中国が大陸間弾道ミサイルの発射テストで核利用の意思を表明か
安全保障枠組みの再構築に向けて突入した新たな核競争時代
- 2024/10/8
米国・ニューヨークで国連総会が開催されている最中の9月25日早朝、中国の大陸間弾道ミサイル(ICBM)が国際海域に向けて発射された。発射地はおそらく海南島で、ハワイ南方の仏領ポリネシア北部に着弾した。公式発表はないが、発射されたのは核弾頭を10個搭載できる東風41号(DF-41)と呼ばれる射程距離1万2000キロのICBMで、今回は模擬弾頭が搭載されていたという。また、日本の防衛省によれば日本上空は通過していないというが、中国側は23日、海上保安庁に宇宙デブリの落下に気を付けるように通達していた。なお、中国は米国やフランス、ロシア、台湾には事前に通告していたものの、日本政府に対する事前通知はなかった。
中国は1980年に南太平洋に向けて東風5号をテスト発射して以来、ICBMを発射したことがない。実に44年ぶりに突然行われたミサイル発射テストには、中国のどんな意味が込められているのか。
発せられた強いシグナル 照準は米国か
中国国防部は今回のミサイル発射演習について「通常の演習の範囲内だ」としたうえで、目的について「武器装備性能と訓練レベルを確認するため」だとしている。さらに、核兵器の使用について、「中国は終始、核兵器による先制攻撃を行わないという核政策を厳守しており、核防御戦略は断固として自衛のためである」「軍拡競争にも参加していないが、国家の安全保障に必要な最低レベルで核兵器を断固として維持する」と、1960年代から繰り返している主張を再度、強調した。今年3月に米中が核兵器について非公式の対話を5年ぶりに開催した時も、中国側は「台湾をめぐる問題で核抑止力を恫喝的に利用することはない」と語っていた。
しかし、国際社会は中国の発言を額面通りに受け取ってはいない。実際、いくら自衛のためだと強調しても、銃を構えていない相手に突然、銃口を向けた時点で、それは抑止力や自衛の範ちゅうを超えて威嚇や脅威になるのではないか。今回のICBMテスト発射は、言うならば携帯していた銃の照準が合い、殺傷能力があることをアピールしたようなものであり、当然のことながら誰かに対して強いシグナルを発するものであった。それはいったい誰に向けてだったのか。
第一に、米国に向けたアクションだと考えるのが普通だろう。東風41号の射程距離は1万2000キロであり、北京からワシントンまでの距離は1万1139キロである。つまり、東風41号は米国本土を攻撃することが十分に可能だ。今回、南太平洋上のポリネシア北部からハワイ南方にいたる国際海域に着弾したのが狙い通りだったのだとすると、それはハワイやグアムの米軍基地を十分に狙えることが証明されたことを意味する。また中国は「核の先制使用は行わず、核保有国への反撃にしか用いない」としている。であるならば、対象は準同盟関係に近いロシアではなく、米国しかあり得ない。
核ミサイルの「筋肉ショー」と台湾への恫喝
中国の核ミサイル開発の歴史の始まりは、1965年、毛沢東の指示に遡る。当時の目標には、国境を接する旧ソ連の核兵器も含まれていた。その後、1972年ごろから1985年にかけて米国への攻撃を念頭に核を搭載する長距離ミサイルとして東風5号が開発され、90年代に実戦配備された。しかし、最大積載量(ペイロード)は3900キロ、射程距離は1万2000キロという公式発表と裏腹に、軍内部では「米国を攻撃する性能はない」というのがもっぱらの評判だった。そこで第二世代ICBMとして開発が進められたのが、東風31号である。90年代のミサイル開発は何度も挫折し、完成までにかなり時間を要したため、東風31号は1999年8月にようやく国内の発射テストに成功したが、ペイロード700キロ、射程距離8000キロと、やはり中国が期待していたレベルではなかった。東風31号を改良した東風31号Aの完成をもって、中国はようやく米領土を攻撃できるミサイルを所持することになる。
しかし、21世紀初頭に配備された東風31号Aは搭載できる核弾頭の数に限りがあり、米国から核攻撃された場合の反撃には限界があると考えられたため、さらに多弾頭搭載型のミサイル開発が急がれた。こうして開発されたのが、東風41号である。一つの弾道ミサイルに複数の弾頭(一般的には核弾頭)を装備できるうえ、それぞれの弾頭が異なる目標を攻撃できる弾道ミサイルの弾頭搭載方式(MIRV)が採用された高い反撃力を有する第三世代ICBMで、2015年に開かれた建国70周年を祝う軍事パレードで公開された。東風41号の完成をもってようやく米国に対抗できる核反撃能力を保持したと自信を深めた中国にとって、今回のミサイル発射演習は、保有できた核ミサイルを国際社会にお披露目する一種の「筋肉ショー」であったと言える。主だった核保有国に事前通達したのも、そのためだろう。
もう一つの狙いは、台湾だ。台湾は、今年5月に頼清徳総統が誕生して以来、「中国と台湾は互いに隷属しない」と明確に主張するようになった。これは中国の「一つの中国原則」を正面から否定するものである。台湾は、中国との対立が先鋭化することを覚悟し、主権を守るために国防強化を急いでいるのだ。
さらに頼清徳総統は、いわゆる「平和統一」のための和平協定には「絶対に調印しない」と明言しており、「戦争に備えて戦争を回避する」ことこそ主権を防衛する唯一の方法だとしている。事実、頼清徳政権は民間防御レジリエンス委員会を創設し、民間の防衛意識の強化にも努めている。こうした台湾の動向を踏まえると、今回の中国のICBM発射テストには、台湾を軍事的に恫喝する意味も込められていると言えよう。
ロケット軍の掌握とオペレーションも国内に顕示
さらなる可能性を言えば、ICBM発射テストには習近平政権が中国国内に向けてアピールし、自尊心を回復するアクションとしての意味もあると言えるのではないか。戦略核ミサイルを主管するロケット軍では、これに先立ち2023年に元国防部長の魏鳳和・ロケット軍初代司令官、周亜寧・二代目司令官、李玉超・三代目司令官や副司令級の幹部らが汚職や「不忠誠」を理由に次々と粛清された。また、時期を同じくして、燃料タンクの高価なロケット用液体燃料が水に入れ替えられていたり、整備不良でミサイルの開閉口が空かなかったというCIA筋の情報が西側メディアにすっぱ抜かれたり、ロケット軍の勤務表をはじめ内部情報が米国側に筒抜けだったりという具合にロケット軍内部の腐敗の実態が相次いで明るみに出て、米国側に情報を漏えいした者がロケット軍内にいるのではないかと疑われた。
ロケット軍は、1966年に発足した第二砲兵部隊を習近平国家主席が2015年に再編して軍に昇格させた軍制改革の大きな果実だ。その幹部たちが習氏への不忠誠や汚職を働き、米国への情報漏えいまでしているとなれば、同氏の面子は丸つぶれになる。「軍制改革は失敗し、ロケット軍は機能不全に陥った」という国内外に広がったネガティブイメージを払拭し、習近平がロケット軍を再び掌握し、完璧なオペレーションができるのだと人民に見せつけて求心力を高めるために10月1日の中国の建国記念日・国慶節直前に、このICBM発射テストを行ったのではないか。
台湾の国防省に相当する台湾国防部は9月29日、中国国内の内モンゴル、甘粛、青海、新疆など複数箇所でミサイルの実弾発射を探知したと発表した。これは9月25日のICBM発射テストに続く動きであり、ロケット軍が健在だというアピールの一環だととらえることができる。
米中対立の主戦場と核保有大国のルール
さらに言えば、南太平洋上に着弾させることで南太平洋地域における中国のプレゼンスの拡大も狙っていたかもしれない。事実、中国は6月4日と6日の2日間にわたり米国・カリフォルニア州にあるヴァンデンバーグ基地からICBMミニットマン3発の発射テストを実施し、マーシャル諸島のクェゼリン環礁実験場に着弾させている。ハワイからマーシャル諸島、ミクロネシア連邦、グアムにいたる北太平洋海域は、米国にとっていわば自分の庭のような位置付けだ。対する中国もパプアニューギニアやソロモン諸島、フィジー、バヌアツ、トンガなど、長らくオーストラリアにとって裏庭のようだった南太平洋島嶼国の国々に急接近しており、ソロモン諸島とは安全保障協力協定まで締結している。今回のICBM発射は、米中が対峙する主戦場が太平洋に移りつつあることを意識させるものとなった。
一方、ロシアのプーチン大統領は9月25日夜、核兵器を保有していないが核保有国から支援を受けている国から攻撃された場合、核保有国との共同攻撃としてみなすことを表明した。「核反撃」に関する新たな定義を示したとも言えるこの発言に対し、国際社会は「プーチン大統領がウクライナに対して核兵器を使用する可能性をほのめかした」と大騒ぎした。この騒動に対して中国はブラジルと共同で「私たちは大量破壊兵器、特に核兵器や生物兵器、化学兵器の使用と威嚇を控えることを求める」という声明を出し、ロシアをたしなめる立場を強調した。しかし、実際に東欧や中東で終わりの見えない戦争が続いている状況下で、核保有大国の核使用ルールがいつ大きく転換するのか不透明だ。
中国のICBM発射実験もプーチン大統領の発言も、国際社会の安全保障枠組みの再構築に向けた新たな核競争時代に突入したというシグナルだと言える。もしも日本がこの期に及んで「憲法9条を掲げて米国の核の傘の下にいられさえすれば安心だ」だと信じ切っているならば、時代認識の錯誤も甚だしいと言わざるを得ない。