「南米の優等生」チリのつまずき
大規模デモと新型コロナウイルスで広がる格差

  • 2020/7/2

色濃く残る前時代的な意識

 もともと南米諸国は格差社会だ。1990年に民政移管を果たしたチリも、2010年代前半まではピノチェト独裁政権時代のエリート層が軍や議会などで主要なポストを占めており、彼らを優先した慣習や憲法が社会に息づいていた。人々の間には、富裕層、中間層、貧困層という確固たる格差が存在し、チリの貧困率の高さは、OECD加盟国の中でも最も高い。

チリをはじめ南米諸国は格差社会だ (c) Pexels

 独裁政治が終わり30年経っても、人々の意識や社会習慣には、旧体制的な考え方や、前時代的な意識もいまだ色濃く残っている。一緒に仕事をしている政府の役人や同僚の中には、「北欧諸国のように人権を遵守し、国際標準の公的サービスを備えた法治国家を作りたい」という理想を掲げる人物もいるし、法律の策定も進んでいるが、実際にはさまざまな場面で古い習慣が顔を出す。

 例えば、医療サービスへの平等なアクセスが法で謳われているにも関わらず、実際は加入している健康保険の保障レベルが低ければ医療水準の低い公立の病院しか受診できなかったり、保険適用外の費用が払えなかったり、手術を後回しにされ亡くなる人がいたりする。また、義務教育も運営資金の乏しい学校では教育の質が保障されない。急速に進む経済成長の恩恵を受けられるのは人口の約4割が集中する首都サンティアゴの一部だけで、地方との格差は広がる一方だ。

危機こそ変化のチャンスに

 最近、変化を受け入れ、新しい世界へと軽やかに移行していこうとする動きが見られる一方、「コロナが終わったら」「普通に戻れば」という発言も耳にするようになった。変化を余儀なくされたコロナ禍以前の、元の世界に戻ろうともがく人々だ。今後、こうした二極化はますます進むだろう。しかし、考えてほしい。元の世界は、本当にまだ存在しているのか。そして、「普通」とはどのような状態を指すのか。

チリでは連日、1000人単位で新型コロナの新規感染者が報告されている (c) UNICEF Chile

 コロナ禍以前の社会は、多くの子どもたちにとって公平ではなかった。幼少期に受けるべき検診や治療、予防接種を受けられなかった、栄養を十分に摂取できなかったり、質の良い教育を受けられなかったり、家族に愛されて幸せな時間を送ったりできない子どもたちが世界には数億人いて、「普通」の状態は少数の特権階級しか手が届かなかった。

 こうした格差を改善するには、特別策の実施や社会保障の強化、教育制度の改善が急務だ。効果が表れるまで時間がかかる上、特権階級による反対も予想されるが、最大の危機こそが最高のチャンスという言葉もある通り、新型コロナウイルスとたたかう今こそ、この危機を変化の端緒として経済発展から人間開発にシフトすべきではないか。短期的には最低賃金と雇用を保障し社会保障を拡充したり、中期的には教育や保健分野への支出の質を検証したり、長期的には公平で質の高い公共サービスや保健・教育制度を確立するといった政策が有効だと考える。

すべての子どもたちに公平な社会の実現が望まれる (c) UNICEF Chile

 真に人々の意識が変わるには、3世代と100年の時間がかかるという。先は長いが、チリの人々の中に芽生えた高い理想を手放すことなくもがき続けてほしい。ポストコロナの世界では格差や不平等の平準化が始まり、いつかすべての子どもにとって公平な社会が実現することを願っている。

 

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