AI大量失業の言説に揺れるアメリカ社会
「経営課題を覆い隠すための口実」に振り回されないために
- 2026/1/8
日進月歩の人工知能(AI)によって、人間の労働者が大量に置き換えられる日は近い――。そんな研究結果や分析が続々と報じられるなか、AI先進国であるアメリカでは、若年労働者やホワイトカラー労働者などが「AI大量失業」に対してぜい弱だという指摘が盛んに聞かれるようになっており、その理由とともに盛んに議論されている。

人間以上の能力を備えたAIの登場によって大量失業が起こるのだろうか (c) MBA Knowledge Base
この背景には、アメリカ社会で企業の求人数が低下の一途をたどり、失業率が高まっていることに見られる労働市場の軟化があり、人々はAI失業に対して不安を募らせている。
その一方で、少数派ながら「AIが大量失業をもたらすという事実は確認されておらず、誇張された言説だ」「社員をAIに置き換えることで将来的に大きな損失が生まれるため、企業は慎重であるべきだ」といった主張もあり、注目されている。
これらアメリカの「AI大量失業」言説をめぐるせめぎ合いを読み解く。
進む置き換えと費用節約への期待
今日のAIの基礎となるテクノロジーを開発し、2024年のノーベル物理学賞を受賞して「AIの父」と呼ばれるカナダ・トロント大学のジェフリー・ヒントン名誉教授が2025年10月、アメリカのブルームバーグテレビに出演し、「大手企業では今後、多くの労働者の業務をAIに置き換える動きが広がるだろう。莫大な費用の節約になるからだ」と述べた。
またブルームバーグ通信は翌11月、「アメリカ社会では長く、採用も解雇も低い水準にとどまっていたが、近年、名の知れた大手企業が大規模な人員削減に踏み切り始めている。その急速なペースは、AIや自動化の進展を背景に経営層が社員の解雇をためらわなくなりつつあることを示唆している」という解説記事も配信した。
さらに、アメリカの転職支援大手、チャレンジャー・グレイ・アンド・クリスマス社は12月、「2025年1~11月期に解雇された労働者のうち、企業側が解雇理由として“AIによる代替”を挙げたのは5万4694人に上る」と発表した。
実際、アメリカのEコマース大手のアマゾンのアンディ・ジャシー最高経営責任者(CEO)は2025年6月、「今ある仕事の一部はAIに置き換えられ、社員は今より少なくてすむようになるだろう」と社員に宣言し、その言葉通り10月には1万4000人を解雇した。業務のAI化を進める米コンサルティング大手マッキンゼー・アンド・カンパニーも11月、グローバルテクノロジー業務を中心に約200人を削減した。こうした動きは氷山の一角と見られ、AIにより解雇された労働者の数は実際にはもっと多いと思われる。
また、氷山の一角なのはAIによって代替可能な仕事の方であり、AIに脅かされる業種は今後もっと増えるだろうとの説もある。

AIで代替可能な職種は氷山の一角であり、実際にはAIに脅かされる仕事はかなり多いとの説もある (c) Oak Ridge National Laboratory
こうした動きと相前後してスタンフォード大学は2025年8月、新入社員が行うレベルの業務をAIに任せ、新卒者の採用を控える雇用主が増えつつあることを示唆する研究を発表した。
これは、アメリカの民間給与計算代行大手、ADPの給与支払いデータを分析したもので、2021年1月から2025年7月の間に給与の支払いを受けた2500万人分のデータを分析した結果、特に22~25歳の若年層において、ソフトウェア開発やカスタマーサービス、事務職など、AIに対する露出度が高い職種の雇用が13%減少していることが認められたという。
同じ時期にロイター通信が世論調査大手のイプソスに委託して4446人のアメリカ人成人を対象に行った調査では、実に71%の回答者が「AIによって失業する人が多すぎる状態になることが心配」だと答えている。

2025年8月の世論調査では、「AIのために失業する人が多すぎる状態になることが心配」だという回答が71%に上った(c) Reuters
求人数や失業率との因果関係は
こうしたなか、AIは多くの場面でまだ人間を代用するような実用レベルに達しておらず、雇用の減少もAI導入との因果関係が見られないという声も挙がっている。
アメリカのマサチューセッツ工科大学(MIT)の研究者たちは2025年7月、「これまでアメリカ企業が生成AIプロジェクトに投じた金額は350~400億ドル(約5兆3686億円~6兆1355億円)に上るが、その95%が利益を生んでいない」という報告を発表した。
また、アメリカのニュースサイト「アクシオス」で経済記事を執筆するデレク・トンプソン記者は、2025年10月23日付の自身のブログで、「AIスタートアップであるOpenAIが大規模言語モデルのChatGPTでブームを巻き起こした2022年10月以降、アメリカのテック株式指標S&P 500が70%上がった一方、求人が30%減少したことを示すグラフがインターネット上に出回っている」と指摘。そのうえで、「この結果から、AIによって企業の利益が爆上がりする一方、AIによって人間の仕事が奪われている、と解釈する人が多い。しかし、実際には求人の減少はアメリカ連邦準備理事会(FRB)がインフレ対策のために利上げを開始した2022年3月から始まっており、トランプ関税によってさらに悪化している。AIと求人の間に因果関係は見られない」との見解を示した。
実際、OpenAIがChatGPTをリリースした2022年を境に、下のグラフの茶色の線で示されるS&P 500の株価が右肩上がりで上昇している一方、オレンジ色の線が示す求人総数が急落する「K字型」を形成しているように見える。しかし、グラフが示す「企業が新規雇用を控え始めた時期」は、ChatGPTが発表された2022年10月末よりも数カ月早いばかりでなく、むしろインフレ退治で後手に回ったFRBが2022年6月、7月、9月、そして11月に、通常の3倍の利上げ幅となる0.75ポイントもの政策金利引き上げを実施したことによって経済活動が冷え込んだ時期と符合している。

S&P 500の株価と企業の求人総数(c) Derek Thompson
また、失業の増加については、(9月は4.4%、8月は4.3%、7月は4.2%)。その一方で、アメリカ・サンフランシスコ連銀は2025年4月、景気のサイクルがもたらす循環的失業が増加していることを示す論考を発表した。この論考でも、失業の増加が必ずしもAIで引き起こされたとは言えないことが示唆されている。
また、アメリカのテック大手、IBMのアービンド・クリシュナ最高経営責任者(CEO)は、今が新型コロナウイルスのパンデミック期に行った過剰採用の調整期に当たるという見方を紹介している。
さらに、アメリカのCBSニュースも、第二次トランプ政権が進める関税政策によって経済の先行きが不透明であることから企業が新卒者の採用を控えていることが求人の減少につながっていると報じている。
これらを総合的に判断すると、AIにより大量失業が発生しているというのは誇張された言説であり、まだ懸念するレベルには達していないと言えよう。前出のコンサルティング大手、マッキンゼーが指摘する通り、「AIが人間の仕事を大量に奪っているわけではない」と言えそうだ。
「まだ人間を超えていない」3つの理由
ChatGPTが3年前に登場して以来、AIは目覚ましい進化を遂げた。しかし、まだ人間の労働者を代用できるレベルには到達していない。
事実、AI解雇を連想させる1万4000人のレイオフを行った前出のアマゾンについても、同社のクラウド部門AWSのマット・ガーマンCEOが2025年12月、「AIが駆け出しの開発者に取って代わることができない」として、3つの理由を説明している。
具体的には、①ベテランより、むしろ若手の方がAIをより上手く使いこなせる、②若い従業員は人件費も安く、解雇してもコストの削減効果は高くない、③若手社員を解雇することは、将来の会社を背負う層を断ち切ってしまう、という3つの要因だ。
つまり、アマゾンの大量解雇はAIに起因するものではなく、「より少ない精鋭人材で、より多くのタスクを完遂する」という、アメリカの近年の傾向が顕在化したものだったと言える。

最先端の大規模言語モデル(LLM)をもってしても、人間のフリーランスの作業を成功裏に代替できる率は最大でも2%台にとどまる(c) Semafor
1年前を思い返してみると、「きたる2025年は人間に代わってさまざまな仕事をこなすAIエージェントが実用化されるだろう」と予想されていた。しかし、AIはほとんどの場合、いまだに定型でリスクの低いタスクを単純化して代行するにとどまっており、複数の関連した多面的な作業を横断的に判断して遂行できる人間の労働者レベルには到達していない。
実際、2025年10月にブルームバーグのインタビューに答えて「大手企業は大量の雇用をAIに取って代わらせるだろう」と予測したヒントン教授は、遡ること10年前の2016年に「AIは今後5年以内にAIは放射線科医を超越する診断を下せるようになる。今すぐ放射線科医の育成を止めるべきだ」と宣言したが、実際には放射線科医の大量失業は起こらず、逆に新たな記録的需要があるという。
つまり、AIはある意味において放射線科医を排除したのではなく、彼らの生産性を向上させ、その新しい生産性が新たな需要を創出したと言える。
開発や管理の分野で新たに生まれる雇用
とはいえ、一部のセールス・マーケティング職や、カスタマーセンター、翻訳・通訳、データ入力、経理、法律事務所スタッフなどの業務はAIで置き換えできるものが増えて、限定的な「AI失業」が起こることは事実だろう。
それでも、AIが生産性を向上させれば、別種の需要が起こる可能性が高い。アメリカの有力シンクタンクであるランド研究所は、「特定分野の失業を生むはずのAIが、むしろAIに関連した雇用を増やす」という主張を打ち出して、注目されている。つまり、AIがもたらす生産性によって経済が拡大し、これまでにない分野で新たな雇用が生まれるというのだ。類似のパターンは、19世紀の産業革命や20世紀の技術革新など、アメリカ経済の労働構造が大きく変化した時期にも観察されたという。

アメリカにおける農業・非農業部門の従事者数の推移 (c) World Economic Forum
上図は、アメリカのコンサルティング大手のボストン・コンサルティング・グループが農業・非農業部門の従事者数の推移をまとめたものである。19世紀中盤までは、アメリカの人口の大多数が農業に従事していたが、左図は産業革命や工業化によって農業従事者が急減したことを示しており、右図はことを示している。
農業分野で減少した労働者を他の分野や産業が吸収したというのは、歴史的な事実だ。これまでに多くの産業が技術革新で淘汰され、失業者が生まれたが、そうした人材は別の産業で吸収されている(もっとも、賃金待遇については、向上する場合もあれば、劣化する場合もある)。
同様に、前述のランド研究所の考察は、AIに取って代わられ、職を失った人々の一部が、再訓練などを経て、逆にAIを管理したり開発したりする職に異動することもあり得ることを示唆している。
今後、こうした言説のせめぎ合いはより激しくなると思われる。多くの企業が経営上の失策によって必要になった解雇をAIのせいにしたり、為政者が自らの経済運営の手落ちによって景気が落ち込んだことを認めず、「AI失業」にすり替えたりする可能性があるからだ。だからこそ、こうした言説はエビデンスに基づいているのか、解釈により一層の慎重さが求められると言えよう。












