米国とロシアの接近で漁夫の利を得る中国
武力と経済力で領土拡張を競う時代の到来か
- 2025/3/11
米国で第二次トランプ政権が発足して以来、誰もが国際社会の枠組みの再構築に向けた動きが加速し始めたと実感している。問題は、次なる国際社会の枠組みがどのような価値観、秩序で組み立てられるのかだ。
トランプ氏は大統領就任演説で語った通り、力による平和と領土拡張をマニフェスト・デスティニーとして正当化している。半世紀続いたグローバル経済化の流れに逆走するかのごとく自国ファースト主義と保護貿易主義を掲げるその姿を前に、かつて17~19世紀の列強諸国が掲げていた重商主義に戻るつもりなのではという意見まで出ているほどだ。トランプ氏の支持者たちは、ネオリベラリズム(新自由主義)を否定・排除し、米国主導のネオマーカティリズム(新重商主義)により世界を再構築することを期待しているのかもしれない。
米ウの公開ケンカでほくそ笑んでいるのは
トランプ米大統領は2月末、ウクライナのゼレンスキー大統領をホワイトハウスに招き公開対談に臨んだ。しかし、両氏はその席上で激しい口論となり米ウの交渉は決裂。米国の仲介でロシア・ウクライナ戦争を停戦に導く構想が遠のいてしまった。これを受けて、日本では「ゼレンスキーの態度があまりにも無礼だった」「いや、その前の米国の挑発的な態度もひどい」「そもそもロシアの侵略行為を棚にあげてトランプがあそこまでプーチンに肩入れする方がひどいのではないか」といった論評がメディア上で飛び交った。最終的にはゼレンスキーが謝罪し鉱物資源協定の調印に向けた交渉は継続していくようだが、世界中のメディアが注目する国家指導者が顔をつき合わせて交渉する場において、かくも感情を爆発させ、それが国際平和の行方をたやすく左右する状況を目の当たりにして、世界は震撼しただろう。
チャイナウォッチャーから見れば、米ウが交渉の席で公開ケンカをし、米欧が分断することでほくそ笑んでいるのは、当然、ロシアのプーチン大統領であり、中国の習近平国家主席がそれを上回る最大の受益者になる可能性がある。中国は、表向きにはロシアとウクライナのどちらにも武器や軍事的支援を供与せず、両国の「和平の仲介者」を名乗り続けてきた。そのうえでロシアとも「上限のないパートナー」として、良好な関係を維持している。
トランプ大統領がプーチン大統領に急接近し、ロシアに有利な形でロシア・ウクライナ戦争を終わらせようとしていることについては、中ロの蜜月の分断を図ることで中国を孤立させようとしているというのが一般的な見方だ。しかし、プーチン大統領と習近平国家主席は1月21日にオンライン会談に臨み、両国の結束をアピール。さらに中国は、米ロの接近について公式には歓迎の意を示している。米ウ、そして米欧の関係悪化がこのまま続けば、最終的にはオセロの駒のように、すべてが中国に有利に動く可能性がある。
第三次世界大戦前夜の外交戦と「逆ニクソン戦略」
さて、歴史を振り返れば、国際社会の枠組みが再構築される時には決まって世界大戦の危機も高まってきた。その意味では、まさに今、第三次世界大戦前夜とも言うべき複雑な外交戦が展開されている。トランプ・ゼレンスキー会談の決裂とその後の展開、欧州の反応などはまさに、そういう複雑な外交戦を反映したものだと言えるだろう。おそらく欧州国家はトランプ政権に対する不信感をさらに募らせ、米欧の分断傾向は、より顕著になった。こうした動きを「第三次世界大戦に近づいている」と警告する識者も少なくない。

英国ロンドン、ウェストミンスターにある国会議事堂前のデモで、ドナルド・トランプ米大統領とウラジミール・プーチン露大統領が描かれたプラカードを持って立つ抗議者たち。米ロの接近に欧州で危機感が高まっている(2025年3月5日撮影)© ロイター/アフロ
トランプ大統領がロシアに接近し、ロシア有利の状況でロシア・ウクライナ戦争を早急に終わらせようとしている背景に、もう一つの意図があるとの見方もある。米国の最大のライバルである中国の脅威に対抗するために、米国の軍事リソースをインド太平洋へと振り分けたいという目的だ。また、中ロ関係の分断を狙う、いわゆる「逆ニクソン戦略」があるとも見られる。
「逆ニクソン戦略」とは、1970年代初頭にニクソン米大統領(当時)がキッシンジャー国務長官(当時)を通じて米中関係を電撃的に改善し、中国を西側自由主義社会に引き込むことに成功したことを踏まえている。第二次大戦後、米国を中心とする西側陣営と、旧ソ連を中心とする東側陣営が対抗する東西冷戦が続いていたが、50年代後半には中ソの対立も激化し、60年代末には中ソ間で核戦争が起こりかねないほど緊張関係が高まった。こうしたなか、前述のニクソン戦略によって米中との関係が改善され、結果的に核戦争も回避されたうえ、東西冷戦が終焉して旧ソ連が解体されるにいたった。

中国共産党の毛沢東指導者と会談するニクソン大統領(1972年2月29日撮影) © U.S. National Archives and Records Administration /wikimediacommons
中国共産党を創設した毛沢東氏の死後、自由主義経済圏で国際デビューを果たした中国は国力を増強し、世界第二の経済大国になった。このプロセスで、中華民国・台湾は国際社会から締め出されたものの、米国の軍事的な庇護を受け独立状態を保ってきた。トランプ大統領は今日にいたるこうした国際社会の枠組みを米国主導で再構築するために、戦争で疲弊したロシアに手を差し伸べ、西側陣営に迎え入れる代わりに中国共産党を孤立させ、崩壊に追い込もうとしているのではないか、というわけだ。
目的が一致するトランプ大統領とプーチン大統領
大国の論理を振りかざして小国ウクライナを翻弄するかのようなトランプ氏率いる米国に日本の保守層が比較的好意を寄せ、ウクライナに侵略したロシアに若干の理解を示す人すらいる背景には、「中国の脅威が縮小されるならばたいがいの不条理も見て見ぬふりをしたい」という心理が働いているのかもしれない。
だが、仮に今後、逆ニクソン戦略が成功したとして、再構築される国際社会は、日本の保守層が期待するような形になるだろうか。ネオマーカティリズムの価値観で国際社会が再構築した場合、自国を守る軍隊も持たなければ、自立できる資源や食糧生産力もなく、米国が造った核の傘に身を寄せ、自由主義経済の枠組みに乗っかることで生きてきたひ弱な日本は、はたして国際社会で生き残ることができるだろうか。
さらに、そもそもトランプ大統領が目指す逆ニクソン戦略が本当に実現するのか、という懸念もある。香港で発行されている日刊の英字新聞、サウスチャイナモーニングポストは3月4日付報道によれば、ウクライナのクレバ元外相は「新しい現実についてはっきりさせておく必要がある」として、「米ロ接近はウクライナ問題にとどまらず、欧州全体の問題であること、そして理由は定かではないものの、トランプ大統領とプーチン大統領の目的が一致していること」を挙げたという。さらに同紙は、「この動きは、実は中国を利する可能性がある」とも指摘している。
空洞に入り込む中国資金 米国が孤立する可能性も
トランプ米大統領の「逆ニクソン戦略」は、反中姿勢を鮮明に打ち出すマルコ・ルビオ米国務長官がオンラインニュースサイトのブライトバート・ニュースの取材に答えてそう解説したことで世間に広まった。だが、ウクライナのクレバ元外相は、「ありえない」と否定する。
プーチン大統領がトランプ大統領と接近すれば、欧州の対米不信が深まって同盟関係は崩れ、そのすきに中国が欧州との関係強化に動くだろう。実際、トランプ政権が米国国際開発庁(USAID)などの国際開発組織を解体し、国連人権理事会や国連組織から相次いで離脱して各国の人道支援NGOが米国資金離れを余儀なくされている空洞に、中国の資金が入り込み始めている。例えばカンボジアは、地雷・不発弾除去プロジェクトに対する米国の資金援助が止まった直後、中国から新たに資金援助を受けることを表明した。欧米の一部の識者は、トランプ政権より中国の方が多極主義でリベラルだと言い出す始末だ。
さらに米国には、トランプ大統領自身の性格による政策の不確実性に加え、4年ごとに大統領が選挙によって変わる可能性があり、大統領の座に就いた者の思想一つで国際安全の枠組みが動揺するという問題がある。他方、中国は習近平氏が長期にわたって政権の座にあり、経済的に低迷しつつ、世界で唯一、安定したパワーを維持してきた。もちろん、だからといって欧州諸国がいそいそと中国との間で自由貿易圏を設立するというわけにはいかないだろうが、米欧がこれまでがっちりと築いてきた同盟枠組みに、中国が入り込む余地は今後、さらに大きくなるだろう。
これまで、中国はロシア寄りだと欧州から批判を受けてきた。しかし、トランプ政権がロシアに急接近している今、ウクライナの方が中国に秋波を送り始めている。ゼレンスキー大統領は1月22日、ブルームバーグのインタビューに答え、「習近平国家主席は、プーチン大統領に和平を強く呼びかけられる立場にある。ロシアの経済は中国への依存が高いからだ」と、中国への期待を口にした。ウクライナを恫喝したトランプ大統領と異なり、習近平国家主席がロシアとウクライナ双方と交渉できる関係を維持していることを示している。
それだけではない。もしもプーチン大統領がトランプ大統領にすり寄るふりをしつつ、中国も裏切らず、中国主導による新たな国際社会の枠組みの再構築に協力することがあれば、今度は米国が世界から孤立する可能性もある。逆ニクソン戦略を図っているつもりの米国が、中国とロシアの結託によって欧州社会と分断され、インド太平洋諸国とも分断の罠にはまれば、米国一極主義の国際社会が瓦解するということだ。かつてニクソン戦略によって国際社会の枠組みが劇的に再構築されたのは、たかだか50年前の出来事であり、世界の人々の記憶に新しい。ゴルバチョフ・ソ連書記長(当時)の決断を失敗だと考えているプーチン大統領も習近平国家主席も、今度は米国の思惑通りには動くまいとするかもしれない。
動揺する台湾政界と日本の尖閣諸島問題
さらに懸念すべきは、米国がロシアの武力侵攻による領土拡大を結果的に容認する形でロシア・ウクライナ戦争を終結させた場合、同様の論理で中国が台湾の武力統一に自信を抱くかもしれないということだ。少なくとも、ウクライナに対するトランプ政権の厳しい姿勢は、台湾政界の動揺を誘っている。事実、トランプ大統領は、「もし中国が台湾に武力で侵攻した場合、米軍を派遣して台湾を守護するか」とメディアから問われた際、言質を与えていない。同じ懸念は日本も持つべきだろう。万が一にも尖閣諸島が中国の軍事力で実効支配され、日本の自衛隊の力だけで奪還することが無理である場合、トランプ大統領は尖閣諸島を奪還するために米軍を派遣するだろうか。
ロシア・ウクライナの戦争が早々に終結してほしいという願いが世界共通であるのは、言うまでもない。しかし、それによって世界が必ずしも平和になり安定するというわけにはいくまい。米中ロという、核を保有する大国がネオリベラリズムと真逆の価値観で国際社会の新たな枠組みを再構築することを望み、武力と経済力で領土拡張を競うような時代が始まるかもしれない。