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中東を舞台に複雑化する米中のパワーバランス
「中国式現代化」の浸透により進む反米国際秩序の形成
- 2024/9/6
中東をめぐる米中のパワーバランス競争が複雑化している。最大の要因は、ハマスの政治的リーダーだったイスマイル・ハニヤ氏が7月末、訪問先のイラン・テヘランで、おそらくイスラエルにより爆殺された事件である。その直前には、レバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラのファド・シャクル高級指揮官もイスラエルによりベイルートで殺害された。
これに先立ち、中国は今年7月、ガザ地区を支配するハマスや自治政府主流派ファタハなど、パレスチナ14諸派の指導者を北京に召集して、パレスチナ国家建設のために団結を約束する「北京宣言」に調印させていた。西側諸国からテロリストとみなされているハマスにあえて接近し、米国にできない手法でパレスチナに親中国家を形成するという狙いだったが、キーマンと目されていたハニヤ氏らの暗殺を受けてイランとイスラエルの戦争リスクはにわかに高まっており、両国は一触即発の状態にある。他方、米国はエジプトやカタールの協力を得てハマス抜きで停戦交渉の仲介に動いているが、膠着状態が続いている。
中東で影響力をより発揮するのは米国か、それとも中国か。そして、その先には平和と戦争、どちらが待ち受けているのだろうか。
「中東和平の使者」に名乗りを上げる中国
イスラエルのネタニヤフ政権は、2023年10月7日にハマスによる襲撃を受けるとすぐに報復攻撃に踏み切った。その対象はガザ地区全域におよび、2024年8月末までに女性や子どもを含む4万人以上のパレスチナ人が死亡している。ハマスの襲撃を受けて亡くなったイスラエル人が1200人あまり、人質となったのが約250人であったことを踏まえると、ネタニヤフ政権の行為はもはや過剰報復と言わざるを得ず、国際社会からの非難が高まっている。国際司法裁判所(ICJ)は7月、イスラエルのガザでの行為について、国連の「集団殺害罪の防止および処罰に関する条約」(ジェノサイド条約)に違反すると結論付け、即時停止を呼びかけた。米国では大学生が大規模な反イスラエルデモを展開しているうえ、バイデン政権内からもイスラエル批判が続出しており、国務省の官僚の一部がこれに抗議して辞職する騒ぎに発展している。
バイデン大統領も、一時はイスラエル軍の戦車が5月にガザ最南部ラファに進軍したことを非難して対イスラエル支援の縮小に言及し、圧力をかけたものの、結局はイスラエルとの親蜜な関係を優先して新たな武器と弾薬の供与を承認した。米国がイスラエルの絶対的な味方であり続ける状況は、バイデン大統領に代わり民主党候補となったカマラ・ハリス氏がきたる大統領選で当選したとしても、おそらく変わらないだろう。一方、再選を狙うトランプ前大統領も、親パレスチナの抗議活動を取り締まることを公言している。
米国のこうした状況を「中国にとって戦略的なチャンスとリスク、同時に迎えるタイミング」であり、「不確実で予見できない要素の多い発展時期に突入した」ととらえたのが、中国の習近平国家主席である。イスラエルがガザで軍事行動に出ることが、中国が米国に対抗するうえで援護射撃になると見ていたのだ。
事実、中国は2023年3月10日にイランとサウジアラビアの関係改善に向けた仲介に成功して以来、中東和平の使者を名乗るようになっていた。これに対し、オバマ政権時代に一度は中東問題から手を引く決断をしていた米国も、中国の動きを受けて再びこの地域の問題にコミットし始めており、今はイスラエルとサウジアラビアの間に立って国交正常化の交渉を仲介しようと動いている。まさに、中東を舞台にした米中の和平交渉競争が繰り広げられている構図だ。
ハニヤ氏暗殺の衝撃
ガザ地区に対する国際社会の見方が「これはイスラエルの過剰報復であり、パレスチナへのジェノサイドだ」というトーンに大きく傾いたことにより、少なくとも米国外交はネガティブな影響を受けた一方、中国には若干ながらポジティブな影響があり、中国外交にとって有利な条件が整いつつある。
例えば米国は、イスラエルとサウジアラビアの国交正常化交渉の中で防衛協定の締結を提案し、サウジアラビアとイランの和解を仲介しようとする北京に圧力をかけることで、軍事、経済、技術協力などの面で中国との連携拡大を望んでいたサウジアラビアに待ったをかけた。
これに対して中国は、速やかに親パレスチナの立場を明らかにしたうえで、2024年5月にニューヨークで開かれた国連総会でもパレスチナの国連加盟を支持する決議案の採択に向けて動き、長期にわたる歴史的な不公平の是正に貢献した。また、イスラエルの行動に対して「自衛の範囲を超えている」と非難し、自制を求めた。さらに、2023年11月にはアラブとムスリム国家の外相たちを北京に招いて同じ立場であることを表明し、中国が米国に代わる新たなピースメーカーであることをアピールした。
だが、パレスチナ和平のキーマンと中国が目していたハニヤ氏がイラン大統領就任式に出席するためにテヘランを訪問中に暗殺されたことで、状況は一変した。万が一にもイスラエルとイランの戦争が勃発すれば、中国が中東和平を演出するというシナリオは水泡に帰すことになる。
一方、米国のブリンケン国務長官も8月19日にイスラエルを訪問し、人質釈放と停戦の実現に向けた仲介の努力が実りつつあることをアピールしていたが、そのタイミングでハマスがイスラエルに対してさらなる自爆テロ攻撃を再開。対するイスラエルもガザへお襲撃を継続しており、和解の芽は見出せていない。
暗礁に乗り上げた和平計画
もっとも、ハニヤ氏の暗殺事件が起こらなかったとしても、中国の中東和平計画は成功し得なかっただろうとの見立てもある。
冒頭の通り、中国は今年7月、パレスチナの14派に働きかけて北京宣言の署名にこぎ着け、中国の国営通信社である新華社は、「中東和平のために尽力した中国の成功の証」として全面的に喧伝したが、実際には多くの指導者が不満を抱いていたという。諸派が目指すビジョンは必ずしも同じではなく、利害の対立も大きいからだ。
さらにイランは、シャクル氏とハニヤ氏の暗殺を受けてイスラエルに報復の権利があると主張しており、一触即発の状況が続いている。中国の王毅外相は8月10日、イランのアリ・バゲリ外相代理と電話で会談。「中国は中東問題に対して常に正義と正しさを司っており、すべての当事者、特にパレスチナ人の正当な権利の回復を支持してきた」と述べた。さらに、ハニヤ氏の暗殺について「イランの主権と尊厳を侵害するだけでなく、ガザの停戦交渉を弱体化させ、事態をより危険なレベルに押し上げるものだ」と強く非難し、「イランの主権、安全、尊厳を守り、地域の平和と安定を維持するための努力を支持する」と明言した。
王毅外相のこの発言は、中国がイランに正義があると考えていること、そしてイランの味方になる用意があることを表明したのみならず、中東和平の実現に向けた努力が暗礁に乗り上げていることを、中国が事実上、認めているサインだと受け止められている。
真の狙いは“敵の敵の擁護”か
だが、中国の中東戦略は本当に完全に失敗したのか。王毅外相は、前出のイランのアリ・バゲリ外相代理に続き、ヨルダンのアフマド・サファディ外相とエジプトのバドル・アブデラティ外務・入国管理相とも電話会談を行い、ガザにおける包括的かつ恒久的な停戦の実現を早急に支援するよう協力を求めた。さらに、「3ステップ構想」として「包括的な停戦の実現」「パレスチナ人によるガザ統治」「パレスチナとイスラエルの共存」を改めて打ち出した。
こうした中国の動きに対して懐疑的な眼差しを向けているのが、イスラエル国家安全研究所のゲリング・トゥビア研究員だ。ゲリング氏はボイス・オブ・アメリカなどの取材に対し、「中国の真の狙いは和平の実現ではなく、ハマスやイラン、ヒズボラを“正当化”させることにある」との見方を示したうえで、次のように語っている。
「目下の情勢で、中東和平を実現する余地はますます小さくなっており、大国の権力競争が繰り広げられている。中国はおそらく毛沢東時代に回帰しており、“敵の敵を擁護せねばならない”というのが本音だろう」
中国は、自身が国連が定める国際法の擁護者であるという立場を強調し、イスラム国家を擁護していると主張する。米国があたかもウォーメーカーで中東和平をかき乱す存在であると印象付けるために、中東問題を利用しているのだ。イランのアッバス・アラグチ新外相は8月18日、国会演説に立ち、欧米の制裁に直面しているイランにとって、味方である中国やロシアとの関係がいかに重要か強調した。この発言からも、中国がイランやロシア、そしてハマスやヒズボラといったテロ組織まで正当化し、世界に反米機軸を形成しようとしていることが伺える。