香港の自由はチャイナマネーに敗北するのか
惨状に踏み込めない米国、危惧される「政冷経熱」の蜜月時代
- 2021/7/28
問われる国際社会の姿勢
こうして、香港では、報道の自由、言論の自由、思想の自由、そして学問の自由が、完膚なきまでに潰された。この事態に対し、世界は何かアクションを起こしただろうか。
米国のバイデン政権は7月、香港国家安全維持法などがもたらす事業リスクに関する4つの勧告、すなわち「香港国家安全維持法の施行に伴うリスク」、「データ・プライバシーに関するリスク」、「透明性と重要なビジネス情報へのアクセスに関するリスク」、「米国の制裁対象となっている香港または中国の事業体・個人とのかかわりに伴うリスク」を、香港に進出している米企業に通達した。また、香港の自由弾圧に関わっている中国官僚の制裁リストを11人から18人に拡大した。
しかし、蘋果日報の資産凍結に加担した金融機関への制裁は、最も効果があると見られているにも関わらず、いまだ行っていない。また、米国商会のタラ・ジョセフ会長は、バイデン政権の勧告に対し、「国安法による商業法律への影響はない」「香港のビジネス環境は、依然として米国企業にとって良好だ」という見方を示している。
米国商会には、主に金融、法律サービス、物流、不動産など、約1400社が加盟している。こうした業種の命は、情報の透明性やルールの公正さにあり、香港で言論や報道の弾圧が激化すれば、その条件が脅かされるというのに、この余裕はどこから来るのか。
実際には、香港の証券市場は、米国の証券市場から駆逐された中国の大手民営企業の受け皿として拡大している。つまり、米中市場のデカップリングが進めば進むほど、香港は、中国市場に進出したい海外企業にとって唯一の人民元オフショアセンターとして重要になっている。リスクが存在しないのではなく、むしろリスクが高いほど、香港で長年経験を積み、独自の情報網やコネクションを有する企業にとってはチャンスが増大する、ということであろう。
中国政府は、2020年から25年の間に、中国市場に対する外商直接投資を累計7000億ドルに拡大する方針を打ち出している。これを受け、国内では一種のバブル崩壊期に似た「宴」が始まっており、これまで市場寡占を謳歌していた民間の大企業や、国有企業はデフォルトしないという「剛性兌付」の神話に胡坐をかいていた国営の大企業の整理・再編成と構造改革が進み、外国企業もチャンスを狙っている。これが、今年の上半期に中国市場で資産を購入する外国企業が前年同期に比べ50%前後増え、過去最高スピードを記録している理由の一つでもある。新立法、恣意的な法運用、情報統制、米中制裁合戦など、リスクは大きいが、だからこそ、香港で長年、中国政治に翻弄されながら利益を見出してきた老練な米国企業は香港に居続ける意味がある、ということかもしれない。
しかし、もし、米国を中心とする国際社会が、香港の自由喪失を歯牙にもかけず、中国市場進出に夢中になり、香港を利用し続けるのだとしたら、それは自由の価値観がチャイナマネーに敗北するということにほかならない。
バイデン米政権が、自由、民主、人権という価値観を声高に掲げ、中国への制裁をほのめかす一方、ウォールストリートが中国市場に執着している様子は、中華圏で「政令経熱」と評されている。日中の「政令経熱」時代を振り返って気付くのは、「政令経熱」とは、実は、ケンカするフリをした蜜月であったということだ。
米中はこのまま「政令経熱」の蜜月時代に入るのか、それとも、自由、民主、人権の価値観対立を先鋭化させ、本気の闘いモードに向かうのか。筆者は自由の敗北などあってはならないと思うからこそ、香港の惨状を繰り返し訴えるのである。