に訪れていた習近平国家主席を狙った暗殺未遂だとする説が濃厚だ。そのため、習氏がこの地を訪れる時は、移動日程や移動ルートを極秘にして身の安全に十分に配慮する必要があった。また、新疆はもともと辺境の地というイメージが強く、本来は最高指導者が自ら赴くような場所ではないとされていた。
他方、新疆地域は中国にとって、エネルギー、レアアース、農業などの資源が集中しているうえ、一帯一路戦略の拠点として、また、中央アジアや東欧、ヨーロッパに至る交通物流ハブとして、さらに地政学上の要衝の地として重要な位置付けにある。この地を中国共産党の指導がコントロールできるかどうかは一帯一路戦略の成否を左右するうえ、中国の国家安全保障の観点からも、そして経済安全保障の観点からも、重要なテーマである。
習氏が新疆ウイグル自治区を視察したのは、総書記となった第18回党大会(2012年秋)以降、これで4回目である。今回の視察を70周年記念に合わせて行われたものだと考えれば、驚くに値するアクションとは言えないかもしれない。
それでも、今回の習氏の設立70周年記念大会への出席は、従来の視察や記念式典への出席とはいくつかの点で大きく異なっており、一部のネット民たちからは、「皇帝親征」(皇帝が自ら軍の指揮を執り戦争に出ること)だと揶揄する声が挙がっていた。
タラップを降りる場面が消された意味
まず、報道の仕方に違和感があった。
習氏が9月23日に中央代表団を引き連れて新疆ウイグル自治区の首府、ウルムチに到着した時、空港の駐機場では、「現地の人民」がザクロの花を掲げながら民族衣装で歌い踊って歓迎し、共産主義を学ぶ青少年組織の中国少年先鋒隊からザクロの花束を贈呈されるといったパフォーマンスが繰り広げられた。ザクロの花束は、彼が2014年にこの地を訪問した際、「(ぎっしり詰まった)ザクロの実のように固く団結していこう」と呼びかけたことにちなみ、団結の象徴として捧げられたものだという。
中国中央テレビ(CCTV)はこの様子を長尺で延々と映し出したが、不思議なことに、彼が飛行機のタラップを降りる様子は、一切、放送されなかった。番組は、タラップの上から手を振るカットに続き、駐機場で音楽に合わせて踊りまくるウイグル人ダンサーたちに手を振りながら赤い絨毯の上をゆっくり歩く姿や、ウルムチ市内のメインストリートの沿道を埋め尽くし、一斉に五星紅旗を振る民族衣装姿のウイグル人たちに車窓から手を振って答えながら移動する様子、そして「習大大、辛苦了」(習おとうさん、お疲れさま!)と書かれた横断幕が翻るシーンばかりを繰り返し放送した。中央訪問団の王滬寧団長や、随行した共産党中央政治局常務委員・中央書記処書記の蔡奇氏や、公安相の王小洪氏はほとんどカメラに捕らえられておらず、あたかも習氏の個人崇拝キャンペーン宣伝フィルムのような作りになっていた。

ベトナム訪問中の蔡奇氏(2023年12月14日撮影) © Truyền hình Đà Nẵng I DaNangTV/ wikimediacommons
タラップを降りた時の映像が放送されなかったのは、おそらく足がよろけたり、手すりをつかんだりするなど、習氏の健康状態が良くないことが示唆される仕草があったためではないかと思われる。事実、タラップを降りて駐機場で人民の歓迎を受けていた時にも、若干、足元がおぼつかない場面があった。
では、前出の蔡奇氏や、王滬寧・中央政策研究室主任ら習近平の側近がほとんど放送されなかったのはなぜか。これについては後述する。
テロ対策と支配の強化を強調
一方、70周年記念大会についても、違和感があった。
というのも、中央訪問団を率いて出席したとされている習氏だが、記念大会のセレモニーでは、一切、発言しなかったのだ。記念演説を行ったのは、中央訪問団の団長を務めた王滬寧氏だった。
代わりに中国の新華社通信が大々的に報じたのは、24日に開かれた新疆ウイグル自治区党委員会会議で地元政府の活動報告を聞いた後に習氏が語った言葉だった。
演説の中で同氏は、新疆ウイグル自治区政府に対し、「中国共産党の新疆統治戦略を全面的かつ正確に実施し、安定の中で進歩を追求するという原則を堅持しながら発展と安定のバランスを取り、中華民族共同体としての意識の醸成に努めてきた」と評価した。また、「中央政府から与えられた五大戦略に軸足を置き、団結調和、繁栄富裕、文明進歩、住みやすい地域、エコで良好な社会主義現代化の新疆建設に向け、一致団結して長期的に努力していこう」、「シルクロード経済ベルトの中心地域の建設を加速し、国内外の双循環を促進するうえで大きな役割を果たすとともに、人民の生活の保障と向上を優先し、貧困撲滅の成果を確かなものにして拡大し、社会事業を力強く発展させることで、各民族が等しく発展の過程に参加し、その成果を分かち合おう」と呼びかけた。
そのうえで、「新疆社会全体の安定を維持するためにあらゆる努力をすることが必要だ。基層(農民、労働者ら)をしっかり掌握し、社会の基盤を固めてテロに対する強固な人民の防衛戦を築き、中華民族共同体としての強い意識を情勢して中華民族共同体の建設を推進し、宗教の中国化を推進するとともに、新疆の文化の装飾を強化し、あらゆる民族の幹部と人々が、国家や歴史、民族、文化、宗教について正しい考えを確立するように指導すべきだ」として、支配の強化を強調した。
後ろ手を組んで講和を聞く側近たち
さらに違和感をもったのが、新疆ウイグル自治区の設立70周年記念の展示観覧で習氏が短い講話をした際のCCTVのニュース映像だ。
随行していた前出の王滬寧氏や蔡奇氏ら側近たちが背中で手を組んで講和を聞く様子が画面に映っていたのだ。一般的には、後ろ手を組むのは上官が部下の話を聞く時の姿勢とされているため、彼らが以前ほど習氏に敬意を払っていないのではないか、とネット上で噂になっている。

中国の第14期全国人民代表大会(全人代)第3回会議に出席した王滬寧氏 (2025年3月4日撮影)© 中国新闻社 / wikimediacommons
また、習氏が新疆軍区を訪ねて大佐以上の軍官と接見した時に、中央軍事委員会弁公庁主任の方永祥中将と、新疆軍区指令の柳林中将、新疆軍区政治委員の楊誠中将が欠席していたのも奇妙だった。彼らは立場上、当然、その場にいるべき軍官たちだ。方永祥中将は習氏の軍における秘書役を務めており、柳林中将と楊誠中将は新疆軍区のトップである。彼らが欠席したのは、おそらく政治工作部長の座にあった苗華氏の失脚に連座して取り調べを受けているためだと思われる。また、今回の新疆行きに中央軍事委員会から同行したのは劉振立・連合参謀部長だけで、中央軍事委員会の張又侠・副主席と、何衛東・副主席は、どちらも同行しなかった。何衛東・副主席も苗華失脚に連座して取り調べを受けていると見られており、張又侠・副主席は習氏との関係が悪化しているとの噂がある。
式典に参加した3つの狙いと四中大会の行方
これらの違和感を総合して考えると、今回、習氏が慣例を破って新疆ウイグル自治区の設立70周年記念に出席した狙いは、主に三つあると考えられる。
第一に、習氏が新疆ウイグル自治区を完全に掌握し、東トルキスタン独立派によるテロや暗殺をもはや恐れる必要がないぐらいウイグル人を支配下に置いたことをアピールするという目的だ。
習氏は2014年4月の暗殺未遂事件以降、ウイグル人を再教育施設に強制収容し、イスラム教を改宗させる中国化政策を推し進めたうえ、AI監視カメラの導入と生体情報の登録の強制によって監視と統制を徹底し、国際社会から今世紀最悪のエスニッククレンジングだと批判されるほどの民族弾圧を続けてきた。その結果、新疆のウイグル人たちが習氏と中国共産党に対して従順に忠誠を誓う「よき人民」になったことを国内外に対して視覚的に見せつけたいというのが、狙いの一つだったのではないか。
第二に、習氏が新疆ウイグル自治区書記に抜擢した馬興瑞氏が今年の7月に突然、解任されたことを受けて後任の座に就いた陳小江書記による習氏への「ごますり」だ。
前任の馬興瑞氏は、宇宙航空系の軍事技術を学んだ軍工系のエンジニアで、習氏の母校である清華大学派閥に属しており、習氏に抜擢されて2021年12月に新疆ウイグル自治区書記の座に就いたが、7月に理由不明のまま解任されて、目下、動静は不明だ。中国ではこの1~2年、軍工系の軍人・官僚・企業家たちが次々に失脚しており、おそらくそれに連座する形で取り調べを受けているものと思われる。一方、後任の陳小江氏は以前、習氏と仲違いした王岐山・元国家副主席の部下であったため、習氏の新疆来訪を歓迎する演出を積極的に行うことで、忠誠をアピールしたのではないかと考えられる。
第三に、こうして過剰なまでに習氏に対する個人崇拝や新疆に対する支配力をアピールする裏側には、習氏自身に相当な不安や焦りがあると見ることができる。
駐機場での歩き方などから、習氏の健康状態はかなり悪いと見られている。また、習氏が新疆ウイグル自治区書記に抜擢した馬興瑞氏や、解放軍内で習派閥とされていた苗華氏ら軍幹部が相次いて失脚するなか、習氏には一昨年前と比べても信頼できる部下や側近が大きく減っている。これはすなわち、党や軍、そして地方に対する習氏の影響力がそれだけ縮小していることを意味している。こうした事情から習氏が健康と影響力を必要以上にアピールしようとした結果、前述のような違和感が醸し出されているのではないか。さらに言えば、王滬寧氏や蔡奇氏らは習氏の行動に透けて見える不安や焦りに気付き、敬意を欠いた態度を取っているのかもしれない。

ウルムチの街並み(2019年7月撮影)© Albertaont at English Wikipedia
習氏は、8月に開かれたチベット自治区設立60周年記念式典と、9月に開かれた新疆ウイグル自治区設立70周年記念式典に続けて出席し、かつての皇帝よろしく辺境の「異民族」支配の成功をアピールすることで権力と支配力の誇示しようと懸命だ。しかし、その背景には、失政続きと過度な粛清によって揺らぎつつある影響力と自身の健康不安という問題がありそうだ。だとしたら、きたる10月20日から23日に北京で開催される中国共産党第20期中央委員会第4回全体会議(四中全会)で、習氏が2027年に引退する道筋を示唆するような人事が明らかになることも、あり得ない話ではない。















