ヨルダンから見るアラブ社会(第5話)
外国人労働者を受け入れながら自国民を送り出す国

  • 2026/6/3

 中東で出稼ぎ労働者と聞けば、湾岸諸国を思い浮かべる人が多いかもしれません。2022年のカタールでのFIFAワールドカップでは、出稼ぎ労働者の労働環境が大きく取り上げられ、その過酷さが注目されました。しかし、ヨルダンにも多くの出稼ぎ労働者が存在します。彼らは、ヨルダン人があまり従事しない低賃金・労働集約型の仕事を担い、ヨルダン社会や経済に欠かせない存在となっています。

 ヨルダン在住の磯部香里さんが出会った人々の生き様から中東社会のあり方を考える「ヨルダンから見るアラブ社会」第5話では、ヨルダンで働くフィリピン人労働者へのインタビューを交えながら、「外国人労働者を受け入れる国」であると同時に、「自国民を海外へ送り出す国」でもあるヨルダンについて考えます。

 

カファーラ制度で増加する外国人労働者の過酷な実態

 人口約1,150万人のヨルダンには、およそ100〜150万人の外国人労働者(出稼ぎ労働者)が存在するとされている。彼らはヨルダン社会や経済を支える重要な存在であり、特に農業、建設・工場現場、家事代行や清掃などの家庭内労働、ホテルやレストランなどのサービス業で多く働いている。

地方の農場で収穫作業をする外国人労働者(2024年9月、ヨルダンで筆者撮影)

 外国人労働者の半数以上を占めるのはエジプト人であり、バングラデシュ人、シリア人、フィリピン人、インド人などが続く。建築現場や農業ではエジプト人やシリア人が多く、家事代行やサービス業では東南アジア出身者が見られる。近年は、ケニアやエチオピアなどアフリカ出身者も家庭内労働で働き始めている。

 こうした外国人労働者の多くは、「カファーラ制度(スポンサー制度)」と呼ばれる仕組みのもとでヨルダンに渡航している。カファーラ制度とは、外国人労働者の滞在許可や就労ビザを特定の雇用主(スポンサー)に紐付ける制度であり、雇用主の同意なしには転職や出国が難しい場合が多い。

 そのため、雇用主との関係が悪化しても簡単には仕事を辞められず、労働環境の問題が外部から見えにくいという課題がある。国際的には、現在的な奴隷制度に近い構造だとして批判されることも少なくない。

 実際にヨルダンで清掃や家事代行などの仕事を掛け持ちしながら生活をしているフィリピン人女性のマリアさん(仮名)は、次のように語る。

 「住み込みでナニーや家事をしているフィリピン人のなかには、休みもご飯も十分にもらえない環境で働いている人がいる。他の家庭で働いているフィリピン人のメイドと話すことを禁止されている場合もある。たとえば、雇用主の子どもを連れて公園に来ている姿を見つけて挨拶をしても、『(雇用主に怒られるから)挨拶しないで』と言われることもある」「携帯電話を持たせてもらえない人もいれば、外部と連絡が取れない人もいる。契約書で謳われている給与や休日が守られないケースもある」

 こうした問題が起きても、外国人労働者と雇用者の間に入る仲介エージェントが十分な支援をしてくれないことが多いばかりか、エージェントによっては働きたいと希望する労働者を搾取するケースもあるという。特に、フィリピン南部・ミンダナオ出身の女性のなかには、未成年であるにもかかわらず、名前や年齢を偽って働いている人もいるという。

 「これはもう人身売買と変わらないと思う。海外に行き、住み込みで働くように家族やエージェントから強制されてヨルダンに渡ってきた子もいる」と、マリアさんは話してくれた。

「運」に左右される労働環境

 その一方で、比較的自由な形で働きながらヨルダンで暮らしている外国人労働者もいる。

 フィリピン出身のアンジェラさん(仮名)とニコールさん(仮名)は、OFW (筆者注:Overseas Filipino Worker、海外で働くフィリピン人労働者のこと)として雇用先が確約されている状態でヨルダンへ渡った。

首都アンマンには、フィリピン料理レストランやアジアの食材を扱う店が並ぶ通りがある(2026年5月、ヨルダンで筆者撮影)

 二人は当初、3年間住み込みのハウスメイドとして働いていたが、現在は自分たちでアパートを借り、午前中は清掃、午後はパートタイムでナニーや家事代行の仕事をして生活をしている。3年間働いた雇用主が、次の仕事が見つかるまでスポンサーとして支援してくれたことも大きかった。現在は、知人のヨルダン人に保証人になってもらいながら自分たちでビザ費用や保険料を払い、複数の仕事を掛け持ちして暮らしている。

 「住み込みではなく、外に住めると、自由に働いてお金を稼げるからとても良い。ヨルダンは、頑張ればそれだけ稼げる国。湾岸諸国の国々は、給料が高くても基本的に住み込みで働かなければならない。しかし、ヨルダンでは『リブアウト(筆者注:住み込みではなく、自身の自宅から日々、通勤すること)』という選択肢もあるからこそ、フィリピン人の間でも人気なのだ」

フィリピン人女性がアジア食材専門店の前で自作のお惣菜などを販売していた(2026年5月、ヨルダンで筆者撮影)

 フィリピン人同士のつながりも強い。教会やスポーツグループを通じて交流し、休日にはアジア製品が売っているお店で買い物をした後、誰かの家で集まって食事を作ることも多いという。

 ただし、「リブアウト」として働けるケースは、依然として少数派だ。「私たちは本当にラッキーだった」とマリアさん、アンジェラさん、ニコールさんは口をそろえる。

 住み込み労働の場合、雇用主によって待遇や生活環境が大きく変わる。つまり、労働者の労働環境は、「誰の家に入るか」という運に大きく左右されていると言えよう。

失業率の高さと、外国人労働者の需要

 このように、ヨルダンで生活をしていると、外国人労働者の存在を日常的に目にする。ビザ申請に必要な血液検査のためにヘルスセンターへ行けば、多くのエジプト人やアフリカ系労働者が検査を待っているし、建築現場や道路工事の現場、アパートの清掃やメンテナンスなども、外国人労働者、特にエジプト人労働者が担っている。リゾートホテルでは、アジア系のスタッフがサービスを提供してくれる。

 その一方で、ヨルダンでは失業率の高さが社会問題となっており、2025年第四四半期の失業率は21.2%を記録した。特に、15歳〜24歳の若者の失業率は46%に達している。それでもなお、外国人労働者への需要は高い。

 理由の一つは、外国人労働者が担う仕事の多くが低賃金であることだ。建築、農業、清掃などは、外国人にとっては「母国より稼げる」仕事だが、ヨルダン人にとっては生活費に見合わない場合が多い。近年は物価上昇も進み、生活コストはさらに高くなっている。

 また、仕事に対する社会的イメージも大きい。建築、農業、清掃、日雇い労働などは、長らく外国人労働者が担っていたこともあって「外国人労働者がする仕事」という認識が社会に定着している側面がある。

 さらに、多くの若者が大学へ進学する一方で、国内には十分なホワイトカラー職が存在しない。それでも「大学まで出たのに建築現場で働くのは嫌だ」と考える若者や、家族からのプレッシャーを感じて仕事を選ぶ若者は少なくない。

国家経済を支える出稼ぎ労働者からの海外送金

 とはいえ、忘れてはならないのは、ヨルダン人自身もまた「出稼ぎ労働者」だということだが。特に、1970年代以降、多くのヨルダン人が湾岸諸国などへ働きに出た。そのほとんどが、医師、看護師、教師、エンジニア、IT、金融など、専門知識を必要とする職業であった。特にパレスチナ系ヨルダン人は教育水準が高く、英語を話せる人も多いため、国外で重宝されているという。

 筆者の周囲にも、海外で働く家族を持つ人は多い。たとえば、7人兄弟のうち1人を除いて全員が湾岸諸国やアメリカ、カナダなどのヨルダン国外で働いている家庭もある。ヨルダン全体で見ても、現在、約80万〜100万人が国外で働いていると見られ、彼らがヨルダンへ送る送金は、ヨルダン経済にとって重要だ。2025年には、海外に住むヨルダン人からの送金額は44.7億米ドルを超え、前年比4.5%増となった。これは、GDPの約8〜10%を占めるとも言われている。資源に乏しいヨルダンにとって、海外送金は国家経済を支える重要な収入源なのである。

 近年、ヨルダン政府は自国民の失業率改善を目的に、不法滞在状態にある外国人労働者の摘発を強化している。フィリピン人コミュニティーでは、かつて約4万人いた在留フィリピン人が、摘発強化によって現在は3万人ほどに減少したとも言われている。

 その一方で、ヨルダンから海外への送金額、つまり外国人労働者が母国へ送る金額は増加しており、2025年には約17.7億ドルと、前年比14.2%増となった。これは、外国人労働者への需要が依然として高いことを示している。

インタビューに応じてくれたオリビアさん(2026年5月、ヨルダンで筆者撮影)

 OFWとしてではなく、ヨルダンに拠点を持つ国際NGOで働いているフィリピン人のオリビアさん(仮名)は、インタビューに応じてこう話してくれた。

 「海外への出稼ぎは、送金によって家族や社会を支えるという面がある一方、スキルを持つ人材の流出も生んでいる。中東に限った話ではないが、大学卒業者や専門技術を持つ人がOFWとして働きに出るケースをしばしば耳にする」「金を稼ぐことばかりに社会が向かうと、優秀な人材が自国からいなくなってしまう」

 さらに彼女は、出稼ぎ労働によってフィリピン社会で起きている変化についても話してくれた。

 「本来なら親が育てるはずの子どもたちが、祖父母に育てられているケースも多い。子どもを正しい方向へ導く存在である親がいないからこそ、ドラッグや退学の問題が起きている。結局、国に仕事がなければ、社会そのものが変わってしまう。本来であれば、『出稼ぎ』を前提にした社会であってはいけないと思う」

 ヨルダン人の海外労働者のなかには、家族で移住している人もいるが、家族を祖国に残して単身赴任している人もいる。その結果、フィリピン社会と同様、親子関係に距離ができたり、スキルを持つ優秀な人材がヨルダンから流出したりしているのが現実だ。また、海外で働く者を持つ家庭とそうではない家庭で、経済的な格差も生じている。

ヨルダンの首都アンマンの街並み(2025年7月、ヨルダンで筆者撮影)

 ヨルダンでは、外国人労働者が社会を支える一方、多くのヨルダン人が、より良い機会を求めて国外へ渡っている。この二重構造は、現代のグローバル経済が抱える労働移動の現実を象徴していると言えるだろう。

 

執筆者プロフィール

(いそべ・かおり) 静岡県出身、ヨルダン在住。大学卒業後は民間企業に勤務し、購買や海外業務に携わる。在職中に訪れたヨルダン・イスラエル・パレスチナへの旅をきっかけに中東への関心を深め、2022年に退職。英国のUniversity of Exeter大学院へ進学し、2024年に中東政治とアラビア語の修士号を取得。現在はヨルダンで働く傍ら、現地社会や中東地域について執筆・発信を行っている。趣味は旅行、フィルムカメラ、読書。保護猫とともに、アンマンで賑やかな日々を送っている。

 

 

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