高市首相の台湾発言に見る「怠慢外交」からの脱却と日中関係の行方
習近平政権の軍事圧力とアジア太平洋における安全保障枠組みの再構築を考える

  • 2025/11/27

 高市早苗首相が誕生1カ月あまり。その「仕事」の速さ、有言実行の姿勢から高い支持率が続いている。そんな高市首相にとって最初の試練となっているのが、台湾有事に絡む「高市発言」をきっけかに大きくに揺らぎはじめた日中関係だ。高市政権V.S.習近平体制の日中関係はどうなるのか。

APEC首脳会合で中国の習近平国家主席(右側中央)と会談した高市早苗首相(2025年10月31日撮影)© 内閣官房内閣広報室 / wikimediacommons

「目に見えない侵略」が続いてきた三首相時代

 高市新首相は11月7日、衆院予算委員会答弁で、台湾有事について「戦艦を使って武力の行使も伴うものであれば、これはどう考えても存立危機事態になり得るケースだ」と、これまでになく踏み込んだ発言を行った。野党と中国は激怒したが、高市政権の支持率は依然として高く、読売新聞が11月21から23日に実施した調査では72%を記録している。

 過去5年間の、菅義偉、岸田文雄、石破茂という三首相時代の日中関係は、「現状維持」と言えば聞こえは良いものの、実際には中国から軽んじられ、無視され続けてきた状態であった。それは一見、安定に見えるが、中国が反発することに関して日本は態度を曖昧にし続けるしかないという「あきらめの外交」であり、ある意味、外交の怠慢でもあった。その結果、日本は自らの主権や領土、価値観に対し、中国が小さな要求を段階的に提示するサラミスライス方式に「目に見えない侵略」を進めるスキを与えてきたと思う。

 今回の高市発言は、従来の日本の「怠慢外交」からの脱却を意味しており、リスクも負うが、うまく対応できれば台湾有事に対する国民の認識と議論を深め、中国の軍事・経済圧力に負けず台湾海峡や尖閣周辺、およびアジア太平洋の安全保障の枠組みを再構築するチャンスを呼ぶかもしれない。そういう期待が、高市政権支持率が維持されている理由の一つであろう。

 そうしたポジティブな結果がもたらされるには何が必要なのか、考察する。

顕在化した中国外交の劣化

 習近平政権の現状については、10月22日から23日にかけて開かれた中国共産党の第20期中央委員会第4回全体会議、いわゆる「四中全会」以降、独裁の姿勢を一層強めているが、同時にいくつかの深刻な問題を抱えている。

 まず、習氏自身の健康問題だ。11月22日と23日に南アフリカで開かれたG20・ヨハネスブルグ・サミットに習氏が参加しなかったのも、健康問題が大きな理由だと言われている。習氏の健康問題についてここでは詳細を述べないが、過去にもこのコラム欄で触れたことがある(「秋の「四中全会」で中国の風向きは変わるのか」、「新疆ウイグル自治区設立70周年の違和感が示す習近平体制の揺らぎ」参照)。

南アフリカのヨハネスブルグで11月22日と23日に開かれたG20に 中国の習近平国家主席は出席しなかった(2025年11月23日撮影) © Cabinet Secretariat /wikimediacommons

 また、経済は明らかに低迷しているうえ、解放軍が大粛清されたことによる政権内の動揺や、攻撃的で強硬な「戦狼外交」が招いた国際社会からの孤立も深刻だ。いずれも、習氏が独裁体制を強化しようと進めた機構改革や人事が失敗したことで優秀な官僚を失い、人材不足に陥ったことが原因だ。実際のところ、彼一人が判断し、決定するだけで物事がうまく進むほど中国は小さい国ではないうえ、独裁者であるがゆえのストレスが彼自身を体力的、精神的に疲弊させて健康問題を悪化させている、と見られている。

 たとえば、今回の高市発言の直後に、在大阪中国総領事館の薛剣総領事がSNSのX(旧twitter)に投稿した「その汚い首は一瞬の躊躇もなく斬ってやるしかない。覚悟はできているのか」という暴言は、言うならば殺害予告であり、本来であれば57歳の分別ざかりの総領事という立場にある人物が書き込む内容ではない。この出来事は、習氏が主導する戦狼外交スタイルの外交官ばかりが出世し、地道に外交交渉ができる外交官が排除されてきたことが招いた中国外交全体の劣化を示していると言えよう。

対日圧力の強化に舵を切った中国外交部

 この発言を受け、グラス駐日米大使は「高市首相と日本国民を脅迫している」と非難。一部の野党議員からも、薛剣総領事を「ペルソナノングラータ」として通告し、日本から退去させるべきだ、という声が上がった。

 これに対し、中国外交部は11月10日、「(薛剣総領事の)個人的な発言は、台湾を中国領土から分離し、武力によって台湾海峡への介入を扇動しようとする誤った危険な言論に対するものであり、一部の日本の政治家やメディアがこの発言を恣意的に拡散して世論を煽ったり混乱させたりして焦点をそらそうとしているのは無責任だ」として、総領事を擁護する姿勢を見せた。とはいえ、中国外交部はこの段階では事態をどこまでエスカレートさせて良いのか、判断がつきかねているようでもあった。

 ところが11月13日以降、中国外交部は対日圧力を強める方向に舵を切る。彼らはまず中国人に対し、日本への訪問を自粛するよう通達した。これを受けて少なくとも50万人が日本旅行をキャンセルしたと報じられている。その後、11月13日と14日には、「台湾問題で火遊びをしてはいけない。さもなければ、必ず自ら焼け死ぬことになるだろう」「14億人を超える中国人民が血肉を削って築いた万里の長城の前で頭を割られるだろう」といった激しい言葉遣いで日本を批判。中国国防部も11月15日、3日後の18日から25日まで黄海で実弾演習を行うと発表した。

 さらに中国海警局は11月16日、艦隊に銘じて尖閣諸島の領海を巡航させたうえ、11月19日から予定していた日本産海産物の輸入再開を見合わせる方針を明らかにした。

宮古島の南約340km付近を航行する中国海軍の艦艇(2025年6月2日撮影)© 日本防衛省・統合幕僚監部 /wikimediacommons

 11月18日に金井正彰アジア大洋州局長が中国外交部の劉勁松・アジア司長と北京で協議を行った際には、劉勁松氏が険しい顔でポケットに手を突っ込み、日本に横柄な態度を取る姿を国内メディアに放送させて、まるで日本の局長が謝罪に来たかのような印象操作を行った。これを受け中国国内では日本映画の上映や日本人アーティストによるイベントの取り消しが相次いだ。

 高市首相の発言に対する一連の圧力強化は、習近平国家主席自身の指示だと見られる。

戦略的な互恵関係のアピールに透けて見える焦り

 日本に対して強硬な姿勢を貫いている習主席だが、その一方で同氏は10月31日、反中で知られる高市首相と急きょ会談を行い、日中の戦略的な互恵関係をアピールした。その背景には、高市外交のスタートダッシュに対する焦りがあると筆者は見ている。中国が長らく日本を無視して来られたのは、日本がアメリカに追従しており、中国に対しては忖度外交で動いているとタカをくくっていたためだ。だが高市外交の存在感はこれまでの日本のリーダーたちのそれとは大きく異なり、アメリカのトランプ大統領にも影響力を発揮していることから、インドやアジア太平洋諸国のリーダーたちから期待されている様子がASEANサミットやAPECサミットで見て取れた。

 なお、この時期、中国では秦剛・元外相に続き、劉建超・中央対外連絡部部長という有能な英米通の外交官が相次いで失脚し、日本・アジア担当の王毅外相が全面的に中国外交の責任を負う形になっていた。そうであるならば対日外交の比重を増やしたほうが良い、という判断もあったかもしれない。

 日中首脳会談に臨んだ高市首相は、尖閣諸島の問題をはじめ、レアアースの輸出規制や台湾問題、新疆ウイグル自治区の人権問題、香港問題、南シナ海問題、日本人の拘束事件や安全問題など日本の懸念について次々と率直に質問し、日本側の立場を説明した。中国の内政問題とされてきた政治的に敏感なテーマにも踏み込んでくる高市首相に対し、習氏はほとんど言い返せなかったらしい。この会談に関する中国側の公式発表では、台湾や新疆ウイグル自治区など政治的に敏感なテーマについて習氏が高市首相に説明したことには触れず、日中の戦略的互恵関係を強化することで両国が合意したことや、台湾問題については1972年の日中共同声明の立場を堅持すると日本側が発言したと説明するにとどまった。

中国の北京で開かれた抗日戦争・反ファシズム戦争勝利80周年の祝賀式典の様子(2025年9月3日撮影)© Kremlin.ru / wikimediacommons

 中国は抗日戦争・反ファシズム戦争勝利80周年にあたる今年、映画やメディアなど、あらゆるツールを使って反日プロパガンダを盛り上げた。そんななか高市首相と会談した習均平国家主席は、いきなり対日融和へと舵を切ったものの、わずか一週間後に高市首相が国会という公の場で「台湾有事」に踏み込んだ発言をしたため、習氏にとっては大いに面子をつぶされた形となった。そのうえ、薛剣総領事をペルソナノングラータに指定するという声まで上がった以上、習氏が弱腰のままでいることは中国人民に示しがつかない。

 中国は今後、おそらく高市首相に発言を撤回させようと、さまざまな強硬策を展開してくるだろう。2010年の尖閣諸島海域での中国漁船船長逮捕や、2012年の尖閣諸島国有化の時に起きたレアアース規制や、日本人の不当逮捕、反日暴動による日本企業の焼き討ち騒動といったレベルの問題が起こる可能性も、否定できまい。

切り抜ける力と知恵を備えた日本外交の復活を

 では、そうした状況下で日本としてはどのあたりを着地点にすべきか考えてみたい。

 まず注意すべきこととして、アメリカの本音が挙げられる。トランプ大統領と習国家主席は10月30日に会談し、事実上、米中関税戦争の一時停戦に合意したが、公式報道によると、この席上、両者は台湾問題に一切、言及しなかったという。その理由については諸説あるが、トランプ大統領は台湾問題を対中交渉カードとして温存しておくために、今回はあえて触れなかったのかもしれない。あるいは、関税戦争の休戦合意を優先させるために、習氏が嫌がる台湾問題を持ち出さないように配慮したとも言える。

 なお、トランプ大統領はテレビ番組のインタビューで、台湾有事について「自分の在任中に台湾に武力侵攻することはない」と習氏が語ったことを明かしている。実際、今のペースで中国解放軍の幹部らの粛清が続けば、軍が台湾に武力侵攻するだけの力は、当面、持てまい。現在進行中の大粛清は、2027年の設立100周年を迎えるまでに解放軍を刷新し、再構築するための「地ならし」だという見方がある。逆に言えば、2027年以降、解放軍は本気で台湾を武力統一するための準備に入る可能性があるとも言える。

 こう考えると、日本が台湾有事を想定して国防機能をレベルアップし、集団的自衛権を行使する判断基準をより深く検討しておくのは、当然のことだろう。

来日したアメリカのトランプ大統領(左)と迎賓館赤坂離宮で首脳会談に臨む高市首相(2025年10月28日撮影) © Cabinet Secretariat /wikimediacommons

 アメリカと中国が急接近して、日本の強気外交の「はしご」が外されることを懸念する声がある。習近平国家主席とトランプ大統領は11月24日に突然、電話協議を行った。習氏はここぞとばかりに「台湾の復帰は第二次世界大戦以降の国際秩序の重要な部分だ」と訴えた。その後、トランプ大統領は高市首相に電話をかけ、あたかもトランプ氏自身が習氏に頼まれて日中の緊張緩和を仲介するように見えるアクションをとった。

 習主席がアメリカの大統領に直接、日中関係への介入を求めるような行動に出ることはかなり珍しい。この背景には、今回の高市発言を受けて日本に圧力をかけるためのカードがこれ以上は切れないという焦りがあるためではないか。

 10月27日に行われたトランプ・高市会談のムードを見れば、日本とアメリカの方が、相互の信頼関係は強そうだ。確かにトランプ大統領は台湾問題に対して曖昧な姿勢をとっているものの、代わりに高市首相が台湾に対して明確な姿勢を示すことで、台湾をめぐる日米の役割が今後、少しずつ転換する可能性はある。そして、トランプ大統領もその方が好都合だと考えるかもしれない。だからこそ、非核三原則見直し論が今、持ち上がっているのだ。こうした議論は、アメリカが容認しなければ、やはり難しかろう。

 国内の世論は当然、紛糾するだろうが、これは新たな国際秩序と国際安全保障枠組みの再構築というプロセスの中で、避けては通れない議論だとも言える。そのうえで、万が一にもアメリカから「はしご」を外されることがないように、日本自身がアメリカに影響力を持てるような強みを模索する必要がある。

 たとえば、それは台湾やインド、アジア太平洋諸国との関係を強化することで生まれるかもしれない。高市首相がG20でインドのモディ首相と会談し、緊密な連携を確認できたことは、一つの成果だ。インドは、アメリカとも中国とも均等に距離を置くアジアの大国であるからだ。

G20ヨハネスブルグ・サミットでインドのモディ首相(右)と会談する高市早苗首相(2025年11月23日撮影)© Cabinet Secretariat / wikimediacommons

 また、台湾の頼清徳政権も、さまざまな形で高市政権を擁護し、応援している。実際、中国が日本産水産物の輸入再開手続きを停止すると、頼清徳総統や林佳龍外相は日本産のホタテやブリを食べる様子を自らSNSなどにポストし、日本産水産物の消費を呼びかけた。半導体の圧倒的シェアを握る台湾との信頼関係の強化は、今後、国際社会の枠組みを再構築するうえで方向性を左右する一つのカギだと筆者は見ている。

 高市首相が決してやってはいけないことは、今回の発言の撤回である。中国にはっきりと物を言うことができる日本のリーダーが誕生したというシグナルを発した後で、それを取り消せば、中国は今以上に横暴を極め、「見えない侵略」を加速してくるだろう。それは、日中関係が冷え込むこと以上に、日本の安全保障上のリスクとなろう。

 日本は中国に対し、今回の高市首相の発言を「軍事力による恫喝」だとか「台湾問題に軍事介入する意図がある」と解釈すること自体が間違いであることをきちんと説明し、1972年の日中共同声明をはじめ、これまでの四つの政治文書にはなんら抵触しないことをはっきりさせなければならない。しかし、それ以上に重要なのは、日本外交がもはや曖昧で怠慢なものではないこと、すなわち、リスクを覚悟で言うべきことを言う勇気を持ち、切り抜ける力と知恵を備えた明確なビジョンの下で外交を行える日本が帰ってきたと証明することであり、それこそが今、日本がとるべき道だと筆者は考える。

 

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