拘束長引く日本育ちのミャンマー人映像作家
二つの「祖国」をつなぐ夢、中断からまもなく半年

  • 2021/9/27

家族思いで繊細な素顔

 両親の心配を振り切ってでも、2つの祖国を舞台に創作活動を通じて新しい可能性を開こうと挑んでいたテインダンさんだが、行動力溢れる精力的な起業家の顔とは裏腹に、家族思いで繊細な一面もあったようだ。

 ヤンゴンに滞在中、共通の友人から「面白い子がいるよ」と紹介されてテインダンさんと知り合った日本人は、「日本で助監督として働いた経験を生かし、日本とミャンマーの架け橋になる仕事がしたいと言っていた。物腰柔らかな好青年だという印象だ」と話す。前妻との間に生まれた息子のことを可愛がっており、離婚後も、面会に行った時の様子を嬉しそうにSNSに投稿していたという。また、母親と撮った写真を投稿し、「似ているね」と友達からコメントが来ると喜んでいた姿を覚えている日本人もいる。また北角さんは、テインダンさん本人から、かつて学校にも友達にも馴染めずにいた頃、図書館にこもって映画を見ていたことがきっかけで映画の道を志したと聞いたことがあるという。 

 そんなテインダンさんが、反政府活動を広範に規制する刑法505-Aに違反した罪で拘束・起訴されて、まもなく半年が経とうとしている。裁判が続く「政治犯」の素顔は、時に人付き合いに悩み、自己表現の方法を模索しながらも、夢を見つけて邁進する行動力と周囲の人を大切にする優しさを併せ持つごく普通の息子であり、父親であり、友人だ。等身大の姿が明らかになるにつれ、彼が私たちと何ら違わない一人の人間であり、つい最近まですぐ隣にいた存在であることを思い知らされる。そんなテインダンさんの窮状を知り、解放を求める機運は、今、日本で着実に高まりつつある。

 しかし、テインダンさんだけではない。ミャンマー各地で銃弾に倒れた人々や、今なお拘束されたり追われたりしている人々は、皆、1月31日まではそれぞれ家族や友人を大切にし、明日への希望を胸に生きていた。彼らは決して勇猛果敢な戦士でも過激な思想の持ち主でもなく、ただ、日々の幸せと権利を守りたいという、ごく当たり前の要求を命を懸けて訴えているに過ぎない。そして、日本をはじめ、各国に住むミャンマー人たちも、勢いがおとろえることなく声をあげ続けている。

祖国のクーデターに反対し、日本でも署名活動やチラシ配布が各地で行われている(4月中旬、東京で筆者撮影)

 9月7日、ミャンマーでは、市民の圧倒的な支持を得る国家統一政府(NUG)が「自衛のための戦争」を宣言して軍への蜂起を求めた。これまで非暴力の姿勢を貫いてきた人々の多くが「武力もやむなし」として、この宣言を支持しており、現地では犠牲の拡大が懸念されている。しかし、今回の事態を招いたのは、救いを求めて伸ばしてきた彼らの手を握り返せなかった国際社会にほかならない。クーデターから月日が経つにつれ、ともすればクーデター以前の日常が遠のいていく感覚にも襲われるが、ミャンマー市民の時間は止まったままだ。自らの手で自分たちの境遇を変えようと連帯し、行動し続ける彼らを再び失望させないためにも、今度こそ彼らのメッセージを受け取ることが私たちの使命ではないか。

 どうか今一度、日本とゆかりを持つテインダンさんや、その向こう側にいる多くの人々の声なき声と祈りに耳を澄ませてほしい。

 

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