ヨルダンから見るアラブ社会(第1話)
周辺国の情勢に影響を受けながらも中東和平のカギを握る国
- 2024/11/6
政治的に不安定な国や地域に囲まれながらも、比較的安定した治安と政治を維持してきた中東の王国ヨルダンは、これまで欧米諸国との強固な外交関係を保ち、近隣国からも多くの難民を受け入れて地域の安定に大きく貢献してきました。しかし、近年は経済成長の鈍化や高い失業率の影響を受けており、アラブ社会の政治経済や人々の意識について調査しているアラブ・バロメーターによれば、人口の半数近くが国外への移住を希望しています。
さらに、国民の約7割がパレスチナ系でありながら、1994年にイスラエルと和平条約を締結しているヨルダンでは、人々が自らのルーツと外交政策の間で難しいバランスを求められています。その意味で、ヨルダン社会について知ることは、中東情勢について考えるうえで重要な視点を得ることにつながると言えるでしょう。
この連載では、ヨルダン在住の磯部香里さんが、政治、経済、社会、そして人々の価値観など、さまざまな側面から多角的にヨルダン社会を考察しつつ、同国から見る中東世界について考えます。
若者の間に広がる不安
ヨルダンと聞いて、多くの人が思い浮かべるのは遺跡や砂漠の風景だろう。ペトラ遺跡、ワディラム、死海といった観光名所は日本でも広く知られている。特に、ペトラ遺跡は「インディ・ジョーンズ」のロケ地として有名だ。また、イエス・キリストの洗礼地をはじめ、世界遺産も数多く擁しており、毎年、近隣のアラブ諸国だけでなく、アメリカやヨーロッパ、日本など、世界中の観光客を魅了している。2023年にヨルダンを訪れた外国人観光客は約635万人に上った。まさに、観光大国である。
そんな観光大国のヨルダンは、資源が乏しいこともあり、収入の大部分を観光産業に依存しているが、それは情勢不安やコロナウィルスなどのパンデミックの影響に大きく左右することを意味している。2008年の金融危機以降、アラブの春、シリア内戦、ISISの台頭、さらには昨年10月7日から始まったガザでの戦闘の影響などが重なり、観光業は大きな打撃を受けた。特にアメリカやヨーロッパからの観光客が激減し、観光業に従事する人々の生活は厳しさを増している。
さらに、1948年のイスラエル独立やイラク戦争、シリア内戦により、パレスチナ人、イラク人、シリア人難民の流入が続いている。人口増加に伴う雇用機会の減少は大きな課題であり、日本貿易振興機構(JETRO)によると、2020年の失業率は23%に達している。特に15歳から30歳の若者の失業率は40%を超えており、多くの若者が大学や大学院を卒業しても、依然として就職先を見つけることが困難な状況に直面している。
加えて、国際協力機構(JICA)によると、約79万人のヨルダン人が湾岸諸国を中心に海外で働いており、GDPの10%以上が海外からの送金で占められている。若者たちの間では、国内での生活に対する希望が薄れ、不安が広がっている状態が続いている。
民主的な改革の影で抑圧される表現の自由
そんなヨルダンの政治は、一言で言えば政党の影響力が弱く、部族間の繋がりが強い。
ヨルダンは立憲君主制を採用しており、ハーシム家の世襲する国王が君主を務めている。議会は上院と下院で構成されており、上院議員は国王が指名し、下院議員は選挙で選ばれることになっているが、議員の選出は公約ではなく、部族や個人の名前によって決まることが多い。実際、2020年の下院議員選挙では、政党に所属する議員は全体の10%に満たず、ほとんどが無所属の候補者であった。
この国の政党が弱い背景には、1957年から1992年にかけて政党活動が禁止されていたことが影響している。そのため、議会は部族勢力や政府支持者によって占められ、選挙が行われても民主化にはほど遠い状態が続いていた。2018年の調査では、国民の8割以上が「議会を信頼していない」と回答している。
こうした状況を踏まえ、国王は民主化政策を進めている。2021年6月には、政党政治の促進と、若者や女性の公共生活への参加を促進するために国王直轄の委員会が設置され、新しい選挙法と政党法の草案が提出された。翌2022年には新しい選挙法と政党法が制定され、女性や若者の参加を促す規定が追加された。政党に割り当てられる議席数も今後、増やされる予定だ。
改革の成果は今年9月10日に行われた下院議会選挙でも見られる。議席の30%が政党出身者に割り当てられた結果、穏健派イスラム組織「ムスリム同胞団」系列の野党「イスラム行動戦線」が全138議席のうち31議席を獲得し、前回の10議席から大きく躍進した。この要因として、中東衛星放送局アルジャジーラは、反イスラエル感情が支持を集めたことや、現行の政治体制に不満を抱いていた有権者を取り込んだことを挙げている。しかしながら、部族勢力や政府支持派が依然として議会の大半を占めていることから、現状が大きく変わる可能性は低いとの指摘もある。
また、今回の議会選では、新政党法の施行に伴い、すべての政党が改めて政党申請を行う必要があったが、政党として満たすべき条件が厳しくなったため、規模が小さい政党は合併を余儀なくされたうえ、反政府政党のなかには締め切り直前に申請を拒否された事例も発生した。また、2023年8月には国家の統一に有害とみなされるオンライン発言を取り締まるサイバー犯罪法が制定され、政府の政策に抗議した活動家や政治家が起訴されたため、アメリカ政府や人権団体から「市民の表現の自由が著しく侵害されている」との強い批判も受けている。
これらの状況を総合すると、表面的には選挙制度の改正や政党法の整備を通じて民主化を進めているように見えるものの、実態は必ずしもそうではなく、反対勢力や市民の自由を抑圧する動きが見られる。
パレスチナ系の国民感情とイスラエル依存の板挟み
このような二面的な政策の背景には、地域的な不安定さや国内の経済不振、大量の難民流入など、国内の安定を揺るがす多くの脅威に政府がさらされていることが挙げられる。しかし、その一方でヨルダン政府は、新自由主義的な経済発展や民主化の促進を名目にアメリカやヨーロッパから多くの支援を受けており、その圧力も決して無視できない。
ハマスとイスラエルの戦闘でも、ヨルダンは難しい立場に置かれている。ヨルダンは歴史的にパレスチナと深いつながりがあり、かつてヨルダン川西岸地区が自国領だったことや、度重なる中東戦争により多くのパレスチナ難民が流入したことから、現在、住民の約7割がパレスチナにルーツを有していると言われており、国王や政府は彼らの声を無視できない。その一方で、ヨルダンは1994年にイスラエルと和平条約を締結しており、さまざまな意味で深い関係を築いている。例えば、イスラエルから淡水の提供を受けているのも、その一つだ。資源が乏しいヨルダンにとって、イスラエルは安定的な水を確保するために欠かせない存在なのである。
また、安全保障の面でも、イスラエルはヨルダンにとって重要な存在だ。ヨルダンは、イスラエルが自国の首都として扱っているエルサレムの旧市街にある複数の聖地を100年にわたり保護・管理してきた。パレスチナ人を含むイスラム教徒にとって聖地と言える「アルアクサ・モスク」もその一つで、万が一、ヨルダンが保護権を失ったり、イスラエルとの関係が悪化したりしすると、国内のパレスチナ系住民やイスラム勢力からの反発が予測される。そのため、ヨルダンにとって「アルアクサ・モスク」の保護権を維持することは、国内の安定を保つ上で非常に重要な要素となっているのだ。またヨルダン国王は、パレスチナ系人口を多く擁するからと言って、イスラエル政府がヨルダンを「パレスチナの代替国家」とみなすようになることを強く警戒している。その意味で、イスラエルとの外交関係の維持は、ヨルダンの領土保全と安全保障にとっても不可欠なのである。
しかし、ハマスとイスラエルの戦闘の激化を受けて、ヨルダン国内でもパレスチナ支援を訴える声が高まっているうえ、イスラエルに抗議するデモもあいついでおり、国民の不満が高まっている。ヨルダン国王や政府は、イスラエルを批判しながら外交関係の維持に努めなければならず、難しい板挟みの状況にある。
さらに、ヨルダンは近年、戦争や内戦が相次ぐ近隣国から数多くの難民を受け入れている難民大国でもある。これまでに、シリアやイエメン、イラク、スーダンなどから76万人に上る難民を受け入れているほか、230万人ものパレスチナ難民も抱えている。特に、内戦が勃発したシリアからの難民の流入は、ヨルダン社会を大きく変えた。ヨルダン政府は当初、内戦に疲弊したシリア難民を受け入れることで政治改革を要求する国内の声を抑制し、政府への批判を交わす緩衝役として利用しようとした。しかし、シリア紛争が長引くにつれて、ヨルダン国内の不満は再び政府へと向かいつつある。
シリア難民への国際ドナーの支援も時間の経過とともに減少しており、ヨルダン国内の難民たちの生活は安定しないまま、帰国の見通しも立っていない。このうえさらに近隣国で新たな紛争が起これば一層多くの難民がヨルダンに流入する可能性があり、この国の社会的、経済的な負担はますます増大することが予想される。
周辺国が不安定な状況にあるなか、ヨルダンは今のところ、比較的安定を維持しながら、難民受け入れ国として機能している。また、中東地域では穏健派の立場をとっているため、中東和平のカギを握る存在として国際的な注目を集めている。しかし、一見、安定しているように見えるヨルダン社会も、実はさまざまな不安要素が絡み合い、周辺国の情勢に大きく影響されつつある。それでもなんとか安定を保っているヨルダンという国を読み解くことは、現在の中東情勢やアラブ社会を知るうえで重要な一手となるはずだ。
このような環境下で、ヨルダンの人々はどのような思いを抱えているのだろう。次回からは、この国の社会をさまざまな角度から深掘りし、日本人にとって遠く感じられる「中東」を考えたい。