「同じ時代を共に生きている他者に関心を」
詩集『声をあげずに泣くひとよ』を出版した高細玄一氏の思いとは

  • 2023/6/8

 さまざまな形で生存を脅かされ、命を奪われた国内外の社会構造の犠牲者たちを詠んだ詩集『声をあげずに泣く人よ』(コールサック社)の発売からまもなく1年。62歳にして初めての詩集を出版した高細玄一さんは、その後も「声を出せない人の声になる」ことを胸に創作を続け、インターネット上で発表し続けている。世界の人権状況が悪化の一途をたどり、日本でも入国管理法改正案の議論が尽くされないまま立法化されようとしている中、今も多方面から感想が寄せられている同氏の創作活動に通底する「取り戻すことのできない喪失感」について考える。

初の詩集『声をあげずに泣く人よ』を出版した高細玄一さん(筆者撮影)

年間で約500編を創作

 詩集では、コロナ禍のあおりを受けて解雇された非正規雇用労働者や、建設現場の労災の被害者、都会のバス停で男に殴られ孤独死した路上生活者の女性、人を人として扱わない日本の入国管理局によって死に追いやられたスリランカ人女性、祖国で起きたクーデターに反対して自由を求め銃殺されたミャンマーの女子大生、故郷で晩年を過ごすために1986年のチェルノブイリ原発事故で居住が禁止された立ち入り制限区域内に戻ってロシア軍の侵攻を受けたウクライナ人高齢者など、社会の大きな力に蹴散らされ、声をかき消されて闇に埋もれていく国内外の人々を描く。  

                  *

 高校時代から断続的に詩を詠み始め、結婚後は年に一度、妻や娘と共に年賀状代わりに家族新聞を発行して家族の記録を詩に詠み続けてきた高細さんが、社会情勢について積極的に取り上げるようになったのは、2020年頃からだ。

 この年、コロナ禍のあおりを受けて失業した非正規雇用の女性の自殺が相次ぎ、コロナ対策の助成金や給付金、東京五輪の開催を巡って社会の分断が深刻化したうえ、60代の路上生活者の女性が深夜、都会のバス停で男に殴られて亡くなるなど、殺伐とした事件が発生。翌年には名古屋入管に収容中のスリランカ人女性、ウィシュマ・サンダマリさんが亡くなるなど、日本社会の在り方が問われた。その一方で、香港やミャンマー、アフガニスタン、ウクライナなどでも人権状況が危機に瀕し、声をあげようとしては命を落としていく人々の姿が連日伝えられるなど、「人類の生存が多面的に侵される重大な危機の時代に入った」と痛感する出来事が続いた。

 しかし、こうしたニュースがセンセーショナルに報じられ、騒がれるのはほんのひと時で、あっという間に人々から忘れられていくことに苛立ちを募らせていった高細さん。同時に、自分もそんな社会の一員であることにいたたまれなくなり、「せめて記録に残さなければ」との思いから、「一種取りつかれたように」ニュースを題材にした詩を詠んでは、ネット上のメディアプラットフォーム「note」上で発信を始めた。以来、これまでの3年間で詠んだ詩は約500編に上り、うち36編がこの詩集に収められている。この世界に確かに存在していた生命が人の手によって断たれた事実をできるだけリアルに感じてほしいとの思いから、日本と海外、どちらで起きた事件であれ、犠牲者は生前の姿やエピソードとともに、できるだけ本名で記録する。

ニュースの人物の素顔を記録する

 例えば、詩『チャル・シンはミャンマーの大学生』では、ミャンマーで2021年2月1日に起きたクーデターに反対するデモに参加中、後頭部を撃たれ亡くなった古都マンダレーの女子大生、チャル・シンを詠んだ。その死は、Tシャツに書かれた「Everything will be OK」という言葉や、「もし自分が死んだら角膜や臓器を提供したい」と投稿していたSNSの言葉とともに広く知られるようになったが、高細さんはあえて彼女の素顔を描写する。

「チャル・シンはミャンマーの学生/チャル・シンは明るい。普段から「天使」の愛称で親しまれている。/好きなことは音楽を聴くこととアニメを見ること。わたしが人生で一番幸せだったのは、選挙ができた時。去年の選挙は私にとって人生で初めて投票ができた日でした。」
 
「チャル・シンはミャンマーの普通の大学生だ/日本でITを勉強している大学生/暇な時間はゲームをしている大学生と同じ/そんな大学生だった。1番実現したい夢は友達と一緒に3日間の旅行に行くこと。そう思っていた ミャンマーの大学生。その夢はもう実現できなくなった。」
 
「ミャンマーのチャル・シンは仲間たちから太陽と呼ばれるくらい 明るい大学生だった/独裁政権に 殺されてしまった。/3月3日の水曜日 無残に。ただ普通の学生生活を過ごしたかっただけなのに。殺されてしまった。」
 

 一方、詩『こうちゃん』では、横浜の解体工事現場で吸い込み続けたアスベストによる肺ガンが脳に転移し、59歳で亡くなった中里光一さんを詠んだ。重層下請構造の底辺で来る日も来る日も頭のテッペンから足の先まで真っ白になりながら働いていた労働者の過酷な日々が赤裸々に記録されている。

「十月五日最期の日/朝から呼吸が荒くなり/娘が「パパ!」とよびかけた時に片目をあけ/そのまま逝ってしまった/別れの言葉も言えなくて/なぜ死ななければならないのか/自分でも納得出来ないまま」

 という一節からは、不器用ながらも妻や子どもたちを大切にしてくれていた優しい夫がなぜ突然、死ななければならなかったのか、10年経っても理解できずにいる妻の深い悲しみが、中里さん自身の無念さとともに伝わってくる。それは、人の命よりも経済効率性が席巻する今日の日本社会からはじかれ、普通に生きようとしても生きられない人々の現実に他ならない。

「忘れてはいけないこと」を忘れないために

  もっとも、当事者に成り代わって発信することはできない以上、本人が実際にどう思っていたのかは、ある程度、調べたうえで想像しながら書かざるを得ず、現実と違う部分があるかもしれない。「それでもこの時代の声のひとりとして、おそらくこうだったのではないかと私が思う形で現実を切り取り、メッセージを込めて詩にすることで、多くの人に読んでもらい、感じてもらうことが大切」だと高細さんは話す。不必要なレトリックは使わず、読む人に判断してもらう余地を残すのも、「その場で起きたことをちゃんと残しておけることが詩の魅力」だと考えているからだ。

 高細さんがこう考えるようになったのは、高細さん自身が父親と弟を相次いで亡くした経験が大きい。末期癌の告知を受けた父親を自宅に引き取り、3年間介護をして2019年に見送った翌年、うどん屋の店長をしていた弟が急逝したのだ。詩集には、晩年の父親との思い出や他愛もないやり取り、ふと思い出す在りし日の弟の姿を、表情や周囲の様子とともに描いた詩も多く収録されている。報道で初めて知った人物から家族まで、さまざまな対象を詠んでいるにも関わらず、不思議に違和感がないのは、どの詩もかけがえのない存在が失われたことを悼む「取り戻すことのできない喪失感」に溢れ、それぞれの人物の生き様を記録にとどめようとするまなざしが一貫しているからではないだろうか。「人間はすぐに忘れる生き物だが、家族のことであれ、社会のことであれ、忘れてはいけないことがある」と高細さんは訴える。

 詩集を刊行後もほぼ3日に一編のペースで詠んできた詩の中には、各国で差別や弾圧の対象になってきた「国を持たない最大の民族」クルド人の苦境や、タリバンの復権により自由を奪われたアフガニスタンの女性など、厳しさを増す世界の人権状況を危惧する作品も少なくない。昨年10月には、ミャンマー軍の空爆により母親と弟を亡くした悲しみを抱えながら募金活動を続ける在日ミャンマー人の女性にミャンマー人記者がインタビューしたドットワールドの記事「炎に包まれた故郷の村 ある在日ミャンマー人女性の絶望と決意」に着想を得て、詩『サガイン管区エィンバウンダイン村の惨劇』を詠んだ。

「ほんとうの惨劇は 誰にも知らず/記録もなく 歴史にも残らず/権力者は嘯くうそぶく/抹殺された数百万人は「数」だが わたしの名は残る」

 という冒頭の一節には、記録に残されることなく歴史に埋もれていく惨劇にも、その中の一人一人に思いを馳せようとする高細さんの変わらぬ姿勢が表れている。

自分の可能性を信じられない時代のひずみ

高細玄一詩集『声をあげずに泣く人よ』(2022年7月、コールサック社)

 詩集の冒頭には、タイトルにもなった序詞『声をあげずに泣く人よ』が収められている。

「声をあげずに泣く人よ/その声がどうか/地の底へ届きますように/今日の日を忘れず/過ごせますように/今日をどうか/生きて過ごせますように」

 あまりに不条理な現実を前にして声をあげる勇気やエネルギーすら枯渇し、ただ心の中で泣いている人から、社会の格差や断絶の中に埋もれて声がかき消された人、理不尽な形で命を奪われ、声をあげられなくなった人、さらに一見、普通に暮らしているようで、癒えない傷や喪失感を内に抱えている人など、さまざまな「声をあげずに泣く人」に思いを寄せ、その声なき声を届けることを誓っているかのようだ。

 他者と共に苦しみ、共に悲しむ詩を通じて、同じ時代に共に生きている人に起きた出来事に関心を向け、社会と関わろうとする人が増えてほしい。そんな願いを込めて、高細さんはこれからも声なき声に耳を傾け、創作を続けていく。

 

 

 

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