シリアのアサド政権転覆で転換を迫られる中国の地政学的な戦略
加速する新彊地域の不安定化とゆらぐ一帯一路戦略
- 2025/1/10
シリアのアサド政権が2024年12月8日に突然、転覆してから約1カ月が経つ。新しいアハマド・シャラア指導者は、かつてアルカイダ・テロ組織のメンバーだったが、シリアの少数派を尊重することを約束して権力を掌握した。同氏が率いる暫定政権は、ウイグル人を含めた外国人戦闘員の軍幹部への登用を進めているが、特に東トルキスタン独立派のウイグル人指導者が幹部に入ることは、中国と長く友好関係にあったシリアが今後、中国と敵対する可能性があることを示唆している。さらに、シリア反政府軍に加わってアサド政権と戦闘を続けてきたウイグル人兵士たちは、このシリア内戦の経験を糧にして、中国新疆ウイグル自治区で東トルキスタン独立運動を継続すると宣言している。こうした中東の動きが中国の一帯一路戦略にとって大きな脅威になることは間違いなく、中東における中国の地政学的な戦略も転換を余儀なくされるのではないかと注目されている。
暫定政権に6人の外国人戦闘員が抜擢
ロイターの報道によれば、シリア暫定政権がこのほど軍事幹部に任命した50人の戦闘員のうち、少なくとも6人がウイグル人やヨルダン人、エジプト人、トルコ人など外国人戦闘員だという。これについては、シリア内部でも不服の声があるようだ。シリアが内戦状態にあった時、1万人以上のスンニ派ムスリムがシリア反政府軍に参加し、アサド政権や親イラン・シーア派の民兵と戦闘を続けてきた。当初はスンニ派同士でも戦争があったが、最終的にはシャアラ氏が率いる「シャーム解放戦線」の下に結集し、2024年12月にアサド政権を転覆させた。
新政権の事実上の指導者になったシャラア氏は、同組織のシリア化と温和化に尽力し、最も過激だったムジャヒディーンら数十人を排除したうえで、「民兵意識ではシリアは統率できない」と発言していた。
しかし、シャーム解放戦線は、アサド政権の転覆に貢献した感謝の意味を込めて外国人の戦闘員にシリア国籍を与える約束もした。実際、すでに6人の外国人戦闘員には、将軍職や大佐の地位が与えられている。
ロイターの報道によれば、この6人の中に新彊ウイグル地域で東トルキスタンの独立を目指すトルキスタン・イスラム党(TIP)のアブドゥルアジズ・ダウッドクフダベルディ戦闘指揮官が含まれており、中国政府が激怒しているという。TIPとは、新疆ウイグル自治区に「東トルキスタン・イスラム国家」を樹立することを掲げて1990年代後半から2010年代初頭に活動を活発化させた組織で、以前は「東トルキスタン・イスラム運動」(ETIM)と呼ばれていた。中国はこうした動きをテロ行為とみなし、TIPをテロ組織、東トルキスタン独立派勢力との戦争を「テロとの戦い」と位置付けているうえ、TIPともETIMとも無関係のウイグル人たちのことも迫害している。
東トルキスタン独立派が中国への攻撃を激化
これに対し、TIP側も抵抗姿勢を鮮明に打ち出している。アサド政権が転覆した12月8日に彼らがインターネット上で公開した映像には、戦闘員たちが覆面して機関銃を抱え、新彊のいくつかの都市を名指ししながら「中国の異教徒をその都市から排除する」と威嚇している様子が映っており、将来的に中国を攻撃することを計画していることを明らかにしている。映像にはTIPの指導者の一人、アブドゥル・ハク・アル・トルキスタニも登場し、アサド政権の転覆に祝辞を寄せるとともに、「トルキスタンのムスリムたちは依然として中国共産党の弾圧によって苦しんでいる」「もしもアラーがそう願うなら、中国の異教徒たちはアラーの支持のもとでシャーム地域(シリア)の異教徒たちが味わった苦痛を味わうことになるだろう」と述べている。
さらにTIPは、中国の習近平国家主席の顔に血痕がついているように加工した写真をSNSで拡散し、シリア軍が押収した兵器の備蓄を中国に対して使用することもほのめかしている。
シリア内戦が終結後、中国への攻撃を激化しているTIPの動向には、メディアからの注目も高まっている。例えば、ニューズウィーク紙は在米中国大使館の劉鵬宇報道官にインタビューを実施。「中国政府は東トルキスタン・イスラム運動のメンバーがシリアから相次いで出国し、中国の国内外で(中国人をターゲットにした)暴力テロ事件を複数、計画している事実を確認している」という同氏のコメントを紹介し、「中東における地政学的な対立がさらに不安定化する可能性がある」と指摘している。
事実、習近平国家主席は2024年12月9日、政治局の集団学習会を招集し、新彊の統治を強化するよう通達を出し、この地域を一層発展させるために、ウイグル語ではなく共通言語である中国語(マンダリン)による授業の実施と、中国語による全国統一教材の使用を求めた。これは、習近平氏が文化的にも経済的にも新疆地域の支配を強めるシグナルだと言える。シリア内戦が終結したことで、これまで反シリア軍に参加していたウイグル人戦闘員たちが、今度は中国に攻撃してくることを警戒してのことだと見られる。
勉強会に出席した習近平氏は、「国家の安全と社会の安定は新彊の統治を徹底することで維持される」と強調した。習政権の新疆弾圧は2014年ごろから加速度的に強化されつつあったが、ここにきてもう一段、厳しいものになるとの予感が漂っている。
第一次トランプ米政権下で国務長官を務めたマイク・ポンペオ氏は、喫緊の10年でTIPがテロ活動を行っているという信頼できる証拠がないとして、2002年から継続していたTIPのテロ組織認定を撤回した。今年1月20日に迫った第二次トランプ政権の発足後、東トルキスタン独立派のウイグル人たちに対して米国がどのような姿勢を取るかはいまだ不透明だが、国内のウイグル人に対して文化的、経済的な支配を強化しつつある中国に人道上の観点からどう対応するのかも含め、新疆問題の行方に米国が大きな影響を有することは間違いない。
「国際正義の防衛」を建前に構築された蜜月関係
新疆情勢の行方は、一帯一路の拠点という意味からも中国の戦略にとって大きな意味がある。シリアのアサド前政権と中国の習近平政権は、もともとかなり蜜月関係にあった。シリアのアサド前大統領が2024年9月に中国・杭州を訪問すると、両国は戦略的パートナーシップを樹立する。さらに中国は、シリアで石油資源の開発を積極的に進めてきたうえ、水力発電所や紡績工場の建設、タイヤの製造などにも投資を行ってきた。内戦状態にあるシリアに対し、中国は直接的な軍事支援こそしていなかったものの、ロシア、イランと同様、国際社会から排除され孤立を深めていたアサド政権への支持を公式に発表していたのである。実際、アサド前大統領との会談に臨んだ習近平国家主席は、「激動と不確実性に満ちた国際情勢を前に、中国はシリアと協力し、互いに支え合いながら友好と協力を促進し、国際正義を共に守っていく」と語っている。
さらに、シリア内戦をめぐりアサド前政権に対して30もの非難決議の草案が提出された国連安全保障理事会でも、中国はこれまで10回にわたり拒否権を行使し、採択を阻止した。たとえば、習近平政権は2020年7月、トルコのシリア反政府派に対する支援を延長するという決議草案について、シリアの主権を侵害するものだとしてロシアとともに反対した。なお、この決議は13カ国の賛成によって可決されている。
張軍・駐国連中国大使は、米国やEU諸国がシリアに行っていた制裁についても、「一方的な制裁は人道主義にもとるものだ」と非難した。また、ロシアと中国は2019年9月、シリア反政府軍の牙城であるイドリブにおける停戦決議案も否決した。
アサド政権に対して過去10年近く財政援助も行ってきた中国にとって、2016年12月にシリアがアレッポ市を奪還し、反体制派を打ち破ったことがシリア支援の転換点となったことは間違いない。2016年に約50万ドル(約7906万2000円)だったシリアに対する支援額は、2017年に約100倍の5400万ドル(約85億3867万円)に増加。翌2018年10月には、シリア最大のラタキア港に800台の発電機を寄贈した。
また、シリアの石油・天然ガス分野にも長期的に投資しており、総額は30億ドル(約4743億7200万円)に上る。2008年にはシノペック石油探査開発公司がシリアで二つの油田の操業権を保有していたタンガニーカ・ペトロリアム社(本社:カナダ・カルガリー)を20億ドル(約3,162億4,800万円)で買収した。さらに同社は翌2009年、シリアで操業していた英国の石油ガス探査会社エメラルドエナジー社を8.78億ドル(約1389億2620万円)で買収。翌2010年には、シェル社(本社:イギリス・ロンドン)のシリア子会社の株式を35%取得した。
さらに、シリアのガッサン・ザマル電力相は2024年初頭、シリア西部の都市、ホムス近郊に大規模な太陽光の発電所を建設するために中国企業と3.4万ドル(約537万6000円)の契約を締結。2022年には、中国の一帯一路戦略に加盟した。
その後、中国は米国の二次制裁の脅威にさらされ、シリアからの投資を一部、引き上げたものの、シリアに対して接近を続け、国際正義を防衛するという建前の下で相互に支え合う関係になっていた。
中東における米中のパワーバランスも崩壊か
しかし、そんなシリアが今回のアサド政権の転覆を受けて、にわかに中国の「敵」になる可能性が出てきた。中国外国部の毛寧報道官は2024年12月、定例記者会見で「シリアの前途と運命はシリア人民が決定すべきだ。できるだけ早く秩序が回復され、社会が安定するように政治的な解決を望む」とだけコメントしたが、中国側は本音ではかなり強い危機感を抱いているようだ。中国のネット民の中には、「これまでシリアに投じてきた中国の資金がすべて無駄になった」として、習近平国家主席のシリア政策の失敗を声高に非難する者もいる。
上海外国語大学の丁隆・中東研究所教授が中国共産党傘下のタブロイド紙「環球時報」に寄稿した論評によれば、今回のシリアにおける政変は中東政治の枠組みに深遠な影響を与えるという。「これまで拮抗していた中東に対する米中の影響力のバランスが大きく変化するだろう」と教授は言う。
一方、台湾にある開南大学の陳文甲・国家地域研究発展センター主任は、ボイスオブアメリカのインタビューに答え、「アサド政権の転覆によって、シリアにおける中国の経済的、地政学的な利益は脅かされ、中国がシリアで関わってきた投資プロジェクトもことごとく挫折するだろう」「中国はシリア反政府軍とも接触を続けてきたが、シリア暫定政権権は中国を信用しないだろう」「中東地域は、台湾海峡やインド太平洋と並び米中の対立が激化している。シリア新政権の中国不信が続けば、シリアに対する中国の影響力は失われるだろう」とコメントしている。
アサド政権の転覆は、中国にとって、一つの盟友国家を失ったというだけでなく、新彊地域の不安定化を加速させ、この地域を拠点とした中国の一帯一路戦略の根幹を揺るがすとともに、中東における米中のパワーバランスが崩壊するなど、地政学上の大きな損失に拡大するかもしれない。