中国解放軍内で相次ぐ不可解な事件から読み解く権力闘争
高級将校の失脚や失踪、不審死が物語る習近平体制の揺らぎ

  • 2025/6/23

 中国解放軍の退役空軍上将で元中央軍事委員会副主席(軍内制服組トップ)まで務めた許其亮氏が6月2日昼過ぎに死亡した。その日の朝、ジョギング中に心筋梗塞を起こし、病院に運ばれて死亡が確認されたという。許其亮氏は2012年の第18回党大会で習近平氏が総書記になった時に軍事委員会副主席に昇進し、2022年の第20回党大会で引退した。国内外の中国専門家たちは、この死が通常のものだとは思っていない。というのも、習近平政権になってから解放軍高級将校の失脚や失踪、異常な死が続いており、それが解放軍内の異変や権力闘争と関係があると信じられているからだ。その背景を考えたい。

北京の人民大会堂で開かれた全国人民代表大会(全人代)閉会式に出席した中国中央軍事委員会の許其亮前副主席、劉鶴前副首相、北京共産党の尹立書記(左から)(2023年3月13日撮影)(c) 代表撮影/ロイター/アフロ

習氏お気に入りの将軍が謀殺か

 許其亮氏の元気な姿は今年1月27日の春節団拝会(春節の党中央幹部・長老たちのパーティ)で確認されていた。その同氏が6月2日に75歳の若さで突然死した。ジョギング中の心臓発作。2023年10月27日の李克強元首相が水泳中の心臓発作で急死した事件を想起させた。

 李克強氏については、謀殺されたというのが多くの人々の見方だ。人民報と呼ばれる独立系ネットメディアは最近、李克強事件に関与する匿名者の話として、李克強氏が2023年10月26日に上海の東郊賓館3号楼のプールで日課の水泳をしていた際、用意されていた飲料水に心筋梗塞を誘発する薬物が混入されていたと報じた。李克強氏が心臓発作を起こした現場に居合わせ、同氏をプールから救出して心臓マッサージを行ったのも、暗殺命令を受けた実行部隊メンバーだったという。国家安全保障委員会方面の命令を受けて実行に及んだものの、その後、自身がミャンマーのミャワディ地区に配置換えとなり、身に危険を感じたため告発したと匿名者は主張しているが、真偽のほどは定かではない。

李克強氏(2017年9月27日撮影)© Elekes Andor / wikimediacommons

 中国では、習近平政権になって以来、直前まで健康で元気だった政治的な人物が急死する事態が頻発しており、許其亮もまさにそんな不可解な死に方を遂げた一人である。
 6月8日に行われた許其亮氏の葬儀で、新華社は許氏について「習近平同志を核心とする中国共産党中央委員会の指導を断固として支持していた」と評したうえで、次のように述べて高く評価していた。
 「許氏は、(習氏の核心的な地位と指導的な地位の確立を称え、習近平独裁体制への支持を意味する標語である)『二つの確立』の意義を深く理解し、党員が必ず履行すべき義務である『四つの意識(政治意識、大局意識、核心意識、一致意識)』の強化と『四つの自信(中国の特色ある社会主義の道への自信、理論への自信、制度への自信、文化への自信)』の堅持をやり遂げ、さまざまな逆風や試練に耐えてきた人物だった」

アメリカのクリントン大統領(当時)と握手を交わす江沢民氏(1999年9月11日撮影) © U.S. federal government,/ wikimediacommons

 この人物評が正しいなら、許其亮氏は習近平国家主席のお気に入りの将軍だったということになる。実際、許氏は、習近平氏が軍内の鄧小平氏の後継者として高度経済成長をけん引した第3代最高指導者の江沢民氏を支持する派閥を排除するための粛清や軍制改革を推進してきた。その許其亮氏が謀殺されたという噂が本当であるなら、誰に、何のために殺害されたのか。

断続的に続く解放軍内の粛清

 習近平政権は、発足直後から軍制改革を進め、お気に入りの将校を選んでは出世させてきた。しかし、三期目に入ってから、そんな習近平派高級将校たちがなぜか次々と失脚している。その代表的な人物が、中央軍事委員で政治工作部主任の苗華氏だ。同氏は2024年11月、国防部から規律違反の疑いで取り調べ中だと発表された。続いて、中央軍事委員会の何衛東・副主席が今年3月の全人代が閉幕して以来、ずっと動静不明の「失踪」中で、すでに死亡したという噂まで出ている。政治工作部の何宏軍・副主任の動静も途絶えた。

何衛東氏(2024年12月3日撮影)© China News Service /wikimediacommons

 また、2023年にはロケット軍司令の李玉超氏ら二人の指揮官を突然、更迭したうえ、当時、国防部長だった李尚福氏や、前任の国防部長で初代ロケット軍司令だった魏鳳和氏も、それぞれ収賄と軍隊ロジスティック建設破壊などの容疑で失脚した。この時、少なくとも9人の高級将校たちがドミノ式に失脚したが、彼らは皆、習近平国家主席が自ら抜擢し、出世させてきた人物である。

ロシアのセルゲイ・ショイグ国防大臣と会談した中国の李尚福・国防部長(当時) (2023年4月18日撮影)© Mil.ru / wikimediacommons

 習近平政権による解放軍内の粛清は、2012年以降、断続的に続いている。最初は、江沢民派の長老だった徐才厚氏や、郭伯雄氏ら数十人が軍の中枢から排除された。江沢民派の軍人は陸軍中心に利権を持っており、政治力も有していたため、習近平氏は自らが進める軍制改革の邪魔になると考えたものと見られる。
 さらに、第4代最高指導者の胡錦涛氏を支持する張陽将軍や房峰輝将軍らも粛清。張陽氏については、「汚職の罪を恐れて自殺した」と国内メディアが報じたが、「秘密処刑」だと見る者が多かった。胡錦涛派の軍人は、党の軍に過ぎない解放軍の国軍化を訴えており、自らを中心とする党中央の集中統一指導を目指す習近平氏と対立した。さらに、この時、房峰輝将軍らがクーデターを画策していたという噂もあった。

房峰輝氏(2017年8月15日撮影) © Chairman of the Joint Chiefs of Staff from Washington D.C, United States / wikimediacommons

 また、国防大学政治委員で、軍内きっての戦略家とも言われた空軍上将の劉亜洲氏は2017年、定年年齢を待たずに退役し、その後、2021年11月頃から「失踪」している。劉亜洲氏は、米スタンフォード留学経験もある米国通で、米国に敵対しないようにとの視点から台湾の武力統一放棄を訴えていたが、習近平氏にとって念願である台湾統一の野望を正面から否定したためパージされたと言われている。

狙いは「集中統一指導」体制の強化と「定于一尊」の実現

 こうした一連の粛清は、習近平国家主席が軍内の「定于一尊」(唯一の支配者)になるために、軍制改革とセットで「集中統一指導」(すべての命令は軍事委主席=習近平一人の決断で決まる)体制を固めるために行われたと見られる。習近平氏は、軍内で習体制に異を唱える者たちを排除したうえで、2022年に第三期目の政権継続にこぎつけた。それ以降、重要ポストに就いた軍の幹部らは、概ね習近平に忠実だとされ、習氏は軍権を完全に掌握したと言われていた。だとするならば、習近平は第三期目に入ってなぜ、自分に忠実な高級将校たちをあえて粛清したのか。

習近平氏(左)と話す李克氏(2011年7月3日撮影)© Voice of America / wikimediacommons

 例えば、戦略核兵器ミサイルを主管するロケット軍系の軍人、李玉超氏や魏鳳和氏らは、技術の習得と運営にあたり米国を手本としているため、知米派であり、米軍と内通していることを疑われた、というのが通説だ。また、同じ時期に、航空宇宙エンジニアの李尚福氏や、後方勤務(ロジスティックス)担当の軍人も多くが連座で失脚している。いずれも膨大な特別予算を割り当てられており、汚職や腐敗、利権化が常態化していたことが大きな理由だとされている。

ASEAN国防相会議でマティス米国防長官と会談する魏鳳和氏(DOD photo by Lisa Ferdinando)(2018年10月18日撮影)© N. Mattis / wikimediacommons

 また、彼らはいずれも現在の軍事委員会で副主席(制服組トップ)を務める張又侠氏が習近平氏に推薦した人材だと言われており、この時、習氏と張氏の間に確執が生まれたとも言われている。張氏は習氏の幼馴染であり、本来は退役年齢を超えているが、第20回党大会で習氏に懇願されて軍事委員会に残留した。制服組トップとして習氏を支える約束をしていたものの、今は対立関係になっていると推測されている。

「民主集中制」「集団指導」に不満か

 では、苗華氏や何衛東氏が失脚した理由は何か。苗華氏は陸軍福建省第31集団軍出身で、習近平氏が福建省長を務めていた時代から信頼していた軍人だ。同様に、何衛東氏も福建省第31集団軍の出身で、彼らは「福建閥」と呼ばれ、解放軍内で特に習近平氏から信頼を得ていると見られてきた。そのため、一部では、張又侠氏が自分の部下たちを大量に粛清された仕返しとして、習近平派の苗華派閥を失脚させたという見方も出て、解放軍内で「習近平V.S.張又侠」の権力闘争が生まれているとの説もささやかれた。
 許其亮氏の突然死も、この延長戦上の暗殺だったのではないかという者も少なくない。習近平氏がすでに引退した許其亮氏と組んで自らを排除するのではないかと恐れた張又侠氏が、先んじて許其亮を暗殺したのではないかというわけだ。

ロシアのプーチン大統領と握手を交わす張又侠氏(2017年12月7日撮影) © kremlin.ru /wikimediacommons

 一方、張又侠氏とは関係なく、習近平氏自身が、苗華氏ら福建閥の巨大化を恐れて粛清したのではないかとの説もある。軍内で政治・イデオロギーの宣伝・人事を主管する政治工作部の主任を務めていた苗華氏が、軍内に約1400人の独自派閥を形成し、権力を拡大させつつあったことに習氏が不信感を抱いたというのだ。両者の関係を、初代国家主席の毛沢東氏と、同氏の下で国防省を務めながら後に対立した林彪氏に例えれば、理解しやすいかもしれない。
 現国防部長の董軍氏も苗華閥のメンバーであり、習近平氏からはあまり信用されていないと言われている。董軍氏は、苗華氏の失脚が発表される直前の2024年秋頃に、一時、失脚情報が流れたが、それは後に否定され、彼は今も国防相の地位にある。しかし、5月末にシンガポールで開催されたシャングリラ対話(アジア安全保障会議)には姿を見せなかったため、フィナンシャルタイムズをはじめ欧米メディアは「尋常ではない」と報じた。

現在、中国の国防部長を務める董軍氏も、5月にシンガポールで開かれたシャングリラ対話に姿を見せなかった(2024年4月26日撮影)© Mil.ru. / wikimediacommons

 中国政治は、ブラックボックスの中にある。特に、解放軍内の問題は外部からほとんど見えないため、安全保障関連の専門家ですら、こうではないかと仮説を立て、見える範囲で変化の理由を推測するしかない。

 確かなことは、中国の長期的な経済政策などの方針を決めるために昨年7月に開かれた共産党の重要会議「三中全会」以来、解放軍内では習近平氏が追求してきた「定于一尊」や「集中統一指導」といったスローガンが唱えられなくなった代わりに、「民主集中制」「集団指導」を主張する声が大きくなっているということだ。機関紙や解放軍報の一面の見出しにもそうした言葉が掲げられるようになった。時期を同じくして、習近平氏は「党の自己改革に関する重要思想」を打ち出し、「党中央集中統一指導」を叫んでいたことを鑑みると、集団指導へと回帰する論調は、習近平氏の意に染まぬものであったろう。

 こうした現象を総じて見れば、習近平氏と軍の間の信頼関係が大きく揺らいでいることは間違いない。

世界最大数の艦艇が一人に委ねられる危うさ

 筆者は先日、米軍情報や台湾安全保障の専門家やアドバイザーたちとの勉強会で、解放軍内に起きている状況について意見交換をした。米軍の情報筋の見方としては、習近平氏が軍制改革や軍内大量粛清で目指しているのは解放軍のシビリアンコントロールの強化であり、軍人の政治力や利権、発言権を徹底して奪い、党中央の命令で機能する体制を作り上げることだという。そのために軍内では習近平氏への不満が高まっており、習近平氏が「不忠誠」を理由に粛清の嵐を巻き起こしているのだというのが、同氏の見立てだ。

 軍の文民統制と言えば聞こえはいいが、習近平氏が言う「文民統制」とは、軍と軍人の発言権や政治に対する影響力を完全に排除し、単なる戦争の道具として扱うということを意味する。また、戦争を起こすにせよ、回避するにせよ、習氏一人が決定し、軍も人民も文句を言わずに従え、ということだ。

ロシアのウラジミール・プーチン大統領(右)と握手を交わす許其亮氏(2015年11月17日撮影) © Kremlin.ru / wikimediacommons

 中国の有能な軍人たちは習近平独裁によってすでに軒並みパージされているとはいえ、解放軍はすでに米軍を超えて世界一の規模の戦艦や艦艇を有している。アメリカ海軍は、民主党政権下で深刻な規模で弱体化しているためだ。これが世界にとって、特に、台湾や日本にとってどれだけ危うい状況であるかを、改めて認識する必要があるだろう。

 

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