米国でワクチンナショナリズムの見直し進む
国際協調路線打ち出すバイデン新政権下でコロナ制圧は進むか
- 2021/1/20
途上国への配布通じて空白を狙う中国
こうした中、米国では、途上国へのワクチン供給に果たすべき役割と責任について議論がかわされている。米国際開発庁(USAID)で15年以上にわたってインフルエンザなどのパンデミック対応にあたった経験を有し、現在は民間調査企業で上席顧問を務めるデニス・キャロル氏は今年1月、グローバルな開発コミュニティのためのプラットフォームであるデベックス(Devex)に次のように寄稿している。
「対外援助や国際開発に携わる団体や企業は、USAIDをはじめ、英国国際開発省(DFID)、オーストラリア国際開発庁(AusAID)、日本の国際協力機構(JICA)などの援助機関を通じて先進国政府から資金援助を受けて活動している。新型コロナウイルスに立ち向かうために今こそ縄張り意識を捨て、連携してワクチンの平等なアクセスを確保しよう」
その上でキャロル氏は、USAIDで新型インフルエンザへの対応策を指揮した2009年を振り返り、「当時、途上国へのワクチン配布や政策立案、医療訓練などを効率的に実施するために、他ドナーや政府、機関と積極的に連携を進めた」と指摘。「米国はこれまでも、HIV/エイズや新型インフルエンザなどのパンデミック対応や感染症対策において、途上国の頼もしいパートナーであり続けてきた。その経験と実績を新型コロナウイルスにも発揮すべきだ」と主張する。
また、元ナイジェリア財務大臣で経済学者のンゴジ・オコンジョ=イウェアラ氏は、チェコのプラハに本拠を置く国際的NPO「プロジェクト・シンジケート」の取材に応じ、「米議会昨年12月、子どもの予防接種プログラムの拡大を通じて世界の子どもの命を救うと同時に人々の健康を守ることを掲げる官民のグローバル・パートナーシップ機関、GAVIアライアンスに400億ドル(約4兆1536億円)を拠出することを承認しており、この面での一層の貢献が期待される」と述べた。
米国のジョー・バイデン新大統領は、トランプ前政権が脱退したWHOに復帰する意思を明かにしているうえ、就任にあたってCOVAXへの参加も表明したが、GAVIアライアンスへの参加はいまだ明言していない。多国間主義を掲げるバイデン新政権の移行チームは、GAVIアライアンスの責任者と協議を重ねているとされ、参加の決断が待たれる。
なお、知財保護の権利放棄については、前出のフォーリンポリシー誌によると、自国で開発したワクチンを途上国に普及させたい中国がこの動きを支援しているのに対し、米国、EU、日本、英国、オーストラリアは反対の立場を打ち出しているという。中国が「外交ツール」としてのワクチンの価値を認識し、途上国が反発している西側諸国のワクチンナショナリズムを利用して自国の存在感を高めようとしていることは興味深い。
米国の公共放送サービス(WGBH)も、「中国はワクチンを通じて米国の空白を埋めようとしている」と警戒する専門家の見方を伝え、バイデン新政権の国際協調路線に期待を寄せる。
「情けは人のためならず」
国際政治学者であるイアン・ブレマー氏が率いる米国の調査会社、ユーラシア・グループは昨年12月に報告書を発表し、「中低所得国を含め全世界に公平にワクチンが行き渡れば、先進10カ国は2025年までの5年間に4660億ドル(約48兆円)の経済的なメリットを享受するだろう」との見方を示した。世界経済フォーラムも「ワクチンナショナリズムはコロナ後の経済回復を遅らせる。先進諸国が被る損害は、年間1190億ドル(約12兆3570億円)に上る」と試算している。また、米ノースイースタン大学の研究チームによれば、裕福な50カ国だけで世界に流通するワクチンの3分の2を消費すれば死者数の減少は33%にとどまるが、人口に応じてすべての国に平等に配分すれば死者数を61%減らすことができるという。まさに、「情けは人のためならず」である。
バイデン新政権の発足を機に国際協調や国際協力の価値が再認識される中、米論壇は自国のワクチンナショナリズムを反省し、「途上国にワクチンを届けることで米国経済も救われる」という論調でまとまりつつあるように思われる。