ミシンが変えた彼女の運命
内戦、貧困、病気…逆境を乗り越えたウガンダのある女性

  • 2020/7/23

チャンスと努力

 元子ども兵士の更生施設として、日本のNGO「アルディナウペポ」が現地のNGO「UYAP」と協働で職業訓練校を運営することになり、ミリは洋裁教室の先生の職を得ることができたのだ。

洋裁教室の黒板

 職業訓練校の生徒たちは、自力でゲリラ軍から逃れてきた者もいれば、救助されて国際NGOが運営するトラウマセンターに入り、そこから紹介されて来た者もいた。共通しているのは、みな元子ども兵士としての過酷な過去を背負い、それを克服しようとしていることだ。手に職をつけて自立することが、彼らの唯一の生きる道だった。赤ちゃんをおぶって訓練校に通う生徒もいた。

 洋裁を学ぶ生徒たちのまなざしは、真剣そのものだ。そして失われた子ども時代を埋めるかのように、学ぶことの喜びに満ちていた。

 そんなまなざしを受けて、先生として働くミリの運命も少しずつ変わっていった。

 最初の頃は、戸惑うことも多かったはずだ。彼女はそれまで人前で話す機会もなかったし、自分の洋裁の技術を誰かに伝えたこともなかった。

 でもミリは諦めずに挑戦することを選んだ。生徒にわかりやすく伝えるために、洋裁理論の本を買って読み込んだ。実践では、生徒たちに根気よくていねいに教えることを心がけた。

教室での指導の様子

 洋裁の技術を身につけて自立するためには、客とのお金のやりとり、オーダーを記録することも必要だ。生徒である元子ども兵士たちは、10代半ばで誘拐されてゲリラ軍兵士と生活を共にしていたので、学校に通ったことがない者がほとんどだ。生徒たちに、簡単な計算とアルファベットも教えた。

 ミリは、周囲の期待以上に先生としての仕事を上手にこなした。貧しい生活の辛さをよく知っている彼女は、生徒や生徒の家族にも信頼されていた。生徒たちと同じ目線に立つことができたのだ。

 NGOから毎月決まったお給料をもらえるようになってから、彼女の生活は少しずつ変化していった。病気で痩せていつも血色がよくない顔色も、少しずつ明るくなっていった。お金をやりくりして、子どもたちを学校に通わせた。

 さらに何年かお金を貯めて、ミリは市場の中に小さな工房を借りた。訓練校の卒業生のほとんどがミシンを買うお金がなく、洋裁のビジネスをうまく回すことができなかった。そこで、ミリは何人かの卒業生に自分の工房を手伝ってもらい、賃金を払った。卒業生たちはそのお金を貯めてミシンを買った。

 ミリはとても忙しくなった。朝、太陽が昇る前には村を出発し、学校で洋裁を教える。夕方からは工房で仕事をする。毎日、家に戻るのは夜遅い時間だった。

 そのうち親戚の子どもたちの面倒もみるようになり、ミリは村のみんなのお母さんのような存在になった。17歳になったミリの娘も、料理や洗濯をテキパキとこなしている。

「次は私が誰かを変える番」

 「支援」が変えるのは、その人の仕事や住環境などの外側だけではない。20年間、ミリというひとりの女性を見てきて実感した。内側から変わった人は、他の人の運命も変える強い力を持っている。

 2018年ごろから、ミリの家にひとりの少女が一緒に暮らすようになっていた。

 「この子、私と同じ病気なの。引き取ってくれる人が誰もいなくて…」

ぬいぐるみで遊ぶ少女

 ウガンダでは、彼女のような孤児も少なくない。母親が、親戚や知人に子どもを預け、首都や隣国に仕事を求めて行ったまま帰ってこなくなってしまうのだ。病気を持って産まれた子どもはさらにその傾向が強い。

 幸運にも母親以外の大人に愛情を持って育てられる子もいるが、そうでない子もいる。その場合、親戚の家を転々とすることになり、学校にも通えない。町に出てストリートチルドレンになることもあるという。

 現在5歳の元気な少女は、ミリのことをお母さんと呼んでいる。ミリも自分の娘のように大切に育てている。少女も薬を飲み続けないといけないので、ミリは定期的に彼女を病院に連れていく。

 なぜ、血縁も地縁もない彼女を引き取ったのかと尋ねたら、こんな答えが返ってきた。

「私はいろんな人の支援のおかげで、自分の運命を変えることができた。次は、私が誰かの運命を変える番」

 ミリはそう言って静かに微笑んだ。

体調がよくない少女を励ますミリ

 2020年、コロナの影響でミリが働く職業訓練校も工房もしばらく閉鎖することになった。ウガンダは厳しいロックダウンで比較的感染爆発をうまく抑え込んではいるものの、人々の経済活動への打撃は大きい。

 現在、生活の糧を失ったミリは、自宅の軒下にミシンを出してマスクを縫い、長男がバイクで村をまわりそれを売って微々たる収入を得ているが、暮らしはかなり厳しい。

 それでも彼女は諦めることなく、今日もミシンをカタカタと踏み続けていることだろう。

 

*** 記事内の写真はすべて筆者撮影***

 

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