相次ぐ銃犯罪 タイとバングラデシュで問われる社会のひずみ
銃の氾濫、社会の抑圧、治安の弱体化――凶悪事件の背景を読み解く
- 2026/8/26
銃を使った凶悪事件が、アジア各地でも相次いでいる。タイでは8月、学校での銃乱射事件が起きるなど、銃が身近にある社会のあり方があらためて問われている。一方、バングラデシュでも殺人事件が急増し、治安の悪化が深刻な社会問題となっている。
なぜ、こうした事件が繰り返されるのか。タイの記事は、一つの事件を「加害者か被害者か」という単純な構図で捉えることに警鐘を鳴らし、銃の氾濫や、抑圧と暴力の関係に目を向ける。バングラデシュ紙は、政変後の警察機能の弱体化と銃の流通を背景に挙げる。両国の報道から相次ぐ銃犯罪の背景を考える。
「怪物」か「被害者」か 事件を単純化しない
タイ・ノンタブリー県の中高一貫校で8月7日、14歳の男子生徒が銃を乱射し、生徒や教師らが死亡した。少年は登校前、自宅で祖父母も殺害していたとされ、学校での乱射後に自ら命を絶った。一連の事件による死者は9人に上った。さらに、そのわずか3日後には同じ県で行政機関のトップが職場で射殺された。事件後には、タイ各地で子どもたちによる銃撃予告も相次ぎ、警察が捜査に乗り出したり、学校が臨時休校したりする事態となった。
タイの日刊紙カオソット英語版は8月13日付で、シニアスタッフライターによる評論「The Weeklong Attention Span: Thai Society, Violence and the Shooting Case at Debsirin Nonthaburi School(1週間しか続かない関心――タイ社会、暴力、デブシリン・ノンタブリー校銃撃事件)」を載せた。
筆者は、衝撃的な事件が起きても、人々の関心が3日程度、長くても1週間程度ほどで薄れててしまうことを問題視し、「短期間に単純化された分かりやすい結論に飛びつくのではなく、事件の本質に向き合うことが大切だ」と主張した。
事件後、SNSなどでは被害者や加害者についてさまざまな情報が飛び交った。加害者の少年が特定の教師から不当な扱いを受けていたとする批判や少年への同情が広がる一方、14歳の銃撃犯を「怪物」とみなす声もあった。犠牲者の父親が少年を「許した」ことを受け、事件に「感動的な結末」を望む人々も現れたという。筆者は、「年には「怪物」と「被害者」の両方の側面があるように見えるとしながら、どちらか一方に決めつけず、偏見を持たずに事件を見続けたいと述べる。
そのうえで記事は、視線を少年個人からタイ社会へと広げる。記事によれば、国内には1000万丁を超える銃が存在するという。国会議員にも銃の所有者がおり、資産公開で40丁もの銃を申告した議員もいたという。
「微笑みの国」とも呼ばれるタイだが、筆者は「実際は体面を保ち、対立を避け、表面的な平和と秩序の維持を極めて重視する『抑圧された社会』である」と分析。そんな権威主義的な社会で抑圧が限界レベルに達した時、人々が残忍な暴力によって「問題を解決」しようとする可能性がある、と指摘している。
「個別の事件」ではない 広がる治安への不安
バングラデシュでは今年3月から5月までの3カ月間に、全国で915件もの殺人事件が発生した。1日平均にすると約10件に上る。
英字紙デイリースターは8月21日付の社説「Deadly crimes a nationwide issue(凶悪犯罪は全国的な問題だ)」で、相次ぐ凶悪事件を個別の犯罪として片付けるべきではない、と警鐘を鳴らした。
その背景として社説が挙げるのは、2024年の政変に続く社会の混乱だ。警察による取り締まりが弱まる一方、大量の銃が流通し、凶悪事件の急増につながっているという。
社説は、「政府がこの問題の深刻さを認識し、これに応じた行動をとるべき時がきている」と指摘。「15年にわたる権威主義体制と1年以上にわたる政情不安を経て、国民は平和で法と秩序が保たれた状況を享受するに値する」と訴えている。
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タイの記事は、一人の少年を「怪物」として切り離すのではなく、その背景にある社会にも目を向けるよう促す。一方、バングラデシュ紙は、相次ぐ殺人を個別の事件ではなく、社会全体が抱える問題として捉える。
二つの記事に共通するのは、凶悪事件を加害者個人の問題だけで終わらせず、なぜ暴力が繰り返されるのか、その背景にある社会のあり方に目を向ける必要があるという視点だ。
(原文)
タイ:
バングラデシュ:
https://www.thedailystar.net/opinion/editorial/news/deadly-crimes-nationwide-issue-4253561











