インフレ進む米国で大衆の経済的苦境が悪化 
中間選挙で先鋭化する階級的な社会分断

  • 2022/10/5

階級対立としての中間選挙

 こうした中、一部リベラル派論客からも批判を受けているのが、8月末にバイデン大統領が発出した学費ローン減免の緊急大統領令だ。1人当たり1万~2万ドルの借金がチャラになる大盤振る舞いであり、明らかに現況で民主党に不利な選挙戦を有利にするためのバラマキである。

 これが、コロナ給付金のような広範で平等なバラマキであったならば、「国家負債をこれ以上増やすな」という声が専門家から上がっても、カネがもらえる多くの国民は、それはそれで納得しただろう。

バイデン政権の学費ローン減免の概要。 その不平等性が、共和党によって中間選挙の争点にされている (c) White House

 だが、最大の問題は、この4200億ドル(約61兆円)規模の借金減免の対象が、大学進学にあたりローンを借りた者に限られ、大学に行けなかった多くの中間層や低所得層、進学にあたりローンを借りなかった者、すでにローンを完済した大卒者などが含まれないという不公平性にある。

 米ワシントンポスト紙の社説が8月24日に指摘したように、この減免措置は、①今や学士号以上の学位を持つ人々の失業率は2%に過ぎず、コロナによる緊急救済の必要はないこと、②大学に行っていない労働者を含む広い課税層から取った税金で将来的に高所得を得る大学卒業生を幅広く補助する逆進性が高いこと、③費用がかかりインフレ的であること、④最も支援が必要な者を支援せず、支援を必要としない人々に税金で棚ぼた利得を与えること、などの問題点がある。

 こうした「困窮する者からさらに取り、富む者に与える」結果を生む政策には、2008年のリーマンショックによる大不況下で、バイデン大統領が当時副大統領を務めていた民主党オバマ政権が、経済ショックの原因を作った金融機関や大企業を真っ先に救済した際のデジャブ(既視感)がある。

 当時のサブプライムローン危機でも、多くの中間層や低所得層が政府からの援助を得られずに家を失い、金融機関から住宅ローン減免などの救済を受けられた人は極めて少数にとどまった。今回のコロナ禍で苦境に陥り、家賃や住宅ローンが支払えなくなった人々もまた、民主党政権下で満足な救済は受けられていない。

 ローンの支払い繰り延べは得られたが、その期間が終わると、遅延分も含めて全額返済しなければならなかったため、支払い能力のない数百万人が立ち退きを迫られた。本当に救済が必要であったのはこれらの人々であり、毎日の食事にも事欠く人々であるはずだ。

 にも関わらず、今回の措置では、それら困窮者を含む米国人1人あたり2000ドル(約28万5000円)の負担を用いて、高所得を得る大卒エリートが学費ローン減免で救済されるのである。

 そこまでしてローン残高を抱える大卒者を優遇しなければならないのは、民主党に投票してくれる中心的な支持層が、もはや労働者(プロレタリアート)ではなく、大卒で潜在的なエリート高所得者(ブルジョワジー)であるためだ。選挙における一番の「お得意様」にサービスするという意味では、民主党による学費ローン減免は理にかなっている。

 だが、「米国社会の分断の克服」を訴えるバイデン大統領が大卒者限定でバラマキ選挙対策を行えば、階級的な分断を一層深めよう。おりしも、インフレ退治に邁進するFRBの利上げ加速によって、米経済の景気後退が確実視されている。ある予想では、150万人を超える新たな失業者が生まれるとも言われている。

 そうした中、民主党の目下の重点は政敵である共和党のトランプ前大統領の訴追であり、バイデン政権発足以来、トランプ前大統領に対する大掛かりな弾劾を2回重ねてきたことと相まって、なぜそれだけのエネルギーと時間を中間層や低所得層の救済に振り向けてこなかったのかという疑問が、多くの有権者の印象に残っている。

 大企業寄りで、陰謀論者や極端な思想に偏る候補者の多い共和党が、大衆から大きな支持を得るようになったのは、民主党が「労働者の党」としての存在意義を放棄したことが大きいのではないか。

 今回の中間選挙は、従来の党派の主張がねじれ、「労働者の党」を標榜する共和党と、「大卒エリート裕福層の党」となった民主党の階級対立がテーマになっている。一般的に、そうした裕福層の関心は、「生活」ではなく、環境やジェンダー、セクシュアリティーなどの「社会正義」に偏る傾向が認められる。だが、多くの労働者にとって、「社会正義」ではメシが食えない。

 民主党がもはや労働者階級の受け皿として機能しない一方で、逃げ場を失った彼らの受け皿となった共和党が支持を伸ばす。だが、その共和党も、本質的には「労働者の党」ではない。いずれの党にも期待できない、民主主義の危機と言えよう。

 米国人の経済格差がさらに拡大する中、選挙の結果がどのようなものであれ、階級による米国の分断はさらに深まっていくと思われる。

 

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