米大統領選で進む争点つぶしと国民に広がるトランプ氏の「米国第一」思想
バイデン米大統領の撤退前から始まっていた民主党のイデオロギー的な敗北

  • 2024/7/31

 今秋11月5日に投開票が行われる米大統領選挙は、現職のジョー・バイデン大統領が撤退を表明し、波乱含みの展開が続いている。すでに81歳と高齢の現職バイデン大統領の職務遂行能力への疑念から、民主党内では「バイデンおろし」の動きが活発化していた。後継候補にはカマラ・ハリス副大統領が確実視されるが、現時点では本選において勝ち目があるのか不透明だ。
 一方、78歳と老齢の挑戦者であるトランプ前大統領は、いわゆる「口止め料裁判」で有罪評決を受けて法的に重罪人となったものの人気は衰えず、7月13日の暗殺未遂事件では九死に一生を得た「不屈さ」「強さ」が印象付けられ、共和党内の融和と結束に成功している。

一部の目玉政策をトランプ前大統領の「アメリカファースト」に寄せるバイデン大統領(右)とハリス副大統領。 その判断は吉と出るか。(c) ホワイトハウス

 こうした中、共和党が人工妊娠中絶などの看板政策において一定の妥協を行うことで民主党の人気政策に近い立場を採り、争点つぶしに乗り出している。民主党もまた、移民・環境・エネルギー・通商などの目玉政策において、トランプ氏の「アメリカファースト(米国第一)」的な方針を掲げる共和党が国民に人気であることにあやかり、従来の進歩派的な立場を薄めることで選挙戦を有利に戦おうとしている。
 本稿では、民主・共和両党が具体的にどのような方法で争点つぶしを行っているかを分析し、多くの有権者がアメリカファーストを受容するようになった背景を明らかにする。

中間選挙の教訓から共和党は中絶基準の厳格化を放棄

 トランプ前大統領は4月、「中絶の規制の是非は各州が決めるべきであり、全米で一律に禁じることは支持しない」との立場を示した。中絶に対する厳格な政策が原因で、大統領選で共和党が女性有権者や無党派層の支持を失いかねないことを示す各種世論調査の結果を踏まえ、より穏健な姿勢に転換したのだ。

 一般的に、米世論は保守州であっても人道的な見地から中絶基準の極端な厳格化を望んではいない。5月に実施された米世論調査企業ギャラップの調査では、35%が「どのような状況下でも中絶は合法であるべき」だと回答。「特定の状況においてのみ合法であるべき」だと回答した50%を合わせると、中絶支持は85%に上る。特に、レイプや母体が危機にさらされた際にも中絶を認めないような極端な立場は、有権者により明確に拒絶されている。

カリフォルニア州ロサンゼルスで開かれた中絶非合法化に反対するデモで、「わたしの身体のことはわたしが決める」と書かれたプラカードを掲げる女性。(c) Derek French / Pexels

 民主党はこうした「風」を読んで、2022年の中間選挙で中絶を最大の争点とした。一方、中絶基準を厳格化する政策を掲げた共和党は、上下両院を制すると予想されていたにも関わらず、結果的に多くの支持を失い、下院を僅差で勝ち取ったに過ぎなかった。

 共和党にとって、中間選挙で大勝を逃したことは、「厳格な中絶政策では選挙に勝てない」という教訓となった。それを学んだトランプ前大統領は、今回の大統領選において、全米一律で中絶基準を厳格化することを諦め、より寛容な民主党的な立場に寄せた。

「開かれた国境」政策への批判から壁の建設を再開した民主党

 一方の民主党は、バイデン政権が難民や不法移民を積極的に受け入れる「開かれた国境」政策を採用したために、不法移民を支援するための連邦政府・地方政府による公費支出が急増し、ただでさえ不足する住宅供給がさらに逼迫。一部の不法移民による凶悪犯罪も表面化して、民主党支持者からも批判されるようになった。

不法移民受容を訴えるデモで、「移民を歓迎します」「不法な人間などいない」 と書かれたプラカードを掲げて訴える参加者たち。(c) 米国自由人権協会のウェブサイト / Copyright 2024.ACLU of Nebraska

 米ワシントン・ポスト紙によると、2021年1月から2024年1月までに、少なくとも630万人以上もの不法移民がメキシコ国境で拘束されているという。そのうち400万人は、メキシコや出身国へ送還されたが、残り230万人以上は米国内にとどまることを許され、拘束を逃れて釈放された。これに加え、およそ40万人が、国境警備局に見つかることなく米国内に不法に入境したと推定されている。

 こうした不法移民たちの行く先では、当面の間は自治体が一義的に保護の責務を負い、衣食住を公費で支給しなければならないと定められているため、負担が重くなる地元住民との軋轢は強まる一方だ。厳格な入国審査を受けなかった不法移民の中には、一部ではあるが、殺人や強姦、強盗などの凶悪犯罪を起こす者もおり、社会問題となっている。さらに、米国の安全保障を脅かす可能性が指摘される中国からの不法移民が数万人単位で南部国境から侵入していることも、問題視されている。

 こうした状況に対し、米国民の不満や憤りは高まる一方だ。7月12日に公表されたギャラップによる成人1005人を対象とした世論調査では、過半数の55%が「移民は減らすべきだ」と回答した。前年同時期の41%と比較して、14ポイントも増加している。

 また、米調査企業グローバル・ストラテジー・グループが4月に7つの接戦州で実施した世論調査では、過半数にあたる58%が、より直接的に「バイデン大統領の移民政策は支持しない」と回答している。これは、民主党支持者の間にも「不法移民疲れ」「アメリカファースト」の感情が広まっていることを示唆する数字だ。

トランプ氏の「アメリカファースト」の政見を聞くために、支持者集会に集まった人々。 (c) トランプ氏のトゥルース・ソーシャル

 こうした身近な重要問題をとらえ、国境の壁建設や、国境警備の強化、不法移民の送還、収容所の建設などを訴えるトランプ前大統領は、支持率を着実に上げてきた。バイデン大統領や、後継のハリス副大統領もこれを看過できず、移民政策をトランプ的なものに寄せている。

 実際、バイデン大統領は2023年10月、それまで強く非難してきた国境の壁の建設を自らの手で再開した。また、2024年6月には、南部の国境を不法に越える難民に対して亡命申請を禁止する大統領布告を発表した。その傍ら、強制送還の対象とする不法移民の人数も拡大した。

 こうして民主党は、米有権者の間で最も関心の高い争点である移民問題について、米国第一を唱える共和党に政策を寄せることで、イシューをつぶそうとしている。

通商分野でも保護主義的な政策を強化

 民主党のバイデン政権が「アメリカファースト」的な内容へと修正している政策は、移民分野にとどまらない。バイデン大統領が2009年から2017年まで副大統領を務めていたオバマ政権では、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)に代表されるグローバル化や、自由貿易を積極的に推進してきた。

 だが、そうした経済格差を拡大させるイデオロギーに反発する労働者層の支持を受けたトランプ氏が「米国第一」を掲げて2016年の大統領選で当選した後、民主党のバイデン政権は、トランプ前大統領が国内産業を保護するために実施した対中関税の大幅引き上げをはじめ、保護主義的な政策を継承した。同時に、トランプ前大統領が主唱した「経済と安全保障を結び付ける」考え方も採用した。中国企業傘下の短編動画投稿サイトTikTokを米企業に売却するか、米国内での使用を禁止することを迫る法案にバイデン大統領が4月に署名したことも、民主党版「アメリカファースト」だと言える。

トランプ前大統領のホームページは、暗殺未遂事件直後に顔から血を流しながらも拳を突き上げて「闘うんだ!」と叫ぶトランプ氏の写真を掲載。「わたしはドナルド・トランプだ。恐れてはならない」とのメッセージとともに、「強い不屈の指導者」というイメージを印象付けようとしている。(c) トランプ氏のホームページ 

 たとえば、バイデン大統領は5月、中国から輸入されるEVなど、主要製品の関税率を大幅に引き上げることを発表した。また、米国の最先端テクノロジーを中国政府や企業に移転・輸出することを禁じ、半導体や太陽光パネル、EVの製造を米国内に回帰させる保護主義的な政策を強化している。

 これに先駆け、3月には、2027年から適用する自動車の温室効果ガス排出量の規制について、ガソリン車に達成不可能な燃費基準遵守を義務付け、事実上は電気自動車(EV)しか販売できないように仕向けていた素案を緩和し、自動車メーカーに数年の猶予を与えている。

 これは、トランプ前大統領が「バイデン政権によるEVの強制によって、米国の自動車市場が安価な中国製EVに席巻され、米国人労働者が失業するだろう」と主張し、多くの有権者から支持を集めていることに対応したものだ。

 さらにハリス副大統領は、環境破壊につながるとされるシェールガス・オイルの水圧破砕法(フラッキング)採掘の全面禁止について、2020年には賛成していたにも関わらず、7月26日にその立場を翻して「賛成しない」と表明した。環境問題にこだわらず、エネルギーの自給自足によって米国内の産業復活を目指す姿勢は「アメリカファースト」の根幹であり、民主党はここでも共和党に寄せている。

 このように、今回の大統領選を大局的に見ると、有権者の関心の優先順位が高い移民や通商、国内雇用などの分野については、共和党のトランプ前大統領が掲げるポピュリズム的な政策がいまだに人気があり、「多くの米国民にとってはトランプ氏の方針が好ましかった」「政策的には、共和党がより人心を掌握している」という結果を示唆していることが分かる。

 だとするならば、仮に民主党が今後、大統領選挙や上下両院選挙で善戦したとしても、選挙期間中に共和党の主要政策をマネ始めたという事実自体が、民主党のイデオロギー的な敗北を意味していると言える。

 このことは、この先数十年の米国政治において、どちらの党が政権を取ったとしても、内向きかつ排外的な政策が実行されてゆく未来を暗示している。

 こうした傾向は欧州政治にも見られるものであり、日本においても、特に移民・通商政策の分野におけるナショナリスティックな言説が台頭するなど、米国社会の方向性が世界情勢に大きな影響を与えている。米大統領選の勝敗にかかわらず、世界では今後、国際協調主義や開かれた国境、自由貿易、環境保護などのリベラルなイデオロギーが一層衰退し、ナショナリズムに染まってゆくと言わざるを得ないだろう。

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