ワクチン外交と知財保護で揺れる米国
特許権の一時停止に同意したバイデン大統領の真意は

  • 2021/6/16

途上国向け供給量大幅増で妥協か

 知財の問題が短期的に解決できない以上、喫緊の課題であるワクチンの供給拡大のためには現実的なソリューションが求められる。途上国から「利己的だ」と批判を受ける欧米諸国の政府や製薬企業が、特許権の一時停止に賛成するジェスチャーを示したり、途上国に供給するワクチンを大幅に増加したりしたのは、批判をかわす上で必要なアクションだったと言えよう。先進国にとって今大切なのは、ともかく生産キャパシティの増強を行い、知財を守るということだ。では、具体的にどのような方策で供給を増やすのか。

 前出のブルームバーグのクルック氏は、「ワクチンの生産を最短期間で増大させるには、ワクチンメーカーが途上国の信頼できるパートナーにライセンスを供与し、自主的な生産能力を増強させるしかない」と、論じている。具体的には、ライセンス契約にワクチン製造にまつわる企業秘密の開示禁止条項を盛り込むことで、ワクチンメーカーを安心させ、積極的なライセンス供与を後押しするという。

 一方、製薬企業からは、ワクチンの原材料の供給を確保すれば、途上国向けの出荷を迅速に増やすことができるとの声が上がる。主要ワクチンメーカーであるファイザーのアルバート・ブーラ最高経営責任者(CEO)は、「製造能力の増強は、弊社にとって究極的な問題ではない。だが、知財が一時停止され、各国がそれぞれにワクチン製造を始めれば、原材料の奪い合いが起こり、十分な量のワクチンが製造できなくなる」と懸念する。同社のワクチンは、19カ国から輸入した280種もの原材料から製造されているためだ。

先進国と途上国の知財に関する立場の隔たりは埋めがたいが、落しどころはあるようだ © Monstera / Pexels

 こうした理解を基に進められているのが、ワクチンのライセンスを供与して現地生産を開始する代わりに進められているのが、先進国で製造されたワクチンの途上国への供与量を大幅に拡大する構想だ。米有力紙「ワシントン・ポスト」は、社説で「欧米諸国は製造能力と原材料の確保量を拡大し、ワクチンの供給量を増やすべきだ」と主張。「その方が、知財を一時停止するよりはるかに効果的だ」と訴える。

 こうした動きに呼応するように、WHOのテドロス事務局長は、ワクチン製造企業に対して、COVAXに新規製造分の先買権を与えるか、製造ワクチンの半数を供給するよう呼び掛けた。自身が途上国のナイジェリア出身であるWTOのヌゴジ・オコンジョイウェアラ事務局長も、「ワクチン特許の一時停止では足りない」と述べ、先進国にワクチンの寄附や輸出拡大を求めている。

 知財に関する不毛な論争芝居はこれぐらいで止め、先進国と途上国が歩み寄れる「供給量の大幅増」で手を打ちましょうというフェーズに入ったようにも見える。そしてそれは、製薬企業が知財や企業秘密を守る代わりに、途上国向け製造分について、より少ない儲けでガマンするという一種の「取引」の観もある。

 ちなみに、ファイザーは2021年にコロナワクチンの売り上げを260億ドル(約2兆8457億円)、モデルナは190億ドル(約2兆796億円)と見込んでおり、両社とも利益は大幅に伸びそうだ。

命を守るワクチンに関する論争はこれからも続く © Anna Shvets / Pexels

 こう考えると、命を守るワクチンに関する論争は、富める国と貧しい国の議論がかみ合わないまま、先進国が無償か安価でワクチンを供給し、供給量を迅速かつ大幅に増やすという妥協点で決着を見そうである。バイデン政権による知財の一時停止への同意は、逆説的に、知財とそこから生まれる利潤をより強固に守るための「方針大転換」だったようだ。

 

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