インフレ進む米国で大衆の経済的苦境が悪化 
中間選挙で先鋭化する階級的な社会分断

  • 2022/10/5

影響を受けず消費を続ける裕福層

 翻って、富裕層ではインフレの悪影響はあまり大きくない。それを如実に示すのが、消費の統計だ。

 米国内総生産(GDP)の約70%は消費が生み出している。米経済専門局CNBCによれば、年収10万ドル以上の高所得者は、消費者全体の3分の1に過ぎないものの、消費額全体の4分の3を生み出し、米消費の牽引役となっている。つまり、米GDPの半分以上、52.5%が裕福層の消費によるものだ。

 中間層や低所得層は、ほとんどが急激なインフレによって仕方なく支出が増え、消費が増大しているが、高所得層は、元来、家計に余裕があったところに、コロナ禍で政府給付金が舞い込み、中間層や低所得層のようにそれを使い切っていないため、消費意欲は引き続き旺盛なのだ。

 米商務省経済分析局によれば、4~6月期の米消費額は13兆9315億ドル(約1981兆円)であり、パンデミック後の堅調な成長が続いている。米調査企業ムーディーズ・アナリティクスのチーフエコノミストであるマーク・ザンディ氏は、「高所得層が消費し続ける限り、消費関連指標は堅調だ」と述べている。

米消費は今夏、好調であった。高所得層を中心にレジャーが伸びた。© Family Leisure

 2022年の夏季に特に好調だったのは、旅行、コンサート、スポーツ観戦、ペット用品やテレビなどの売上で、米労働省によれば1人当たり平均3568ドル(約50万7600円)の支出があったという。2020年に比べ、22.7%のアップだ。

 その一方で、中間層や低所得層の多くが生活費を切り詰め、貯金を取り崩す現状に照らせば、こうしたレジャー的な支出のかなりの部分が高所得層によって生み出されていることが示唆される。

 生鮮食料品のオンライン注文と同日宅配が伸び続けているのも、興味深い。前述の通り、中間層や低所得層で買い物の格下げが起こっているのに対し、食品の値段や宅配の手数料が気にならない裕福層では、逆に消費が伸び続ける傾向が示されている。

 さらに重要なのは、現在の高インフレの主要因となっているモノやサービスへの需要の高まりが、ほとんど高所得層によるものだと見られることだ。金融大手クレディスイスが9月に発表した年次裕福層報告書によれば、米国で100万ドル(約1億4500万円)以上の資産を持つ百万長者が、2021年に250万人以上も増加している。

 これは、米連邦準備制度理事会(FRB)が必要以上に長引かせた緩和的な金融政策により、株式をはじめとする資産価値が急上昇したためだ。FRBの政策で資産が爆上がりした高所得層の旺盛な消費欲がインフレを悪化させ、金融資産をあまり持たない中間層や低所得層が割を食っているという構図が浮かび上がる。

「労働者の党」はどちらか

 こうして、持つものはさらに富み、持たざる者はさらに貧しくなる資産構造によって経済格差がさらに拡大する中、11月に実施される米中間選挙で民主党と共和党が設定する争点の階級的な違いに注目が集まっている。

共和党は、民主党が顧みなかった多くの労働者の不満を掬い上げることに成功している。写真は、2020年の大統領選挙当時の共和党のフェイスブックページより(c) GOP

 興味深い現象として、20世紀後半から21世紀初頭に「金持ち資本家の党」「大企業寄り」と評されてきた共和党が、2016年の大統領選挙でトランプ前大統領がポピュリスト的な言説を用いたのを機に、「労働者の党」へとブランド替えを開始した。

 共和党は、現在も裕福層や大企業向けの減税を推進し、困窮層への福祉にも否定的であるなど、基本的な体質は変わっておらず、苦境にある層に具体的な救済案も示していない。しかし、政敵である民主党のアジェンダが大卒エリート層に牛耳られ、「労働者の党」としてのアイデンティティーから脱皮する中、締め出された形となった中間層や低所得層の不満をすくい上げることに成功し始めているのだ。

 実際、中間層や低所得層の生活は苦しさを増し、貧富の差も拡大の一途をたどっている現状をバイデン政権や議会民主党の失政と喧伝し、今次の選挙では「生活」を前面に押し出している。

 曰く、「バイデン大統領の成果とされる1兆9000億ドル(約270兆3150億円)の財政出動によって貨幣価値が下がり、インフレが悪化する中、労働者の実質賃金は下がり続けた。可処分所得も政権発足前に比べて下落し、平均貯蓄額は1万1000ドル(約156万円)減少するなど、人々の生活は悪くなっている」というものだ。政治言説ではあるが、「失政のツケを支払わされている」と感じる庶民の実感と近いものがある。

 対する民主党は、生活問題の解決を訴えにくい。国民への給付金支給や財政出動で起こったインフレ、サプライチェーン(供給網)の混乱は、その大部分が同党の「ゼロコロナ政策」としての都市封鎖(ロックダウン)に由来しており、インフレ抑制法と銘打って成立させた経済政策も、さらなる財政出動で物価上昇を加速させる性質のものだからだ。

民主党は伝統的に「労働者の党」を標榜してきた (c) 米民主党フェイスブック

 そのため、民主党の選挙における主な争点は、中絶や同性婚をはじめとする「社会正義」に設定されている。一部の共和党勢力はレイプや近親相姦などによる妊娠でさえ完全違法化することを狙っており、理不尽な右派層に対抗する論点としての社会正義は、一定の訴求力を持つ。

 しかし、ニューディール政策を掲げたルーズベルト大統領以来、「労働者の党」として知られてきた民主党が、選挙戦で中間層や低所得層の苦境への対策を前面に押し出さないことは、同党の政策が経済的に裕福な大卒エリートたちにコントロールされており、もはや大衆の党とは言えなくなっていることを示唆している。

 この傾向は、2016年や2020年の大統領選と同様に、今回の選挙や2024年の大統領選挙に多大な影響を与えよう。

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