病院はあっても医療は届かない 問われる「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ」
南アジアが直面する医療制度の見えない壁

  • 2026/7/23

 コロナ禍を経て、医療体制の強化は世界共通の課題となった。「病気になっても、すべての人がお金の心配をせず必要な医療を受けられる社会」。これが、世界保健機関(WHO)が掲げる「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)」の考え方だ。日本も国際医療支援の分野でこの考え方を重視している。しかし、病院や制度を整えるだけでは、その実現は容易ではない。

 ネパールとバングラデシュの主要紙は、それぞれ異なる課題を取り上げながらも、「医療制度は人々の信頼と、それを支える人材・財源があって初めて機能する」と訴えている。

© Department of Foreign Affairs and Trade website / wikimediacommons

保険制度の立て直しを求めるネパール紙

 ネパールもUHCに取り組む国の一つだが、課題は多い。同国の英字紙カトマンドゥ・ポストは6月8日付の社説でこの問題を取り上げた。

 ネパールは、2030年までにUHCを実現するという「野心的な目標」を掲げ、2017年に国民健康保険制度(NHIP)を導入した。しかし、保険の更新率は約50%まで低下し、制度そのものがゆらいでいえる。社説は、その背景に資金不足や制度運営の脆弱さがあると指摘する。

 社説によると、NHIPの運営を担う健康保険委員会は、財政難を理由に今年6月から民間病院での外来診療への保険適用を停止した。その結果、多くの患者が国営や公営の病院に集中し、外来診療は過密状態となっている。一方で、民間病院を利用すれば高額な医療費を自己負担しなければならず、「保険に加入していても十分な医療を受けられない」という矛盾が生じている。

 社説は、「保険とは根本的に信頼に基づく契約であり、財政危機がどれほど深刻であろうと、それを理由に約束を反故にしてはならない」と、政府に制度の立て直しを求めている。

バングラデシュ紙は医療人材の育成と採用を訴え

 一方、バングラデシュでは病院の増床が進められている。バングラデシュ保健省は4月下旬から5月だけでも9つの病院で1000床を超える増床を承認した。しかし、同国の英字紙デイリースターは、6月23日付の社説で「医療従事者が足りないという根本的な問題を解決せずに病床だけ増やすのは、すでに逼迫している医療システムへの負担を増大させ、そのツケは患者が被ることになる」と警鐘を鳴らす。

 実際、公立病院では医師定員4万人余りのうち、約2割が空席になっており、多くの病院では患者が病室だけでなく、床や廊下でも治療を受けているという。

 社説は、「病院や病床が必要なのは間違いないが、医療従事者を確保する計画を立てないまま施設の整備だけ進めることは、資源の浪費だ」と指摘し、人材の育成と採用を優先すべきだと訴えている。

                    *

 ネパールでは制度があっても財源が足りず、バングラデシュでは施設があっても人材が足りない。課題は異なるが、両国の社説が共通して示しているのは、「誰もが必要な医療を受けられる社会」は、制度や建物だけでは実現できないという現実だ。医療への投資は、同時に人への投資でもあるということが、改めて伝わってくる。

 

 

(原文)

ネパール:

https://kathmandupost.com/editorial/2026/06/08/universal-health-coverage-needs-more-state-support

バングラデシュ:

https://www.thedailystar.net/opinion/editorial/news/without-doctors-what-good-will-extra-hospital-beds-do-4205616

 

 

関連記事

 

ランキング

  1.  2021年2月のクーデターから5年あまりが経ったミャンマー。2025年末から2026年初めにか…
  2.  アメリカと中国は、2026年9月に開かれた首脳会談で、人工知能(AI)のリスク管理に向けた対話…
  3.  タリバンがアフガニスタンで再び政権を掌握してから、今年8月で丸5年。その節目に…
  4.  ネパールと中国の国境沿いで8月26日、大規模な鉄砲水と土石流が発生しました。原因の一つとして指摘さ…

ピックアップ記事

  1.  2026年8月、ネパール中部を大規模な土石流が襲いました。ヒマラヤでは気候変動に伴う氷河の融解…
  2.  2017年8月25日、ミャンマー西部ラカイン州でロヒンギャの武装勢力が国境警察施設を襲撃したことを…
  3.  ミャンマー西部ラカイン州に多く暮らす少数派イスラム教徒ロヒンギャ。長年にわたり市民権を認められ…
  4.  2016年7月1日にバングラデシュの首都ダッカで発生したホーリー・アーティザン・ベーカリー襲撃テロ…
  5.  2016年7月1日夜、バングラデシュの首都ダッカで、日本人7人を含む多くの命が奪われたホーリー…
ページ上部へ戻る