ミャンマー東部 ジャーナリストが見た国境地域(下)
平和の町 傷痕深く
- 2025/9/26
2021年2月1日に軍事クーデターが発生したミャンマーで、国軍と民主派や少数民族との内戦が続くなか、筆者は東部カイン(カレン)州の国境地域を訪れた。連載の前回は主要貿易路アジアハイウエーの北側、今回は南側が舞台だ。かつて足を運んだ平和の町は今、どうなっていたのか。
混在する武装勢力
タイからミャンマーへ、国境を隔てるタウンジン(モエイ)川を船外機付きのボートで渡る。雨期の8月中旬、水量が多く、流れは速い。とはいえ、見たところ川幅自体は50~60メートル。40秒程度でミャンマー側に着岸した。
カイン州のテーボーボー。国境貿易の中心地ミャワディから南に約40キロ離れた場所にある集落だ。
ここからミャワディの南約10キロのレイケイコーまで約30キロを筆者は少数民族カレン人の武装勢力「カレン民族同盟(KNU)」関係者のピックアップトラックで北上した。
この地域は、タイからミャワディを抜け、最大都市ヤンゴンやマンダレーに通じるアジアハイウエーの南側で、KNUの軍事部門「カレン民族解放軍(KNLA)」の7つの旅団のうち、第6旅団が管轄する。KNUから分かれた武装勢力「民主カレン慈善軍(DKBA)」の存在感が強い地域でもある。
2021年2月、国軍がクーデターで与党「国民民主連盟(NLD)」から実権を奪い、指導者のアウンサンスーチーらを拘束した。KNUは、クーデターに反発して民主派の武装組織「国民防衛隊(PDF)」に加わった若者らに軍事訓練を施し、対国軍で共闘している。
筆者が訪れたころにも、テーボーボーの南東約10キロのワーレーで、KNUとPDFが国軍の拠点を制圧しようとして、激しい攻防戦を繰り広げていた。一方で、テーボーボーから北のレイケイコーに至る地域は戦況が落ち着いたため、車での移動が可能になった。
移動中、通訳として同乗したKNUのマウン(仮名)の口から、パルーやブレドーなど、近辺のいくつかの地名が出てきた。
KNUやPDFは昨年4月以降、レイケイコーの南東約6キロのパルーを皮切りに、今年6月までにブレドーやテーボーボーなど国境地域の国軍拠点を制圧した。第6旅団管内で残っている国軍拠点は、ワーレーとミャワディぐらいだという。
PDFの練度が上がっているのと同時に、国軍が国土周縁部の小さな拠点より、中央部や主要都市の確保を優先している表れでもあるだろう。
国軍拠点を次々落としたとはいえ、一帯がKNUの領地になったわけではなく、DKBAなど他のカレン人武装勢力と混在し、表面上は共存していた。道中、DKBAのパネルを見かけたし、チェックポイントもあった。そうした他の勢力圏に差しかかると、同乗したKNUのポー(仮名)は「撮影は控えるように」とくぎを刺した。
切った竹を柱や壁の材料に使い、木の葉やビニールシートで屋根をふいた簡易な小屋が並ぶ場所も目にした。クーデター後の内戦による国内避難民(IDP)キャンプだという。ポーは「一帯での戦闘の沈静化に伴って、避難民の一部は元の村に戻った。それに代わって、周辺のトウモロコシ畑などで働く労働者が来て、住まいにしている」と説明した。
無数の弾痕、空爆の恐怖
小さな田舎町といった風情のパルーで、集会や会議用とみられる平屋の建物に案内された。奥の壁にKNUの旗があしらわれている。建物にはKNUのコーカレイ郡区の行政長ソーパタヤー(52)がいた。
コーカレイ郡区は第6旅団管区にある4つの郡区の一つで、レイケイコーを含むという。ソーパタヤーは2023年11月に郡区の長になるまでは、レイケイコーの村長だった。
レイケイコーは日本との縁が深く、もともとは「ピースタウン(平和の町)」と呼ばれていた。
1948年にミャンマーが独立した直後から、KNUは自治拡大を求めて武装闘争を続けた。ミャンマーが2011年にいったん民政移管された翌年、KNUは中央政府と停戦合意。これを受けて2016年以降、日本財団(東京都)がレイケイコーに、外務省の資金を活用した復興支援事業として住宅を建設した。KNUと国軍との長年の戦いで、タイに逃れていた人々や地元の貧しい人々などが移り住んでいた。
ソーパタヤーによると、クーデター前の人口は約3000人で、そのうち約2000人がカレン人だったという。
だが2021年12月中旬、和平と復興の象徴だったレイケイコーが国軍の攻撃を受けた。クーデター後、レイケイコーは拘束を逃れたNLDの議員や民主活動家らの隠れ場所となっていた。抵抗勢力の拠点とみなした国軍は、議員や活動家らを捜索したうえ、空爆や砲撃を加えて支配下に置いたのだ。
国軍の襲撃後、住民らは南東に約10キロ離れたタウンジン川沿いのパロータポIDPキャンプなどに逃れた。昨年10月、KNUとPDFがレイケイコーを奪還したが、住民は1000人ほどしか戻っていないという。
「戻らない人の大半は軍の空爆を恐れているからだ」。ソーパタヤーは住民の心情を代弁した。
ソーパタヤーに話を聞いた辺りは、KNUが影響力を持っており、若い兵士が自動小銃を手に立哨していた。
軍服の左胸にKNLA、右肩に第6旅団の記章がある。加えて、左肩にPDF、胸の中央に部隊名「コブラコラム」の記章があった。KNUとPDFの協力関係が服装にも表れていた。
そこからレイケイコーまで、車で15分ほどだった。
筆者はクーデター前の2019年10月にもレイケイコーを訪れたことがある。空色や緑色に塗装した屋根と白いモルタルの壁の一軒家が、草木を切り開いた敷地に立ち並んでいた。高床式の伝統的な木造家屋を周辺の村で見かける中で、人工的で面白みに欠けるものの、新しさを保っていた。
ところが、再訪したレイケイコーで感じたのは、物寂しさや退廃だった。
空爆や砲撃を受けて、そこら中で建物の壁がうつろに穴を開けている。弾痕は数え切れない。屋根がいびつに折れ曲がった建物もあった。「地雷が完全に除去されていないから、道路以外の草むらなどには入らないように」とKNU関係者に注意を促された。
高台から見える詐欺拠点
本当に1000人もいるのかと疑問を覚えたが、廃虚のようになった村にも戻ってきた住民はいた。
コウー(47)はレイケイコーが開発された当初から妻や息子と住んでいた。食料や雑貨を売る店を開き、生計を立てていた。
だが、2021年12月中旬、国軍が村を急襲した。「朝7時半ごろに自宅から逃げた。パロータポIDPキャンプなどを転々としながら、避難生活を送った」とコウーは振り返る。2023年にいったんレイケイコーに戻ったが、周辺でKNUとPDFによる反撃が始まったため、再び避難。KNUとPDFがレイケイコーを奪還した後の昨年11月、改めて帰ってきたという。
「店の売り上げは、以前と比べて減った。この1時間ぐらいの間も、1人も客が来ない」。コウーは苦笑いする。
コウーの家は大規模な破損は免れたが、弾痕が外壁に残っていた。クーデター前は電気も来ていたが、現在はソーラパネルを利用しているという。それでもレイケイコーで暮らすのはなぜか。
「もう、避難民キャンプや他の場所では暮らしたくない。空爆があったとしても、自分の家で死ぬなら幸せだ」
レイケイコーを離れ、近くの高台に上った。東側の国境際には「KKパーク」など広大な敷地を持つカジノが見えた。
レイケイコー付近を含め、カイン州のタイとの国境地域には、「カレン国境警備隊(BGF)」=カレン民族軍(KNA)に改称=やDKBAといったカレン人武装勢力が管理下に置くカジノがある。KKパークもその一つだ。
カジノに中国系犯罪組織が入り込み、陰で国際的なオンライン詐欺の拠点にしていた事実も明るみに出ている。SNSで偽の投資話を持ちかけ、金をだまし取るなどの手口に、日本人を含む多数の外国人が関わっていた。
カジノの収益は武装勢力が手にするだけでなく、運営を黙認する国軍とも分け合っているとみられる。国軍がレイケイコーを襲撃した際も、KKパークは無傷だった。
周辺住民はカジノや詐欺拠点とどう接しているのか。先のソーパタヤーは「住民は施設の建設時に作業員として携わる。完成後に働くのは訓練された詐欺師たち。中の様子は私たちにはわからない」と語っていた。
ただ、住民かどうかは別として、クーデター後の混乱で経済が低迷するなか、高額報酬をちらつかされ、オンライン詐欺に関わるミャンマー人がいることは筆者も耳にしている。
解決策にならぬ総選挙
クーデターから4年半余りの間に、戦闘が広がり、レイケイコーは破壊された。その傍らでオンライン詐欺の拠点化が進んだ。ミャンマーの統治不全の一端が国境地域にみえる。
国軍は2020年11月にNLDが大勝した総選挙で不正があったとしてクーデターを起こした。この選挙結果を無効とし、NLDを排除した形で、今年12月28日から順次、総選挙を改めて実施しようとしている。
だが、国軍の支配域が全土の3割程度とも言われるなかで、不完全な形になるのは明らかだ。総選挙の前提として、国軍は昨年、国勢調査を実施した。完全に実施できたのは全国330郡区のうち4割程度だった。
コーカレイ郡区も枠の外に置かれそうだ。ソーパタヤーは同郡区での国勢調査について「実施されていない」と答え、総選挙はどうなるのかと問うと「ここではできない」と言い切っていた。
筆者が乗ったピックアップトラックの荷台に、自動小銃を持ったセキュリティー要員が同行していた。銃の種類を聞くと、銃把の辺りがM4で、銃身や銃床は別の銃だという。国軍の拠点から武器や弾薬を鹵獲しているとはいえ、潤沢ではないKNUの実情が透ける。
筆者が訪れた地域では、国軍に抵抗する勢力の動きが活発だったが、総選挙前に実効支配を広げようと、国軍が巻き返しに出ている場所もある。国軍は7月以降、カイン州の北のカヤ州やシャン州で、一部の要衝の町を抵抗勢力から奪い返したと発表した。現地からの情報によると、レイケイコーでも、9月に入り国軍のドローンによる爆撃があるなど情勢が不安定化しており、住民はまたも避難を余儀なくされているという。
離脱兵が続出し、士気が低いといわれる国軍だが、空軍力を有し、装備では抵抗勢力をしのぐ。昨年から徴兵制を実施し、兵力の補充にもなりふり構わなくなっている。
国軍の後ろ盾になっているのが、戦闘機や兵器の供給源である中国とロシアだ。両国は総選挙への協力姿勢も示している。特に中国は最近、国軍支持を色濃くしている。国軍と一部の少数民族武装勢力との停戦に介入。中国に近い地域の武装勢力に圧力をかけ、抵抗勢力への武器の供給を妨げているとも言われる。
総選挙を強行し、親軍政党の政権を樹立して、中国やロシアから政府承認を得ようという国軍の狙いは明らかだ。だが、それが国民の理解を得て、事態を収束させる解決策になるとは、到底考えられない。一方で、抵抗勢力が国軍を力でねじ伏せるのも難しい。
人権団体「政治犯支援協会(AAPP)」によると、クーデターから9月中旬までに、市民約3万人が拘束され、7000人以上が殺害された。
国軍の独善的な振る舞いで、多くの市民が翻弄され、深い傷を負っている事実を忘れてはならない。





















