米国民はUSAIDの大幅縮小をどう見ているか
「人助けが好き」な人々が困窮する生活の中で支持する支援とは

  • 2025/4/8

 世界の人道支援に対して貢献してきた米国。しかし、今年1月に就任した共和党のトランプ大統領は、民主党のバイデン前政権時代に決まっていたほとんどの国際協力の停止を早々に発表したうえ、米国際開発庁(USAID)の解体に乗り出すという荒療治に打って出た。これにより、世界各地で米国の援助に依存していた食料や医療の人道支援、教育などの開発支援が一時的、あるいは恒久的に停止に追い込まれ、各地の難民キャンプや、多くの国と地域で人道上のパニック状態が発生している。
 こうしたなか、援助側である米国社会は、対外支援の縮小やUSAID解体の動きをどう受け止めているのか。また、現時点で「生き残っている」のはどのようなプログラムで、米国の援助は今後、どうあるべきなのか。現地で見られる報道や意識調査の結果を基に考える。

USAID援助の停止は人道上の危機をもたらすとして、国際援助団体や人権団体はトランプ政権を強く批判している。写真は、東アフリカのエチオピアでUSAIDから支援された穀物を手に取る現地の女の子 © Addis Standard / X

イデオロギー対立の様相を呈する民主党と共和党の主張

 米国社会では現在、USAIDをどう評価するかをめぐる民主党と共和党の主張がイデオロギー対立のような様相を呈しており、混迷を深めつつある。しかし、対象をUSAIDが1961年の設立当初から続けてきた人道・医療支援分野に絞ると、その評価は党派を超えて一致することから、まさにそれが対立の「落としどころ」になりそうだ。

 まず、米対外援助実績を有権者に公開している米政府のサイトForeignAssistance.govを基に、2023会計年度にUSAIDが支援した上位の国々を見てみよう。

2023会計年度におけるUSAIDの分配先を示した図。2022年2月にロシアの侵攻を受けたウクライナが160.21億ドルと突出している (c) Statista

 これによれば、2023会計年度にUSAIDから最も多くの援助を受け取ったのは、2022年2月にロシアに侵攻されたウクライナであり、その額は160.億2100万ドル(約2兆4042億円)と突出している。

 トランプ現政権は、当時のバイデン政権が行ったこの巨額なウクライナ支援について「多くが使途不明の“詐欺”」であり、「意味のない戦争を側面から支えるために支出された」として、やり玉に挙げている。親ロシア的な立場を鮮明にするトランプ大統領にとって、ウクライナ支援はUSAIDの廃止を決めた大統領令の「論拠」の一つになっている。

 これに対し、USAIDの監察総監室は2024年12月、「ウクライナ支援に詐欺はなかった」という調査結果を発表した。もっとも、これは事実上、民主党の身内による調査であり、トランプ政権下で覆される可能性があることには留意が必要だ。

 いずれにせよ、ニューズウィーク誌が3月29日付で報じた通り、ロシアがウクライナのエネルギー施設を攻撃したにより電気やガス暖房を使えなくなった人々にUSAIDが実施していた薪の提供や、攻撃の恐怖に怯える人々への精神的な医療支援は、トランプ政権下で一時、停止されたが、その後、人道的見地から一部が再開されている。

 次いで援助額が多かったのは、内戦下で食糧危機にあった東アフリカのエチオピアで、金額は16億7600万ドル(約2515億円)と、ウクライナより1桁少ない。同国への支援をめぐっては、現地に届けられた食糧が腐敗した中央政府と地方政府の役人によって市場や穀物取引業者へ組織的に横流しされたり、隣国のエリトリア軍に略奪されたりするなど、USAIDの支援と管理の杜撰さが次々と露呈したことが、記憶に新しい。

「米政府は年間156億ドル(約2兆3410億円)を対外人道支援目的で支出している。この金額は「増額、あるいは同規模で継続すべき」か、「減額すべき」か、あるいは「全額廃止すべき」か、という設問に対する回答 © School of Policy, University of Maryland

 こうしたなか、メリーランド大学公共政策大学院の公開聴取プログラムが、全米の成人1160人を対象に、2月6日と7日の2日間にわたり米国の対外人道支援に関する意識調査を実施した。

 まず、年間156億ドル(約2兆3410億円)という現行の援助規模については、「増額、あるいは同規模で継続すべき」「減額すべき」「全額廃止すべき」という選択肢のうち、56%が「増額あるいは同じレベルで継続」だと回答した(上図)。つまり、国民全体で見ると過半数が人道支援を支持していることが分かる。ただし、支持政党別に見ると、民主党支持者の70%が「増額、あるいは同規模で継続すべき」だと回答したのに対し、共和党支持者は42%にとどまっている。

「米政府は年間161億ドル(約2兆4160億円)を対外医療支援目的で支出している。この金額は「増額、あるいは同規模で継続すべき」か、「減額すべき」か、あるいは「全額廃止すべき」か、という設問に対する回答 © School of Policy, University of Maryland

 また、支援分野については、年に161億ドル(約2兆4160億円)が割かれている医療支援を「増額、あるいは同規模で継続すべき」だと答えた人が全体の64%に上り、米国民が他国の人々の健康を支えることを「情けは人の為ならず」だと理解していることが明らかだ(上図)。共和党支持者に限っても、50%が「増額あるいは同規模で継続すべき」だと答えている。

4割以上が「廃止」に賛成

 このように、米国の対外支援の中でも、人道・医療分野については支持政党によらず国民の支持が得られているものの、それ以外の分野では支持が得られていないようだ。

 ここで再び前述のメリーランド大学の世論調査の結果を見ると、民主主義や人権などの分野に対する年間26億ドル(約3902億円)規模の支援については、民主党支持者の76%、共和党支持者の47%、そして全体の60%が「増額、あるいは同規模で継続すべき」だと答えている(下図)。

 しかし、その設問はあくまで「民主主義・人権・報道の自由・法の支配」という、両党の支持者に共通する普遍的な価値観を尋ねるものであり、具体的な例は挙げられていない。

「米政府は年間26億ドル(約3902億円)を外国の民主主義・人権・報道の自由・法の支配を推進する目的で支出している。この金額は「増額、あるいは同規模で継続すべき」か、「減額すべき」か、あるいは「全額廃止すべき」か、という設問に対する回答 ©School of Policy, University of Maryland

 翻って、トランプ政権で政府効率化省(DOGE)を率いる世界一の富豪、イーロン・マスク氏らは、USAIDが東欧セルビアの「職場における多様性・公平性・包括性(DEI)推進プログラム」に150万ドル(約2億3200万円)、西欧アイルランドの「DEIミュージカル公演プログラム」に7万ドル(約1100万円)、南米コロンビアの「トランスジェンダーオペラ公演プログラム」に4万7000ドル(約730万円)、南米ペルーの「トランスジェンダーコミック出版事業」に3万2000ドル(約500万円)を、それぞれ支出していたことを明らかにした。

 一般的に、民主主義や人権の分野に分類されることが多いこのようなイデオロギー的な対外支援に対しては、異論が出たり、物議をかもしたりする可能性が大きい。もし、マスク氏が「摘発」した前述のような個別の支援事例が世論調査の設問の中で具体的に言及された場合には、民主主義や人権の分野の支援に対する支持率はさらに低下することが予想される。実際、トランプ政権は、これらの支援実績を「米国の利益に沿わない」「USAID本来の目的である人道支援ではない」と非難し、USAID廃止の論拠にしている。

 加えて、前出の調査では、回答者全体の41%と少なくない米国民がUSAID廃止に賛成しており、対外支援のあり方そのものが問われている(下図)。

「USAIDは廃止すべきか、維持すべきか」という設問に対し、全体の41%が「廃止すべき」、58%が「維持すべき」だと回答した。なお、民主党支持者に限ると、「維持すべき」が77%、「廃止すべき」が22%となっている。 © School of Policy, University of Maryland

 この先、世界の多くの人々が、食料や医療といった人間の生存に不可欠な支援を米国から引き続き受けられるようにするには、こうした支援と、賛否が分かれるその他の支援を分離することが必要ではないか。

国民の理解を得られる対外支援のあり方とは

 1961年に当時のケネディ大統領(民主党)が大統領令により設立したUSAIDは、1998年に当時のクリントン大統領(民主党)の下で米議会が「国務省から独立した外局組織」へと格上げされた。

 米議会によって正式に制度化された組織の廃止は、米議会の新法がなければできない。そのために、今、USAIDの存亡が連邦裁判所で争われているのだが、最終的な判断が下されるまでには時間がかかり、当面の大幅な規模縮小と近未来の閉鎖自体は避けられまい。

 米国の対外支援の動向を発信しているニュースサイトDevexが3月28日付で報じたところによれば、米国の援助関係者の間では、USAID廃止という現実に対応すべく、さまざまなアイデアが出されているという。

 具体的には、①対外支援担当の国務長官補のポストを新設する、②人道支援と開発支援を分離する、③解雇されたUSAID職員のノウハウを継承できる仕組みをつくる、④国務省やUSAIDの各地域担当局を統廃合する、といったことが挙げられる。

トランプ大統領(右)の盟友であり、世界一の富豪であるイーロン・マスク氏(左)は、自身が率いる政府効率化省(DOGE)の権限でUSAIDを「廃止」に追い込んだ © The Intellectualist

 ここで押さえておかなければならないのは、トランプ大統領再選の大きな原動力となった要因の一つが、生活の困窮に直面している米国民の多さだ。

 裏を返せば、民主党が大統領選挙で敗北した一つの要因は、国民がそこまで窮状にあるにもかかわらず、国内に多くの不法移民を流入させ、あまつさえ不法移民に対して巨額の生活援助を行ったために、政府から安易に支援が期待できない多くの米国人納税者たちの恨みを買ったためだと言える。

 今回のトランプ政権のUSAID廃止も、そうした理屈の延長線上にある。国民が苦しんでいるなか、対外支援の対象を絞り込み、納税者に納得してもらう形で実施する必要性が認識されている。

 メリーランド大学の世論調査でも示されたように、米国民は本来、人助けが好きであり、食料・医療分野の対外支援に対しては、超党派で支持を寄せている。今後はそんな米国民の性質や親切心を追求・強化し、米国から贈られた食料や医薬品が米国の国益に沿う形で現地の人の手に渡り、「米国の友人たちが助けてくれた」と喜ばれていることを伝えるという透明性が求められよう。

USAIDの年間予算の半分は、食料支援に充てられている。 多くの米納税者の生活が困窮するなか、米国の対外支援はイデオロギー的な理想の追求から脱皮し、緊急性のある人道・医療支援を中心としたものに組み替えられていくと予想される。 © Jonathan Foley

 その一方で、民主主義や人権といったイデオロギーに関わる分野の支援は、党派により賛否が割れることが多いことから、国民の理解を得られやすいプログラムだけ残す、あるいは、そうした分野に対する支援は民間財団などにスピンオフし、企業や個人からの浄財で運営していくといった代替案が考えられよう。
 こう考えると、米国の今後の対外支援のあり方の基本として、政治家やエリート官僚が不透明な形で決定する従来の方法を改め、主権者である国民の了解の下、透明性を最大限に確保することが、これまで以上に求められると思われる。そしてそれは、援助のやり方や目的について民主主義の基本に立ち返るということを意味するのではないだろうか。

 

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