『月刊ドットワールドTV』#12 停戦後のカンボジア社会に広がる余波
タイとカンボジアの国境衝突から見る市民社会とアートの行方

  • 2025/8/24

 ドットワールドと「8bitNews」のコラボレーションによって2024年9月にスタートした新クロスメディア番組『月刊ドットワールドTV』が、12回目のライブ配信を行いました。今回は、ナビゲーターを務めるドットワールド編集長の玉懸光枝が、カンボジアの首都プノンペンを拠点にアートとデザインで社会課題の解決に取り組む(一社)Social Compass(以下、ソーシャルコンパス)代表の中村英誉さんとオンラインでつなぎ、8bitNewsの構二葵さんとともに伝えました。

国境地帯で繰り返されてきた緊張

 12回目となる番組は、「自粛と不買が広がるプノンペンの今 カンボジアとタイの武力衝突」と題し、8月22日の日本時間20時から8bitNews上で配信されました。

 2025年7月24日に発生したタイ・カンボジア国境での武力衝突は、マレーシアの仲介によって7月末に停戦合意に至り、8月半ばには和平合意文書への署名が交わされました。しかし、火種が消えたわけではなく、物流は依然として停滞し、物価もじわじわと上昇しています。また、現地に暮らす人々の生活には、戦火とは別の形で影響が広がり続けています。

 まず、玉懸が、今回の衝突の舞台となった、世界遺産のプレアビヒア寺院周辺を巡る係争の歴史について概観しました。この地域では1960年代以降、領有権をめぐり幾度も衝突が繰り返され、2003年にはプノンペンでタイ大使館の襲撃事件が発生するなど、長い係争の歴史が国民感情の深層に刻まれています。

 こうした経緯を簡単に振り返った後、「報道を読む」の中から「タイ・カンボジア国境での衝突 タイ現政権に深刻なダメージ」(2025/7/13付)と、「武力衝突のタイとカンボジア 停戦発効後も残る余波」(2025/8/14付)の記事を紹介しました。どちらも、国境情勢に関するタイの英字紙バンコクポストと、カンボジアの英字紙クメールタイムズの報道ぶりをまとめた記事で、両国の立場の違いが顕著に表れています。

プノンペンで広がる自粛と不買

 その後、中村さんが執筆した記事「自粛と不買が広がるプノンペン カンボジアとタイの武力衝突で」(2025年8月20日付)を基に、プノンペンの今について紹介しました。

 プノンペンに暮らす中村さんは、「都市部では大きな混乱はないものの、社会の空気は確実に変化している」と指摘。「たとえて言うなら2011年3月11日に発生した東日本大震災後に、被災地から離れた東京などで感じた空気に似ている」と話しました。

 たとえば、娯楽や文化イベントの「自粛」ムードが広がり、イオンモールで中村さんたちソーシャルコンパスが昨年7月から毎週末に開催してきたアートワークショップやヒーローショーが軒並み中止されたと言います。

ソーシャルコンパスは2024年7月から週末ごとにイオンモールでアートイベントを開催してきた (2025年4月20日撮影 、中村さん提供)

 また、タイ関連商品の「不買」の動きも広がっています。例えば、タイ資本のガソリンスタンドでは看板が隠され、若者に人気だったタイ系のカフェ・アマゾンからも客足が遠のいていると中村さんは指摘。「価格が多少高くても、“自国産を選ぶ”という、ナショナリズムの高まりとも重なる消費行動が見られる」と続けました。さらに、SNS上では避難者支援の募金や物資提供を呼びかける投稿が急増し、若者やアーティストが自発的に動いて被災者を支援する動きが目立つようになっているそうです。

看板を隠して営業するカフェ・アマゾンの店舗(2025年8月12日撮影、中村さん提供)

歴史の記憶と、平和を望む声

 両国間の緊張が高まっていた7月半ば、ある歴史的な知らせがカンボジアにもたらされました。プノンペン市内にあるトゥールスレン強制収容所やキリングフィールドが、新たに世界遺産に登録されたのです。1975年から1979年までカンボジアを支配し急進的な共産主義社会を構築したポル・ポト政権時代に多くの国民が収容され、生命を落とした象徴的な場所です。

 中村さんは「日本の高校生や大学生がスタディツアーでこの地を訪れ、被害者の写真を前にすると、皆、言葉を失う」と話したうえで、「当時の国民の3分の1に相当する上る人々が虐殺された歴史と記憶を有するカンボジア人は、戦争や暴力に強い拒否感を抱いている」と指摘。「SNS上には過激な発言も見られるが、多くの市民は衝突の早期終結を望んでいると感じている」と語りました。

 そのうえで、今回の武力衝突を受けてソーシャルコンパスが団体声明として制作したアニメーションも紹介しました。

自文化を見直す動きが加速 表現を通じて模索する未来

 他方、中村さんは、今回の衝突を通じて、自文化を見直す動きが加速しているのも感じていると指摘しました。例えば、カンボジア発の人気コーヒーチェーン、「ブラウンコーヒー」が今年4月、著名なカンボジア人建築家であるバン・モリヴァン氏の邸宅を買い取って改装したカフェ兼ギャラリーは、伝統建築と現代文化が融合したスタイルで、日常的にアートに触れられる新たな拠点として現地で話題になっているといいます。

カンボジア発のコーヒーショップであるブラウンコーヒーは今年4月、ヴァン・モリヴァン氏の自宅を買い取り、カフェ兼ギャラリーとしてオープンした(2025年7月15日撮影、中村さん提供)

 これを受けて、構さんが、パレスチナのヨルダン川西岸ベツレヘムにある分離壁を訪ねた際、世界のさまざまなアーティストたちのメッセージが描かれていたことを紹介。抑圧下の人々がアートという形で思いを発露し、昇華させるという動きはカンボジアにもあったのかと中村さんに尋ねると、中村さんは「カンボジアでは、ポル・ポト時代に知識人とともに、多くの芸術家も殺害されたため、40代以上のアーティスト層は希薄」と回答。そのうえで、「いろいろなNGOなどの支援を受けて育った30代以下の若者が今後、平和をどう表現していくかが、国際的にも大きな意味を持つ」「ソーシャルコンパスとしては、今後、子ども向けワークショップを再開して次世代を育成するとともに、アートを通じて癒やしと希望をコミュニティに取り戻したい」と、意気込みを語りました。

 内戦の記憶と歴史の重みを抱えるカンボジアにとって、文化活動の再生は「平和をつなぐ力」となるかもしれません。戦争の余波が続く中、暴力ではなく、文化と表現を通じた未来を模索する動きが着実に芽生えています。

震災前のマンダレーを記録したフォトギャラリーなどの紹介も

 番組ではこのほか、「社会を読み解く」「報道を読む」「世界写真館」の新着記事も駆け足で紹介しました。

 「社会を読み解く」からは、まず、中国に詳しいジャーナリストの福島香織さんが執筆した「中国を追われた風刺漫画家が日本に伝えたいメッセージ」(2025/7/30付)を紹介。中国の習近平政権ににらまれた表現者が、第三国に移ってもなお、工作員により言動を見張られ、狙われているという事実を紹介しました。

 また、「藤元明緒監督『LOST LAND/ロストランド』が第82回ベネチア国際映画祭に選出」(2025/7/22付)では、少数派イスラム教徒ロヒンギャの人々の証言を元に、難民たちが辿る旅路を無国籍の子どもの視点から描いた『LOST LAND/ロストランド』が第82回ベネチア国際映画祭で「オリゾンティ・コンペティション部門」に選出されたことを玉懸が速報で紹介しています。主演の姉弟をはじめ、総勢200人以上の出演者は皆、ロヒンギャで、全編にわたり海外ロケで撮影された作品です。

 「国際医療支援の現場から」(第一話)(2025/7/25付)は、各国の緊急医療支援に従事してきた国際看護師の高橋未来さんが、自身の経験を振り返って現地の医療従事者の目線で伝える新連載の初回。治安が崩壊しギャング同士の武力衝突に市民が巻き込まれるハイチにおける医療支援の現場を生々しく伝えています。

 「報道を読む」からは、「存在感を増すBRICSを東南アジアはどう見ているか」(2025/8/17付)、「ようこそ、不公平な貿易の時代へ」(2025/8/7付)、「地球沸騰時代のアジア 深刻化する熱波による影響」(2025/7/31付)、「「最悪のシナリオ」が進行しているガザの飢餓」(2025/8/9付)、「パンデミックの先に 終わりなき感染症と闘うアジア」(2025/7/29付)、「トランプ米大統領をノーベル平和賞に推薦したパキスタン政府に批判が噴出」(2025/7/28付)、「韓国、新政権発足から2カ月 期待された「変化の風」は吹いているか(2025/8/2付)」の記事を紹介しました。

 「世界写真館」からは、写真家の新畑克也さんが、ミャンマー西部のラカイン州でロヒンギャの若い母親と赤ちゃんを撮影した「【Pray for Myanmar】ロヒンギャの村で」(2025/7/22付)、旅フォトグラファーの三田崇博さんが今年3月末の地震により多くの遺跡が倒壊したミャンマーの古都マンダレーの復興を願い、かつて現地を訪ねた時の写真をメッセージとともに綴った「【Pray for Myanmar】震災から4カ月 在りし日の古都マンダレーに思いを馳せて」(2025/8/5付)、そして写真家の米屋こうじさんがスリランカの駅で雨に濡れた車窓越しに子どもたちを撮影した「雨季の窓辺」(スリランカ)(2025/8/16付)を紹介しました。

                     *

 2024年9月に始まったドットワールドと8bitNewsとのクロスメディア番組「月刊ドットワールドTV」は、おかげさまで1周年を迎えます。また、ドットワールドのロゴは、2019年7月の創刊時にSocial Compassのカンボジア人デザイナーに依頼して制作してもらったものです。節目のタイミングで共に発信できたことを嬉しく思っています。

 ドットワールドは、これからも違いを受容し合える平和で寛容な一つの世界を実現する一助となることを目指し、現地の人々から見た世界の姿やさまざまな価値観、喜怒哀楽を伝えていきます。引き続き宜しくお願いします。

 

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