ミャンマー北部で展開された「1027オペレーション」の裏側を読む
中国がミャンマー内戦を仲介する背後に透けて見える狙いとは

  • 2023/12/13

中国による潜入捜査が引き金に

 中国国内で深刻化しつつあった電信詐欺の被害を取り締まるために、習近平政権はコーカン自治区の各ファミリー内に潜入捜査官を送り込んでいたらしい。
 明ファミリーが仕切る電信詐欺拠、通称「臥虎山荘」(クラウチングタイガーヴィラ)で2023年10月20日に戦闘が発生した。「クラウチングタイガーヴィラ事件」だ。
 公式な発表も報道もないが、関係者からの聞き取りを総合すると、囚われて詐欺犯罪に加担させられていた中国人が脱走を試みた際、明ファミリーの私兵がこれを阻止しようと銃撃し、70人以上の死者が出たという。その中に、少なくとも4人の中国側の潜入捜査官が含まれていたらしい。これについては、中国の潜入捜査が入っているという情報を得た明ファミリーが囚われの中国人を別の場所に移動させようとした際、中国人が脱走を試みたという説や、潜伏中の中国人潜入捜査官が中国公民を脱出させようとして失敗したという説など、情報が錯綜しているが、いずれにせよ、潜入捜査官を含めた中国人が大量に殺害されたことで習近平政権が激怒したことが引き金となり、電信詐欺拠点を殲滅させる「1027オペレーション」が発動されたという。
 10月27日以降、反ミャンマー軍事政権の武装勢力、MNDAA(コーカン族)、タアン民族解放軍(TNAL、トーアン族)、アラカン軍(AA、ラカイン族)の「三兄弟同盟(スリーブラザーフッドアライアンス)」が共同で攻撃を仕掛け、シャン州内の軍事政権前哨基地を100以上占領。中国との国境貿易の窓口となっていた村を含め、少なくとも4つの村の実権を奪った。この戦闘により、シャン州北部の国軍司令官アウン・キョー・ルイン准将ら、国軍の有能な将官兵士が大勢亡くなったと言われている。

コーカン地方の軍事基地付近で警備するミャンマー国家民主同盟軍(MNDAA)の15歳の兵士(写真右)。(2015年3月12日撮影)(c) ロイター/アフロ

 三兄弟同盟がまず攻撃の目標にしていたのは、ミャンマー国軍傘下の国境防衛隊(旧MNDAA親ミャンマー派、BGF)の支配地域の奪還だが、この内戦を仕掛けたのが実は中国であることは、ほぼ間違いないと言われている。

 この作戦が中国と共闘で行われたことは、MNDAAのスポークスマンである李家文がボイス・オブ・アメリカなどの取材に答え「中国の犯罪集団および中国人身売買防止のための取り組みに我々も深く参与している」という表現で言明している。

 1027オペレーション後、ミャンマー国軍は遅まきながら明学昌らを逮捕して引き渡すことで、中国との関係を修復しようとしている。明学昌はその逮捕中に自殺した、ということになっているが、ミャンマー国軍と詐欺犯罪組織の関与を中国側に漏らさないように「自殺させられた」のかもしれない。

内戦に乗じて軍事介入か

 注目すべきは、今回の中国の軍事的な動きが、単にミャンマー北部の詐欺拠点の壊滅や誘拐された中国人の救出、解放だけを目的として行われたのか、という点だ。

 この1027オペレーションによってミャンマー国軍は報道されている以上の規模の損失を受け、2021年2月の軍事クーデター以来、最も弱体化を余儀なくされており、ミャンマーが国家分裂の危機に瀕していると言われている。中国がミャンマー国境で軍事演習を行ったり、ヤンゴンに「親善訪問」をしたり、ミャンマー国軍との合同演習という名目で軍艦3隻を寄港させたりする背景には、ミャンマー内戦の激化に乗じて軍事介入する狙いがあるのではないかという見方は、しかるべくして生まれるのだ。結果的に中国が和平を仲介するという形になったものの、ミャンマー軍事政権側と反政府武装集団側の話し合いが最終的にどう決着するのかについては、まだ観察の余地がある。

中国が一帯一路構想の事業の一つとして建設した中国ラオス鉄道(2021年12月撮影)(c) wikimediacommons

 中国による東南アジア諸国の属国化は、習近平政権になって急速に進んでいる。ミャンマーをはじめ、ラオスやカンボジア、タイなどでは、経済的な観点のみならず、治安維持の観点からも中国への依存度が増しており、中国公安系の捜査員の隠密活動が黙認されているのが現状だ。米国をはじめとする西側社会は、南シナ海における中国とフィリピンの緊張激化や台湾海峡を取り巻く情勢に目を向けがちだが、実のところ、東南アジアの中で最も不安定で、かつ中国の軍事活動の拠点になりやすいのは、ミャンマーではないか。ミャンマー周辺の動きを慎重に見守る必要があるだろう。

 

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