小原浩靖監督作品「日本人の忘れもの フィリピンと中国の残留邦人」 
国の義務と責任を問う実録映画 7月25日より東京・ポレポレ東中野ほか全国で順次公開

  • 2020/6/20

75年前の問題が警告する現代の危機          

 映画では、支援の動きも詳細に描かれる。中国残留孤児に関わる経緯とともに紹介されるのは、政府による公開調査や訪日調査に先駆けて孤児たちを顔写真入りで特集し、紙上で肉親探しを開始した朝日新聞の記事をはじめ、長年にわたって取材を続けている女性記者や、集団訴訟で彼らと共にたたかった2人の弁護士、帰国後の暮らしを見守る介護施設「一笑苑 板橋」のスタッフなど、さまざまな局面で彼らに寄り添い、共に憤ったり喜んだりしてきた支援者たちだ。

中国に残され小学校の教師になった後、77年に帰国した佐藤陽子さん(右)。撮影当時は認知症と不安神経症を患っており、今年2月に逝去した。左は介護施設「一笑苑 板橋」で働く帰国3世の三上貴世さん (c) Kプロジェクト

 一方、フィリピン全土で1000人を超える残留2世たちを支援する人々も並々ならぬ思いを抱えている。NPO法人フィリピン日系人リーガルサポートセンターのメンバーたちは、フィリピン全土から名乗り出てきた2世たちに行った聞き取りを基に国内で外務省所蔵の資料を検索し、一人一人身元を確認するという地道な作業を続けている。前出の河合弁護士は、家庭裁判所に申し立てを行って戸籍のない人の本籍を新たに設定し、戸籍を作る就籍支援に奔走する。最近は、フィリピン政府や、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)も支援に動き始めたという。

身を隠すように生きた残留者を訪ね、ジャングルを歩くフィリピン日系人リーガルサポートセンターのメンバーたち (c) Kプロジェクト

 彼らの熱意が明らかになるにつれ、今なお問題を認めたがらない日本政府の後ろ向きな姿勢が一層、際立つように感じるのは、偶然ではない。詰め将棋のように支援の動きを一つ一つ積み上げて日本政府を追い込み、行動を迫る――。それが小原監督の作戦だった。

 狙いは的中し、試写会では「東日本大震災で発生した福島第一原子力発電所の事故や、新型コロナウィルスの感染が船内で拡大したダイヤモンドプリンセス号を連想した」との声が寄せられたという。本作は、75年前の残留問題を通じて「有事の際は見捨てられる」という切迫した危機感を現代のわれわれに突きつけている。

「日本人として認められたい」

 映画の中盤、再びフィリピンを尋ねた河合弁護士から就籍が認められたと告げられると、2世たちは安堵の笑みを浮かべて喜ぶ。その穏やかな表情に胸が締め付けられるのは、「日本人として認められたい」というささやかな望みがかなうまで費やされた時間の長さと重さを痛感させられるからだろうか。

映画「日本人の忘れもの」は7月25日より全国で順次公開される (c) Kプロジェクト

 ラストシーンには、冒頭で登場した赤星ハツエさんが再び登場する。「また来なさいね」。そう言って、手を振りながら撮影隊を見送る姿は非常に自然で、幼い頃にハツエさんの父親がそう言って来客を見送っていたことを思わせる。ハツエさんが確かに日本人であることを強く印象づけるシーンだ。

 中国残留孤児は、3度捨てられたと言われている。旧満州で置き去りにされた時、日中の国交が回復しても帰国措置が取られなかった時、そして帰国を果たした後に十分な生活支援が受けられなかった時だ。日本政府はこの上さらに、フィリピン残留邦人2世に対しても知らぬ顔を続けるのか。父親の祖国である日本を想い続ける彼らに残された時間は、あとわずかしかない。

 

( 映画「日本人の忘れもの  フィリピンと中国の残留邦人」公式ホームページ:https://wasure-mono.com/

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