伝統芸能の熱気と暮らしの苦境 ヤンゴンの今
総選挙後のミャンマーで続く市民生活の厳しさ
- 2026/10/22
2021年2月のクーデターから5年あまりが経ったミャンマー。2025年末から2026年初めにかけて実施された軍主導の総選挙を経ても、市民は厳しい暮らしを強いられています。
今年6月に音楽文化のリサーチのため最大都市ヤンゴンを訪れたミャンマー音楽研究者の村上巨樹さんは、伝統芸能の舞台に集う人々の熱気に触れる一方、生活苦や徴兵への不安を抱える市民の声を聞きました。華やかな舞台と、日々の暮らしに重くのしかかる現実。総選挙後のヤンゴンで見聞きした人々の姿を報告します。
2026年6月、ミャンマーの最大都市・ヤンゴンを訪ねた。主な目的はこの国の音楽文化のリサーチだったが、前回訪れた2025年12月からの変化を含め、市民生活の現状にも触れることができた。
今回の滞在で印象に残ったのは、厳しい情勢のなかでも営まれている人々の日常だった。
雨季のヤンゴンに響く伝統音楽
今回の滞在中、運良くミャンマーの伝統音楽のコンサートを聴くことができた。「運良く」とするのには理由がある。雨季に伝統音楽の生演奏があまり行われないからだ。
ミャンマーでは一般に、5月中旬から10月中旬が雨季、10月中旬から3月中旬が乾季、3月中旬から5月中旬が暑季にあたる。このうち7月から10月は雨安居と呼ばれ、僧侶の修業期間となっている。それゆえ結婚式やお祝い事は控えるのが一般的だ。そしてそれら慶事には伝統音楽が伴っている。
その貴重な生演奏が行われたのは、ヤンゴンの国立劇場だった。
大ホールの前には軽食を販売する屋台が軒を連ね、華やかなスポットライトの下では着飾った来場客たちが思い思いに記念写真を撮る。スポンサーと思われる銀行もブースを出していた。客の数は多く、明るい喧噪が終始続いていた。
今回のイベントは、歌謡ショー、コメディショー、軽業、神話劇などが次々と繰り広げられる総合的な舞台公演だ。音楽はサインワインと呼ばれるミャンマー伝統音楽の一座と、エレキギターやドラムなどで構成されたロックバンドが担っていた。彼らの役割はいわゆる劇伴で、それゆえ舞台下のオーケストラピットで演奏していた。
サインワインが素晴らしいのは、ひとつにその超絶技巧ぶりだ。9人の奏者がそれぞれ異なる伝統楽器を演奏する。各楽器の旋律が複雑に絡み合い、密度の濃いアンサンブルを形成する。ジェットコースターのような早弾き、打楽器を打ち鳴らす剛腕っぷり、旋律に込められた歌心。それらが三位一体となって観客を魅了する。打ち上げ花火のような華やかさがある。
このイベントは午前0時を過ぎても終わらず、生演奏も同様だった。ミャンマー人は実にタフだ。観客も長丁場は織り込み済なようで、人によっては座席に毛布を持ち込み、瞼を閉じながらショーを楽しんでいた。
不安定な情勢が続くヤンゴンだが、伝統芸能は今でも一般市民に求められている。
平穏な市民生活を垣間見た瞬間がもう一つあった。ヤンゴンでもっとも有名な仏塔「シュエダゴンパゴダ」に行った時のことだ。
夜、僧侶の説法に熱心に聞き入る信徒たちの姿を見た。ざわめきはなく、時折、誰かが打ち鳴らす鐘の音が遠くから聞こえてくる。この光景だけを切り取れば、なんとものどかだ。しかし、一歩外に出れば、圧政のもとで苦しむ市民の暮らしがある。
シュエダゴンパゴダでの説法。2026年6月9日、ヤンゴンで筆者撮影
にぎわう街の裏側にある暮らしの苦境
市民生活の実情について、とあるヤンゴン市民二人に、匿名を条件にインタビューを行った。職種は違えども、どちらも生活維持の難しさを吐露した。
【自営業者Xさん】
――今年に入ってから、この国の情勢や、あなた自身の心境はどう変わりましたか。
情勢の変化としては、まず選挙の実施が大きいです。もちろん、国軍が勝手に実施し、勝手に勝利した選挙ですが。新政権の大臣たちも皆、国軍側の人間ですし。
国軍を支援する人々や経済界は、「選挙が終わり、親軍政府が始動すればミャンマー経済は安定する」と期待していました。国軍も選挙の際、そう謳っていました。しかし、当然と言うべきか、選挙後も経済はまったく安定していません。軍は「ダジャン(新年を祝うために4月に行われる行事)後に安定するだろう」と期待を持たせていましたが、実際にはさらにひどくなっています。
例えば、タイから輸入される化粧品やオーディオ機器、パソコン、電化製品などが、書類不備などを理由にモーラミャインやパアンに留め置かれ、ヤンゴンやマンダレーなどの大都市に届いていません。国軍は「留め置かれた商品は国のものであり、国民のものだ」と主張しています。しかし、実際には当局が商品を横領したり、オークションにかけたりしているのです。
総選挙後に大統領を名乗っている国軍トップのミンアウンフライン総司令官は、国民に「良い政府」だと誇示するためか、バーやレストランなどの営業は22時までとし、深夜営業は禁止する対策を100日間実施しました。この結果、夜中にクラブなどで遊ぶ人々が減り、麻薬やドラッグの売人にとっても商売しにくくなりました。これは個人的にはいいことだと思います。
――4月に行われた新年のお祭り(ダジャン)の様子はどうでしたか?
昨年3月にマンダレー近郊で大地震があったためダジャンはできませんでした。だからこそ、今年は参加者が多かったのだと思います。誰もが気分転換したかったですし。
今年のダジャンは人々が表に出て、ここ数年の中で最も盛り上がったと思います。しかし、イランとアメリカの間で戦争が勃発したことでガソリンの価格が高騰したうえ、偶数日と奇数日で車両の走行規制もあったため、ダジャンに参加する車両の数は多くありませんでした(*筆者注:その後、車両の走行規制は9月9日に撤廃された)。こうしたことから、参加者はそれぞれ歩いて行ける範囲内でダジャンを楽しんだ印象です。
――国軍による若者の徴兵も続いていますね。
はい。まだ続いているどころか、悪化しています。富裕層宛に徴兵が来たら、富裕層が貧しい人にお金を払って身代わりになってもらうケースもあります。今は男性だけでなく女性も徴兵されており、主に貧困層がターゲットになっています。
【会社経営者Yさん】
――クーデター以降、ミャンマーでは現地通貨の下落や物価の高騰などが起き、人々の生活は年々厳しくなっていると聞きます。雇用主として、経済状況や会社としての対応策、悩みなどを聞かせてください。
頭が痛いのが正直なところです。弊社には徴兵の対象年齢の男性スタッフがいます。彼は勤務中も、いつ徴兵されるか分からないという不安を抱えています。それは、ビジネスにとって悪影響です。
また、弊社では経理の女性スタッフを雇っています。彼女は「子どもの粉ミルク代がとてもかかる」と困っています。彼女が買いたい粉ミルクは質の良い海外製品で、会社としては給与とは別に粉ミルク代を支給していますが、価格は高騰しており、支給額では足りていません。以前は2万5000チャット(※6月10日時点のレートで約950円。以下、レートの算出日は同じ)でしたが、今は6~7万チャット(約2280~約2660円)に跳ね上がっています。高騰に加えて輸入が停止している今、海外製の粉ミルクはなかなか手に入りません。
――給与だけで足りないのなら、皆さんどうやってやりくりしているのでしょう。
うちの会社に限った話ではありませんが、生活費が足りず、土日に他の会社で副業をするスタッフが増えています。つまり、休む日がないのです。疲労がたまるだけでなく、副業先で怪我をする可能性もあり、本業にも悪影響が出ています。心身の調子を崩し、最終的に会社を休んでしまうスタッフもいます。
ヤンゴンの平均的な基本給は30万~40万チャット(約1万1400円~約1万5200円)ですが、私の会社では、基本給として月に80万チャット(約3万400円)を支給しています。さらに、さまざまな手当を加えると、最終的な支給額は100万チャット(約3万8000円)になりますが、それでも足りません。
――会社から見た、国軍による若者の徴兵について教えてください。
徴兵の最大の悪影響は、優秀な人材や若者たちの海外への流出です。私としては、退職するなら3カ月前には辞める意思を伝えてほしいと思っています。後任を探すには、それぐらい時間がかかりますから。それは、契約書でも謳っています。
しかし、現実問題として、徴兵は突然やってきます。「ごめんなさい」と置き手紙をし、タイに逃げるケースもありました。事情が事情なので、辞めた若者を責めることはできません。
もう一つ、かつて弊社でマネージャー職に就いていた若者の話をしましょう。徴兵の対象年齢だった彼は、一度目の徴兵時はお金を払って免れたのですが、二度目はタイに逃げました。
彼は、タイ語がわからず、タイで使える資格は何もありません。ミャンマーならマネージャー職に就くほど有能でしたが、今は現地のレストランでウェイターとして働いていると聞きました。彼は公的な書類を持たずにタイに逃れたので、能力に見合う仕事に就けません。優秀な人材が外国に流出することは、ミャンマーにとって大きな損失です。
国外への移動をめぐっては、今回の滞在中、筆者自身も気になる光景を目にしていた。ヤンゴン国際空港に到着した際のことだ。飛行機を降り、入国審査ゲートへ向かう途中、ミャンマー労働省の看板が目に入った。
「CI(就労証明書)およびPJ(海外就労用パスポート)を所持している人は、労働省の規定に従い、必要な手続きを行ってから出国してください」
前回訪れた2025年12月には、こうした看板はなかった。2026年1月以降、海外で働くミャンマー人が一時帰国した際の届け出や、再出国に必要な手続きが厳格化されている。そのことを物語る光景だった。
しかし、それはあくまで上澄みだった。インタビューを通じて、そうした光景の陰には、生活苦にあえぐ母親や徴兵に翻弄される若者がいることを知った。本稿を執筆時点でクーデターから5年半が経ったが、依然として出口はまだ見えない。
(むらかみ・きょじゅ)ギター奏者、作曲家、ミャンマーマンドリン奏者。2007年、ギターとドラムだけのバンドte_riを結成。これまでに7枚のアルバムをリリース。日本国内はもとより海外公演も多数行う。 2016年からミャンマーを訪問し、現地の音楽を調査。その結果を報告するトークイベントを日本各地で開催。ミャンマー音楽の専門家として寄稿や講演を行っている。https://cadisc.main.jp/
















