米国のニューカレドニア政策はハリス政権とトランプ政権でどう変わるのか
フランスへの配慮、ニッケル採掘権、中国の影響力抑制――南太平洋を舞台に渦巻く思惑の行方を読む
- 2024/9/3
およそ2カ月後の11月5日に投開票が行われる米国大統領選挙は、現職のジョー・バイデン大統領に代わって民主党候補となったカマラ・ハリス副大統領が、共和党のドナルド・トランプ前大統領を各種世論調査で逆転する「番狂わせ」が生じ、情勢は一層混とんとしている。
こうしたなか、南太平洋に浮かぶフランスの海外領土ニューカレドニアで5月中旬以降、暴動が起きている。独立の是非を問う住民投を巡ってフランスが非先住民に投票権を拡大したことに端を発する今回の事態は、太平洋島嶼国に覇権を強めつつある中国を抑制し、電気自動車(EV)の原材料であるニッケルの採掘権を保護したいアメリカにとっても見逃せない問題である。来年1月に誕生するのが「第1次ハリス政権」か「第2次トランプ政権」かによって、米国のニューカレドニア政策はどう変化し、国際社会にどのような影響があるのか解説する。
限界を迎えた不干渉・放任政策
米国はこれまでこの仏領地域に対し、古くからの同盟国であるフランスとの関係を重視して放任政策を採ってきた。また、西側諸国という単位で島嶼国・地域にどう関与するかについても、同じ英語圏でこの地域で大きな影響力を行使するオーストラリアとニュージーランドに委ねてきた。
しかし、ここにきてこれまでの不干渉・放任政策には限界があるとの見方がワシントンで広がりつつある。その背景にあるのが、中国の存在だ。太平洋上での覇権を唱える中国がカナック人の独立運動を煽っていると見られているのである。
例えば、7月1日付で外交誌『ザ・ディプロマット』に寄稿した米シンクタンクのディフェンス・プライオリティーズのライル・ゴールドスタイン理事長は、まず太平洋戦争中の歴史を振り返り、米軍が戦略的要衝だったソロモン諸島ガダルカナル島に向かう際、対日反攻の補給基地としてニューカレドニアを利用したことを紹介。そのうえで、「米国は当時の大日本帝国よりも今やはるかに強大な存在となった中国と、台湾や南太平洋で対峙する可能性がある」との見方を示した。さらにゴールドスタイン氏は、ニューカレドニア暴動を受け、米国の対中戦略を強化すべきだと米政策立案者に訴えている。
この文脈から見れば、今後、民主党と共和党のどちらが政権を取っても、米国のニューカレドニアに対する関与は、より直接的かつ深いものにならざるを得ないだろう。ただし、そのアプローチには、トランプ氏が軽視する北大西洋条約機構(NATO)の加盟国であるフランスへの温度差など、微妙な違いが現れる可能性がある。
植民地支配の片棒を担ぐ印象は回避か
バイデン大統領はこうした状況を憂慮し、次々と対策を打ち出してきた。2022年5月にはニュージーランドのアーダーン首相(当時)と会談。「われわれの価値観や安全保障上の利益を共有しない国家が太平洋地域で恒久的な軍事的プレゼンスを構築すれば、地域の戦略バランスは根底からくつがえる」と懸念を表明し、島嶼国への米国のコミットメントの強化を発表した。
また、島嶼国への新たな外交公館の開設や外交使節の派遣に加え、2022年9月には米・太平洋島嶼国サミットを開催。さらに、パプアニューギニアなど島嶼国との軍事的関係の強化や、中国がソロモン諸島で軍事基地を開設した場合に軍事干渉も辞さない決意も表明した。
来たる大統領選でハリス候補が当選すれば、基本的にこのバイデン路線が継承されるだろう。ただし、フランスはこれまで西側諸国の中でも特に米国に追従しない安全保障政策を追求してきたため、実際のところ米国はニューカレドニアに関与しにくかった。
また、中国に対抗してプレゼンスを示すために小規模の米軍を派遣しようにも、先住民カナックの独立運動との絡みから「米国はニューカレドニアのフランス軍を増強する役割を果たし、先住民弾圧の片棒を担ぐ」と見られかねない。そのため、実際には外交面・経済面・文化面で存在感を拡大することに注力すると思われる。
予測不可能なトランプ政権の対応
一方、もしトランプ前大統領が返り咲けば、米国の対ニューカレドニア政策にはさらに予測が困難になるだろう。
トランプ前大統領は在任中の2019年5月、米国と自由連合盟約(FAS)を結ぶミクロネシア連邦、マーシャル諸島共和国およびパラオ共和国の3国の指導者をホワイトハウスに招き、ミクロネシア諸国に進出を強める中国を牽制した。
だが、これらの国々は米国に外交と軍事を委任しており、独立した島嶼国や他国の植民地ではないため、バイデン政権下の国際協調主義的な島嶼国政策とは意味合いが異なる。
さらにトランプ前大統領は、「米国第一主義(アメリカファースト)」の信念から、太平洋島嶼国・地域においてNATO加盟国であるフランスとの国際協調に消極的な姿勢を示す可能性がある。だが、そのフランスも中国を抑制することを念頭にバイデン政権の方針を継承する可能性もあり、方向性は読めない。
「4回目」の住民投票は行われるのか
さらに事態を複雑化させる可能性があるのが、フランス国内の政治の不安定性だ。マリーヌ・ルペン氏率いる極右政党「国民連合(RN)」が6月の総選挙で大躍進を遂げたものの、決選投票では過半数に届かなかったフランスでは、明確な多数派を持たない分裂議会が誕生し、首相が事実上の空位となって政治情勢が混沌としている。
一方、現職のエマニュエル・マクロン大統領は、フランス本国で憲法改正を進め、ニューカレドニアの先住民、カナック人たちの権利を制限する案を推進した張本人である。大統領は、これまで「1998年以前にニューカレドニアで選挙人名簿に登録された者およびその子孫」に限定されてきたニューカレドニアの住民投票や地方選挙の参政権を「ニューカレドニアに10年以上暮らす住民にも拡大する」という改正案を議会に提出し、賛成多数で可決させたのだ。
さらに、植民地支配に反発するカナックの自治権拡大を約束した1988年のマティニョン協定についても強引な姿勢で臨んだ。このマティニョン協定とは、(1)2014年から2018年までの間に独立の是非を問う住民投票を実施すること、および(2)一度度否決されても、議会の3分の1以上の要請があれば、2020年および2022年も含め最大3回まで住民投票を実施できること、の2点を約束したものであった。
2018年の1回目は反対が56%を占めて独立が否決された。その後、2020年に行われた2回目の投票では、反対が53%に減少して賛成派が増加した。
これを受け、フランス政府は3度目の住民投票で独立派がさらに勢いを増すことを恐れ、「逃げ切り」を画策した。つまり、2022年を待たず2021年12月に3回目の投票を実施したのである。コロナ禍による経済封鎖の影響が大きい中で投票を強硬することにカナック側は異を唱え、延期を訴えたが、フランス政府がこれを却下したため、独立賛成派の多くは投票のボイコットに踏み切る。投票率が50%を下回ったこの3回目の結果は反対が96%と圧倒的多数を占め、独立はみたび否決された。
マクロン大統領はこの投票結果の正統性を主張したが、カナック人独立派は「先住民の承認を得ないまま非先住民が参加者の大多数を占めた住民投票の結果は、フランスによるカナック人の再植民地化にほかならない」と訴え、結果を認めないと宣言した。
この事態を受け、マクロン大統領の仇敵である国民連合のマリーヌ・ルペン党首は「4回目の住民投票を実施すべき」だと主張している。このルペン氏は、トランプ氏と仲が良い。トランプ氏再選となった場合、米国が「4回目の住民投票」にどのような反応を示すのか、注目される。
しかし、トランプ前大統領はニューカレドニアでニッケル採掘権を有するテスラCEOのイーロン・マスク氏とも仲が良い。選挙戦を有利に導くために財界の大物経営者の支持を必要とするトランプ前大統領は、マスク氏からの支持を取り付けることに成功。マスク氏はトランプ氏の再選に必要な80万人の票を確保すべく、自身が所有するX(旧Twitter)で大規模な「トランプ推し」を展開中である。
実際、トランプ氏は8月19日、ロイター通信の取材に対して「大統領選で勝利すれば、マスク氏を閣僚もしくは顧問に起用する」と語っており、マスク氏もXで「仕える意思がある」と返している。
このような状況を踏まえると、盟友マスク氏のニッケル採掘権がリスクにさらされかねない「4回目の住民投票」にトランプ氏が同意するとは考えにくい。