ドイツから見えた慰安婦問題と、困窮した日本の女性を守る施設
ドイツから見えた慰安婦問題と、困窮した日本の女性を守る施設

  • 2025/3/4

傷ついた女性たちが自分を取り戻す場
 婦人保護施設(現 女性自立支援施設)は当初、売春防止法の施行によって生計を立てる手段がなくなった女性が、生活や就労のための訓練を受けて、再び社会に出ることを想定し、一定期間の保護を前提としていた。しかし、当時の障害者支援の状況では、障害ゆえに性的に搾取されていた女性たちの行き場はなく、社会復帰が見込めない人も少なくなかったという。そこで、初代施設長の深津牧師が、そのような弱い女性たちが長期にわたって生涯暮らせるコロニーが必要だと主張して、かにた婦人の村が作られた。そこで城田さんをはじめとした女性たちはおだやかに生活し、傷をある程度癒していったようだ。
 しかし、時代が変化し、2000年の社会福祉事業法改正によってノーマライゼーションが重視され、障害者も自らの権利を行使しながら障害のない人と同様の社会生活を送れるよう支援することが求められるようになったことで、かにたも変化していく。2012年末に厚生労働省が入所要綱を改定し、「婦人保護長期収容施設」から、「婦人保護長期入所施設」に変わり、入所者が社会で自立して暮らせるような支援が目指されるようになったという。一方、長くそこに暮らしてきた女性たちは高齢化しているため、外部から介護サービスも導入してそのままいられるようにしている。
 2010年以降、25人の女性が入所したが、そのうち15人ほどは施設から巣立っていったそうだ。近年入所した女性の中にはDVや虐待、性暴力、監禁などに遭ったことで深刻なトラウマを抱えている女性たちが多い。これらの女性たちは、心的外傷後ストレス障害(PTSD)を抱え、フラッシュバックの症状に苦しんでいる。加えて、もともといた地域では加害者からの追及の恐れがあるために地元を離れる必要がある女性もいる。

施設で回復していく入所者たち
 五十嵐施設長によると、入所者のなかには「男性の幻影がいつも部屋の中に見える」と話すほど深刻なトラウマを抱えている女性もいた。男性に傷つけられ、監視されてきた過去があるためにそういうものが見えてしまうのだという。
 傷ついた女性たちは、トラウマ治療に詳しい精神科医の治療を定期的に受けることで、時間をかけて回復していく。負っている傷が深いために時間がかかるのだという。現在の担当医師は、過去を探って犯人探しや原因追及をするのではなく、今、辛いことにどう対処するかを中心とした治療を進めるため、女性たちは過去から少しずつ意識を移し、前向きに考えられるようになるそうだ。

 知的障害がある40代の入所者には、性被害に遭っていた過去があった。入所当初はパニック障害の症状があったが、職員が勧めた刺繍に興味を示し、2年間かけて大きな刺繍作品を作り上げた。そのことが、精神科医による治療もあいまって心身の健康の回復につながり、言語表現が豊かになっていった。身体症状が軽減されるにつれ、周囲の人や職員とぶつかるという形に対人関係の変化が見られたという。もともと自分の感情を押し込めていた人たちが怒りなどの感情を自由に表現できるようになると、しばしばそうした様子が見られるそうだ。

 その段階も乗り越えると、徐々に、周りの人たちがやっていることが気になってくる。外に働きに行っている入所者らのしていることに興味を持ち始め、作業場の見学や体験を希望するようになる。女性たちはこれまで知らなかった生活の仕方を知り、トライしながら新しい生活の場所を見つけ、生きる力を取り戻していく。
 かにたでは、そうやって時間をかけて傷を負った入所者の回復を助け、本人がいいと思える生活を過ごせる場所を探す手伝いをしている。施設は退所した15人全員と連絡をとりつづけており、「実家」のような存在なのだという。実際、彼女たちは退所後も何か困ったことがあると施設に連絡してくるそうだ。
 「一度、人にすごく心配してもらい、受け止めてもらい、抱えてもらったという経験が後々生きてくるようです」
 共同生活の中で人と触れ合い、人を頼ることを学ぶことで、その後適度に依存して適度に自立して生きていけるようになるそうだ。

支援にたどり着けない女性たち
 女性自立支援施設にたどり着けば、女性たちはそこで傷ついた心や体を癒やし、そこで再び生きる力を得られる可能性が高い。問題はそこにたどり着けない女性たちが多いことなのではないかと感じた。ニュースなどから聞こえてくる、困難な状況に置かれた女性たちは非常に多そうに思われる一方、かにた婦人の村含めて全国にある女性自立支援施設の入所率はまだ低いままだ。支援にたどり着けない女性たちが、どうなっているのか、実態を調査し可視化する取り組みも必要だ。
 「助けられているのは氷山の一角なのだろうなという感覚はあります。ホームレスになっていたり、体を売ってなんとか生活したりという女性も大勢いるわけです。都内のバス停にあった横になれないベンチで休んでいた女性が2020年に暴行を受けて殺害されるという事件が起きましたが、あの女性は女性支援の支援対象だったと思います」と、五十嵐施設長は言う。
 かにたのような婦人保護施設の設置根拠になっていた売春防止法が2022年5月に改正され、「困難な問題を抱える女性への支援に関する法律」が成立した。困難な問題を抱え、支援を必要とする女性の多様化に伴い、DV防止法やストーカー規制法を織り込みつつ、性被害や人身取引被害者、生活困窮者などへの支援を取りまとめた福祉法だ。
 法務省が管轄する刑法であった売春防止法は、売春をする女性を犯罪者及びその予備軍として、処分や更生、指導の対象としていたが、そうした状況に追い込まれた救済策として保護の条項が加えられて婦人保護事業が成立すると、その部分だけが変則的に厚生労働省の管轄とされてきた。しかし、この法律を根拠としていたために偏見が生じ、福祉施設であった婦人保護施設が「売春婦がいる施設」と勘違いされたり、同枠組みで制定されたDV防止法やストーカー規制法は十分な支援ができなかったりするといった問題が生じた。そこで、法改正によって、同事業は女性支援事業として、より幅広い女性を支援するものとなった。
 厚生労働省の「令和3年 社会福祉施設等調査の概況」によると、法改正前の婦人保護施設の入所者数は、2021年10月時点で定員のわずか25.1%にまで下がっていた。

 婦人保護施設には全国の自治体にある婦人相談支援センターに助けを求め、支援を受けられるようになった女性たちが行政を通じてやってくる。しかし、そこまで施設の利用率が低いとなると、そもそも相談すらできていないケースが潜在的に多そうだが、助けを必要としている女性たちを行政が適切な支援に結び付けられていないのではないかという疑問がわく。

 「うちの施設に直接電話相談してくる方の中には、相談窓口で、話をちゃんと聞いてもらえなかったと訴える人がいます。あなたのような経験をしている人は他にもたくさんいるなどと言われ、真剣に取り合ってもらえなかったという話を聞くことは少なくありません。なぜそんなことが起きるのかというと、婦人相談所や市区町村にいる相談員は、必ずしも全員がソーシャルワークのトレーニングを受けてきた人たちではなく、十分な知見を持たない人もいるからでしょう。相談をしている女性たちは、今いる場所から逃げたいからこそ行動を起こしているのに、相談窓口で傷つけられたら、もう二度と相談には行かないと考えてしまうかもしれません、その根本的な要因として、売春防止法における、保護対象の女性に対する蔑視的な視点があったことは否めません」

 法改正により、より多様な困難を抱える女性たちを支援しやすくなったはずだが、縦割りの行政のなかで、いまだに支援されるべき女性たちに支援の手が届かず、かにたへの入所者もそれほど多くは増えていないという。厚生労働省の調査によると、婦人保護施設の入所者数は、2023年10月時点で定員の27.3%と微増にとどまっている。

 五十嵐施設長は、「行政が新しい法律を理解し、今後はこれくらい支援対象を増やすために予算をいくら増やす、といった具体的な数値目標と取り組みを考えることが必要だと思います。自治体の女性支援に関する基本計画などを見ても、支援に関する数値目標を打ち出している自治体はありません。法律はできても、具体的目標に見合った予算がつかない限り、利用率の向上は難しいと思います」と指摘する。

 土台となる法律の目的を実現するほどに運用がまだ至っていない現状が浮かび上がる。

 「相談員も仕事が多すぎる状況だと思うので、支援を増やすために人材を増やすなどの取り組みが必要でしょう。東京都は今年度、区の相談員を含め、行政側のスタッフや施設職員を対象にソーシャルワークの連続研修を始めており、非常にいい取り組みだなと思っています。足りないところに気づいてもらえれば、行政職員や施設職員の意識も変わり、少しずつ変化が起きていくのではないかと思います」

 かにた婦人の村ができてから、女性を取り巻く環境は大きく変わったが、生きづらさを抱えた女性たちは依然として多い。女性たちの心身の健康回復・自立を中長期にわたって支援する女性自立支援施設に、より多くの困難を抱えた女性たちがたどり着けるように官民が手を取り合いながら具体的に取り組むことが、全国の自治体に今、強く求められている。

お知らせ

かにた婦人の村は、現在、クラウドファンディングに挑戦中です!https://readyfor.jp/projects/kanitafujinnomura2025

 

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