第二次トランプ政権初となるアメリカの外交と安全保障政策文書が公表
「NSSリポート2025は習近平国家主席を喜ばせた」のか

  • 2025/12/21

 アメリカは12月4日、政治、外交、経済、軍事など、各分野の安全保障政策を包括的に示す最重要文書「国家安全保障戦略」(NSS)の最新リポートを公表した。第二次トランプ政権にとって初となる今回のNSSをどうとらえるべきか、チャイナウォッチャーの間で見解が割れている。このリポートを読んだ中国の習近平国家主席は、ほくそ笑んだのだろうか、それとも唇をかみしめたのだろうか。

© Igor Omilaev / Pexels

中国への敵意は縮小したか

 NSSリポートとは、アメリカの外交と安全保障の指針であり、世界各国の戦略に大きな影響を与えるものである。第一次トランプ政権下の2017年に公表されたNSSリポートでは、中国とロシアを明確に「修正主義大国」と位置付け、その後、バイデン政権下の2022に公表されたNSSリポートも、中国、ロシアとの大国間競争に主眼が置かれていた。
 だが、このほど発表されたリポートは、アメリカと中国の関係を「実力的に対等な国家」だとしたうえで、アメリカの経済的な自立性を回復し、中国と「相互に有益な経済関係」を維持することについて言及している。そのため、アメリカの対中戦略が大幅に軟化し、中国への敵意を縮小するのと引き換えに協力を求めるシグナルを発したのではないかと解釈する見方もある。多くのチャイナウォッチャーたちが、反共産的論者にせよ、中国体制内論者にせよ、「このNSSリポートは中国の習近平国家主席を大いに喜ばせたに違いない」と見ているのは、そのためだ。

 しかし、そう単純なものではないというのが筆者の見方だ。今回のNSSリポートには、もちろん中国への敵意が薄まったかのような印象を受ける表現もいくつか見受けられる。しかし、全編を通して読むと、やはり中国を最大の戦略的なライバル国家と見ていることに変わりはない。また、台湾有事を絶対に阻止するのだという強い意志も、うかがえる。つまり、中国をアメリカと対等の大国だとみなすことによって、その覇権を効果的、かつ実務的・恒久的に抑止し、戦略的な安全保障資源の配置を大転換していくことを意味しているのではないか、と筆者が考えている。

新たに始まったハイブリッド戦争

 筆者の見方に比較的近い分析をしているのが、中国・湖北省にある華中科技大学の分センターで中国の特色ある社会主義理論体系を研究している王鵬・研究員の論文だ。
 同氏は、「今回のNSSリポートでは、アメリカが従来のグローバル介入主義から本土防衛主義、および核心地域絶対防衛主義へと転換したことが打ち出された」と指摘したうえで、「その真意は中国との持久戦に備えることにあり、ハイブリット戦という新たな段階が始まった」との見方を示す。
 つまり、これまで世界で唯一の「警察官」としてグローバルな秩序維持に責任を持とうとしてきたアメリカが、その役割を縮小し、優先順位をつけたうえで、核心地域に戦略的に安全保障資源を集中させようとしているというのだ。まずは本土の防衛を最優先し、自国の内政を揺るがせている移民問題や麻薬カルテルの対応に最大の軍事と戦略的安全保障資源を割き、次いでインド太平洋を核心地域として重視している。一方で、これまで優先してきた中東の紛争については、「見出しで信じられているほど深刻ではない」とし、欧州の同盟国たちに強い不満を示して防衛力の自立を強く求めている。

 また王鵬氏は、今回のリポートのなかで、「対中経済関係の再均衡化」と「相互有利の経済関係」を主張し、「対等」と「公平」を強調している点や、米中関係を「実力がほぼ対等な国家間の関係」だと認めるなど、一見すると[光玉2.1]中国への姿勢が軟化したかのような表現がされている箇所について、「これまでの対中政策が戦術的に挫折したことを踏まえた受動的な調整であり、対中攻撃の軸線を隠す煙幕に過ぎない」と指摘する。本質的には中国に対する戦略的な敵意が決して減退したわけではなく、アメリカの優位性を最大化し、コストを最小化し、中国側の安全保障コストを最大化させることを目的とした「ハイブリッド戦争」に突入した、というわけだ。

 そのうえで同氏は、「アメリカが対中政策を軟化させたという幻想を抱くべきではなく、むしろ中米戦略の駆け引きが長期化、複雑化し厳しくなっているという認識を持つべきだ」と、警告を発している。

苦渋のうちに受け入れた「長期的で戦略的な駆け引き」

 実際、アメリカが敵対勢力として位置付けている国々のなかで、首位が依然として中国であることは間違いない。「国境の安全こそが国家の安全の主要な要素である」「大規模な移民時代は今こそ終わらせなければならない」という部分についても、一部の欧米メディアが「アメリカが内政優先の姿勢に転換した」と報じたものの、王鵬氏らは「アメリカが外部への拡大から、内部の浄化・強化へと戦略的な焦点を転換することは、対外的な戦略競争を長期にわたって展開するために社会的・物質的な基盤を修復することを優先している」と見る。もっとはっきり言えば、「社会統制と経済的な独立、産業の健全化、文化的なアイデンティティを国家の実力の根幹に」据え、中国に対して「より柔軟でありながら、より陰険な封じ込め戦略を実現し、持久戦に備えようとしている」という。つまり、「再工業化」、「エネルギー主導」、「金融主導」は、もはや単なる経済目標にとどまらず、軍事的な優位性と政治的な独立を確保する「国家安全保障の基盤」だという考え方が反映されているというのだ。

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 さらに王鵬氏は、アメリカの真意は「対等な開放」と「ルール再構築」を推進することでアメリカの国内産業を保護するとともに、サプライチェーンを再構築し、重要な領域における中国への依存を減らしてアメリカの経済的な独立を高めることにあると指摘。これはすなわち、アメリカの政策決定層が「関与政策」や、短期的な圧力を通じて中国を変革するという幻想を完全に放棄し、双方が将来の国際秩序の主導権を争う「長期的で戦略的な駆け引き」を展開する現実を苦渋のうちに受け入れたことを意味する、と分析する。

日本は「戦後レジーム」からの脱却なるか

 こうした解釈をとった場合、筆者がNSSリポートで最も注目しているのは、台湾有事に関する部分だ。
 同レポートでは、台湾がアメリカの安全保障にとって経済的にも地政学的にも重要な意義を持つことを強調し、台湾海峡における武力衝突を防ぐ抑止力を持つことが「優先事項」だと位置付けられている。

© the United States Library of Congress’s Geography & Map Division / Wikimedia commons

 さらに、中国による「武力統一」の可能性を前提に、「台湾海峡におけるいかなる現状変更行為も、一切、許さない」と明記。鹿児島沖から沖縄、南シナ海に至る「第一列島線」において、「いかなる地点でも攻撃を阻止できる能力」を構築するとも表明している。
 そして、この「攻撃を阻止できる能力」については、「アメリカが単独で負担するものではない」、「集団防衛を実現するために、同盟国は能力を高め、(軍事)支出の増大を確実に実行しなければならない」と指摘。特に、日本と韓国を名指しし、「第一列島線防衛と敵に対する抑止に必要な新たな能力をめぐる防衛支出の増額を両国に強く求める必要がある」と、明言している。
 また、こうした措置が実施されれば、「アメリカとその同盟国は、台湾を支配しようとする試みや、台湾の防衛能力を無効化しようとする行為を阻止することができる」としたうえで、「潜在的な敵対勢力」による海上封鎖などの行動を防ぐためには海軍力の強化が可欠だと指摘している。
 今回のリポートのポイントは、やはり台湾の現状変更について、断固、阻止するというアメリカの意思が見えることだと思う。しかし、そのためには、日本など同盟国が軍事的に自立し、アメリカを支え、場合によってはアメリカの代わりにアクションを起こすこともあり得る、ということだろう。

 これは、日本にとって、いわゆる戦後レジームからの脱却が本格的に始まるという意味がある。アメリカが日本に押し付けた平和憲法を利用して、アメリカの核の傘の元で国防と安全保障に必要なコストを節約できていた状況からの大きな転換であり、平和憲法至上主義者にとってはおそらく「とんでもない!」という話だろう。日本は今後、かなり重い国防と戦略的な安全保障コストを負う覚悟が問われることは間違いない。また、アメリカが対中政策について、建前上、「大国間競争」から相互有利の経済関係樹立を優先目標にした場合、中国の軍事的な脅威の矢面に立たされるのは日本になる可能性も避けられないかもしれない。
 だが、それこそが日本が敗戦国の呪縛から脱却し、新しい国際秩序を再構築するなかで主導的な役割を担うチャンスが得られる条件だと言える。

認知戦に対する耐性が問われる世論

 中国側の識者たちは、この動きについて「トランプ大統領は同盟国を道具として扱おうとしている」と指摘し、日本や韓国など、アメリカの同盟国に動揺を与えるような世論の誘導を図ろうとしている。だが、見方を変えれば、第二次大戦以降も、アメリカは日本に対して潜在的な脅威を感じ、国防の面でも、経済の面でも、日本が突出して力を持つことを制限してきた。アメリカが仮に長期的な対中戦略の駆け引きを見込んで、ハイブリット戦の新段階をスタートさせるというなら、その動きのなかで日本が再び世界ナンバーツーに返り咲くチャンスも見出だせるのではないか。ここで重要なのは、中国が仕掛ける認知戦に対する日本国内の世論の耐性だ。
 NSSリポートを読み解くうえで、こうした見方はかなり少数派だとは思うが、こう解釈すれば、今、日中間で起きているさまざまな事象についても説得力を持つことができるのではないか。トランプ大統領が、アメリカと中国をなぜ「G2」と呼称したのか。高市早苗首相がなぜトランプ政権に追随せず、11月の国会予算委員会で台湾有事と存立危機事態について踏み込んだ発言を行ったのか。その発言を受けて、習近平国家主席がなぜ焦りを隠さず対日圧力をこれでもかと重ねるのか。事実、習氏は中国の解放軍機を使って日本の自衛隊機をレーダー照射(ロックオン)するという、国際的に見て非常識な行動に及び、あわや戦争かというリスクを見せつつ、「日本が軍国主義の亡霊をよみがえらせている」と述べ、日本の反戦世論を刺激しようとしている。
 これらの事象は、すでに「ハイブリット戦の新段階の始まり」であると同時に、平和から戦争に至る「グレーゾーン」の事態であり、アメリカ、中国、そして日本が相互に認知戦を仕掛けている状況ということになる。日本が主権と領土を守ると同時に、アメリカがインド太平洋における核心的な利益を防衛するためには、戦争になる前のこうしたグレーゾーンの戦いで勝利を収めることで、戦争を抑止することが重要である。そのために、今、展開されている認知戦におけるアメリカ側の意図を見極め、アメリカに利用されず、かつ、中国にも世論が操られることがないように、私たちが自分自身の頭で、今後の日本のあるべき姿や未来を考えることが必要だと思うのだ。

 

筆者プロフィール

(ふくしま・かおり)1967年、奈良市生まれ。大阪大学文学部卒業後、産経新聞大阪本社入社。上海復旦大学での語学留学を経て、香港支局長、中国総局(北京)総局員で中華圏取材に従事。2009年に退職し、フリージャーナリストとして中華圏取材を継続している。主な近著に『習近平「独裁新時代」崩壊のカウントダウン』(かや書房)、『なぜ中国は台湾を併合できないのか』(PHP研究所)、『新型コロナ、香港、台湾、世界は習近平を許さない』(ワニブックス)、『コロナ大戦争でついに自滅する習近平』(徳間書店)など。メルマガ「福島香織の中国趣聞」(https://foomii.com/00146

 

 

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